始まりは突然だった。
だが、それが始まりだなんて、その時、僕は考えもしなかった。
偶然が重なっただけだろうと、甘い考えを持ってしまっていた。




[どうぞ、気を付けて。]
第二話




それはいつの事だっただろうか。
薬を買いにくる人が、突然減った。
仕事を離れても、なんだか村の人たちがよそよそしい。


「…って気がするんだけど、考えすぎかな」


薬の代金を受け取りながら、メイコに問いかける。
やはり、他に客はいないので、遠慮なく訊くと、彼女は言葉を詰まらせた。


「…気のせいじゃないわ」


その呟きに、いつもの傷薬を棚から取ろうとした手が止まる。


「どういう事?」

「魔女狩りよ…あんたも知ってるでしょ?」

「それは知ってるけど…でも、それと何の関係が?」


するとメイコは、呆れたように僕を見返してきた。


「察しが悪いわね。…あんたたち、疑われてんのよ」

「はぁ?なんで」


魔女狩りの事は、確かに知っている。
だが僕も、もちろん母も、何もやましい事はしていないし、心当たりもない。
なのに何故、疑われなければいけないのだろう。


「ほら…あんたのとこの薬、すごくよく効くじゃない?それが怪しいって思われてるらしいわよ」

「何だよそれ!ただの言いがかりじゃないか!」

「落ち着いてよ。私がそう思ってるわけじゃないんだから」


冷静な声に、はっと我に返った。


「…ごめん」

「いいのよ、ああ言われて怒らない方がおかしいわ。むしろ、あんたが怒ってくれて安心した」


僕の手から傷薬を受け取って、メイコはいつになく不安そうに、僕を見上げてきた。


「本当に、カイトは魔女なんかじゃないわよね?」

「当然だよ」


軽く触れるだけのキスをして、ちょっとだけ抱き締める。


「僕も母さんも、ただの人間だ。信じて」

「…解った、信じるわ。他の人がみんなあんたたちを疑っても、私はカイトを信じる。約束する」


小さいが、はっきりとした声で、メイコはそう言って僕の胸にすがりついてくる。


「…まったくもう、せっかくいい雰囲気なのですから、隠れて見ていようと思いましたのに…」

「これでは、黙ってただ見ているわけにはいかぬな」

「ルカ?!カムイまで?!」


戸口から顔を出した2人に、固まった。
慌てて離れようとしたが、メイコがしっかりと服を握っていて、許してくれなかった。
いつもなら、僕より早く自分から離れて、照れ隠しに怒鳴るのだが…よほど不安だったのだろう。


「心配する事はないだろう。私たちも、最初からカイトを信じている」

「そうですよ。小さい頃からのお友達ですもの、当然でしょう?私たちは、貴方を見捨てはしません。絶対に」


迷いのない2人の言い方に、さっきのメイコの言葉に、ちょっと泣きそうになった。


「ありがとう」


礼の言葉も、消え入りそうになってしまったが、3人には聞こえたらしい。
向けられた微笑が、嬉しかった。


「…ただいま。あら、3人とも、いらっしゃい」


また戸口から聞こえた声に、今度こそメイコがさっと身を引いた。


「何を話してたの?」

「何でもないよ、母さん」


買い出しから帰ってきた母に、すまし顔でそう答えて、母の手に、紙が握られているのに気付く。
大都市まで働きに行っている、父からの手紙だ。


「父さん、元気なんだ。良かった」

「そうみたいね。…ところでカイト、ちょっといい?」

「いいけど、何?仕事の話?」

「まぁ、そんなところよ。ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに」

「いえ、もう帰るところでしたから。じゃ、またね、カイト」


申し訳なさそうな母に、メイコが笑顔でそう言って、僕に手を振る。
連れだって出ていく3人に手を振り返して、母に向き直る。


「で、話って何、母さん」

「そろそろ、貴方にも話さなきゃいけないと思って…いい?1回しか言わないから、よく聞きなさい」


いつになく真剣な声に、僕も緊張する。
そんな僕に母は、何か覚悟を決めたように、語りかけた。


「父さんが街に行ったのは、働くためじゃないの。魔女狩りの情報をできるだけ集めて、安全な場所にいる私たちに伝えるため」

「…は?」


呆けてしまったのも、無理もないと思う。
だってそうじゃないか。
何故父がそんな事をしなければいけないのか、理解できない。
いや、本当は認めたくないだけで、理解していたのかもしれない。


「魔女はね、本当にいるの。言い伝えみたいに派手な事はできないけど、実在するわ。だから魔女狩りなんて事が起きる。…そして私も、魔女の血を引いてる1人」

「ちょ…ちょっと待ってよ、なんでそんな…」


混乱している僕に、母は悲しそうな顔しかしなかった。
母が魔女の血筋?
なら僕は?
その母の血を受けた僕も…?
いくらなんでも急すぎて、頭がついていかない。


「貴方だって身に覚えがあるでしょう?他人には聞こえない声が聞こえたり、目も耳も、人よりずっと良かったり」

「でも、そんな…本当の事?」

「ええ…残念ながら」


目の前が真っ暗になる瞬間というのは、まさに今の事だろう。
言葉を失う僕に、母はさらに続けた。


「これくらい小さい村の中に留まっているのが、今までなら一番安全だった。でも、魔女狩りがここまで来るらしいの。だから私たちも、このままじゃ危ないわ」

「…捕まったら、拷問されて火炙りだっけ?」

「そうね。…カイト。もしここが本格的に危なくなったら、私を置いて逃げ…」

「嫌だ!」


叫んで、母を睨み上げる。
それ以外に、何をすればいいか解らなかった。


「大体、なんで母さんが捕まらなきゃいけない?!母さんは村の人を助けてきただけなのに!」

「そんな理由、あの人たちにとっては何の意味もないのよ。それに、私が黙っていたら、魔女を匿ったって言いがかりをつけられて、この村の人たち、皆殺しよ」

「それは…」


僕が言い澱んだ時、突然ドアが開いた。


「カイト、大変!街の魔女狩りの人が村に来たわ!今こっちに向かってる!やっぱりあんたたちを捕まえる気みたい!」

「今?!」


焦っているメイコの声に、母の方を振り向くと、彼女も驚愕の表情を浮かべていた。
だが、すぐに元の真剣な顔に戻る。


「カイト、今すぐここから逃げなさい!私の事は考えないで、早く!」


その声にも、何かの力がこもっていたのか、気が付いたら僕は、メイコに手を引かれて家を飛び出していた。


「母さん…!」


走るのに必死で、僕は気付かなかった。
頭の中の声が、いつもと違う言葉を紡いでいた事に…。



《おやおやお友達の手に引かれ…》

《そちらは暗い坂道ですよ》

《君がいいなら構いませんが》

《どうぞ隣に気を付けて》

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【勝手に解釈】どうぞ、気を付けて。 第二話

…長い!!
そして展開が急すぎる!
でもこれはどうしても一話で収めたかったんです、最後に歌詞を入れたくて…orz

中学のときに、魔術辞典なる怪しげな本を見つけて、読んだ事があるんですよ。
その本によると、『魔女』を意味する単語を日本語で魔『女』と訳してしまっただけで、実際には男性の魔女もいるそうですね。
あと、カイトのお母さんみたいな薬に詳しい人や、占い師の女性が魔女の原型だったみたいです。

原曲はこちらです。
「ゆりかごから墓場まで」
(http://www.nicovideo.jp/watch/sm2575541)

閲覧数:352

投稿日:2009/06/18 12:50:34

文字数:2,843文字

カテゴリ:小説

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