それ以来、レンには週に一、二度のクオとの散歩の中に、新しくも欠かせない生活習慣ができた。
―それは、「お互いの猫を連れての公園でのミクとの談笑」。
週に一度、俺はクオを連れて、ミクさんもリンを連れて公園で会う。
クオとリンは勝手に二匹で遊んだりじゃれたりしているので、その間、飼い主の俺達は自分の猫達の光景を入れつつお喋りに興じていた。他愛もない事を話したりした。
…ただそれだけ。たったの二、三時間…短い時間。
それでも、自分の猫から学校や家族、そんな他愛ない事をミクさんと話せるその時間は、俺にとってとても甘酸っぱい、幸せな時間だった…。
「当たり前だけど、高校生のミクさんは高校に通っているんですよね?まだ中坊の俺にとっては高校なんて未知の領域だなぁ~…」
それ以上に、「中学生」と「高校生」、「13歳」と「15歳」。
その言葉から生じてくる差は、どんなに頑張っても、ミクさんにとって俺が「二歳年下の中学生」であると言う厳しい現実を突きつけ、伸し掛かってきた。
項垂れる俺に、こちらの本心をしる事なく可笑しそうに笑うミクさん。
「そんな事ないよ。私もつい一、二か月前はレン君と同じ中学生やってたもん。だから、季節はもう夏に入ってるのに未だに中学生気分は抜けられないなぁ~」
「でも、ミクさんは国内でも有名な音大付属の高校に通っているんですよね?それだけでも、十分凄いじゃないですか
「えへへ~…ありがとう。…頑張って、勉強したんだ。先生にも、『初音は実技ならまだしも、ペーパーテストはこのままじゃギリギリだぞー』って何度も言われたしね。それに、私、本当に音楽が大好きなんだ」
レンの言葉に、照れ臭いのか白い頬を赤く染め、はにかむ様に話すミク。
レンにとって、そんな姿を含めた彼女の一挙手一投足が魅力で出来ている様でならなかった。
「それに、将来音楽に携われる様な仕事をしたいんだ~。レン君は何か夢ってある?」
不意に投げられかけた問いに、レンは逡巡する。
「ミクさんの彼氏になって、将来の婿になりたいです」
…と、言えたらどれだけ良い物か…。生憎、俺はそんな要素を持ち合わせてはないし、今の所、それ以外の夢も目標もないですよ、ええ。
「いや、ありませんね…。まだ中学生だし、将来も何もまだ先過ぎて考えられないのが正直な所です。でも、ミクさんはそんな早くから夢とか、目標を持てて凄いですね」
「ありがとう。…あ、見て。さっきまでクオ君と遊んでいたと思ったら、リンってばいつの間にか寝ちゃってる…」
「本当だ。クオの奴も…拾って来たばかりの頃はガリガリのチビだったのに、いっちょ前に彼女作るまでになったかぁ~…」
「え……?」
レンの言葉に、ミクは急に真剣な面持ちになりながらレンに尋ねる。
「…レン君、『拾って来た』って……。クオ君も、その…捨て猫だったの……?」
「…え?『も』って事は…リンもなんですか……?」
「…うん。まだ受験を控えていた私は緊張ばかりしててね…その気分をほぐそうと、あの日は川沿いにある風景を見ながら家に帰っていたの。
そして、その河原でリンと出会ったの…。箱の中で独りぼっちで鳴いてた。…せっかくの白い毛並も汚れて、お腹を空かせながら『寂しいよ…』って言ってるみたいに鳴くリンの姿…今でも忘れられない…」
「ミクさん……」
そう言って、悲しそうに顔を歪ませるミクさん。
その瞳には涙がにじみ出て、それがいつも以上に彼女の綺麗な瞳を際立たせているのが何とも皮肉だった……。
ミクさんの気持ち、俺も彼女とは幾分感じる物は違うだろうが、分かる気がする。
俺も寒そうに、何より寂しそうに独りで箱の隅にいたクオが今でも脳裏に焼き付いている。
クオにも、リンにもそんな事した馬鹿共にどんな理由があったかは知らないが、どんな理由があっても、到底許せるもんじゃない。
クオのあの姿を思い出すに、俺は悲しさ以上に、そんな理不尽な事をした人間に対する怒りや悔しさやで涙を流した事もあったっけな…。
―でも、今は違う…だって……、
「…ミクさん。もう、悲しむ事はないですよ……」
「…だけど、」
「もう、今はあの時とは違う。俺にとっても、ミクさんにとっても、そして…あいつらにとっても…」
俺が視線をやった先、そこにはミクオとリンが寄り添いながら丸まって寝ている姿があった。
「クオとリンの過去は、確かに悲しい物だったかもしれない。だけど、日向ぼっこして気持ち良さそうに眠ってるあいつら見てたら、もう不幸とか悲しさとか無縁みたいに思えるでしょ?」
悪戯っぽく笑いながら、穏やかに言うレン。
それを証拠づける様にレンの顔にも、少し前はあった憤りや悲しみの表情はもう何処にもなかった。
「だから、ミクさんももう悲しむ事はないです。だって、ミクさんと一緒にいるリンは、ミクさんが大好きで、とても幸せそうですよ?ミクさんもリン好きで、いつも幸せそうにリンを優しく撫でている。それで良いじゃないですか」
「レン君……」
レンの言葉にミクはくりくりとした大きな目を更に大きく見開く。その顔は、先程とはまた違い、赤らんでいた。
「………凄いなぁ………レン君は…」
「え?何か言いました?」
「ううん、その通りだよね~……って。私にとってリンはもう掛け替えのない存在だもん。それで良いよね。レン君にとってのクオ君がそうである様にっ」
「…はぁっ!?え、ちょ、違いますよ…俺にとって、クオはそんなんじゃないです。つか、仮にそんな風に認識したら、俺、確実にクオにどん引かれます」
「またまた~照れちゃって」
「照れてませんっ!」
「っふふ。可愛いなぁ~レン君は」
「男の俺が可愛いって言われても嬉しくないですっ!!」
「もう今度から、『レン君』じゃなくて『レンちゃん』とか『レンきゅん』にしない?」
「ミクさんっ!!マジでそれはやめてっ!!!」
―そうやって、まず春が過ぎた…。
次に夏が来て、夏休みは可能な限りクオを連れてミクさん達に会った。
そしてすぐに時間は過ぎて、夏の終わりである8月31日がミクさんの誕生日を迎えた。
その日がミクさんの誕生日である事は、以前聞いてたのをちゃんと覚えてたから、プレゼントを贈った。
……男の俺が女の子に初めてのプレゼント。しかも、好きな相手ときたから、クラスの女子や彼女がいる友人にそれとなぁ~く女子が好む物を聞いたりして、慎重にプレゼントを選んだ。
男と女の好みは違うからな。俺のプレゼントである、黒と白の二匹猫が尻尾でハートマークを作っている絵柄のマグカップを見た瞬間、少し可笑しそうに、そして嬉しそうに「クオ君とリンみたいだね」って笑ってくれた。
…ミクさんが喜んでくれるのは嬉しかったが、ミクさんは16歳になった。俺はまだ13歳。
只でさえ離れていた歳が更に離れ、俺はミクさんが遠い人の様に感じられて少し寂しかった。惚れた弱みや、「縮まらない年齢差」という焦りもあるかもしれないが、高校生のミクさんは会う度に綺麗で大人びて行く様に感じられた…。
―嗚呼…、俺、どうしようもなくこの人が好きだ……。
俺の頭の中は、ミクさんの事で一杯だった。コロコロと表情を変え、穏やかに、そして優しく笑う可愛いミクさん…。あの人の恋人になれたら最高に幸せだろう……。
「好き」という、たった二文字の言葉。その二文字に、俺の拙い言語力でも精一杯想いを込めた言葉を添えて告白したいと言う気持ちに、度に何度もかられた。だが、その気持ちはミクさんを前にする度に潰えた。
俺は、怖かった……。
―「もし、ミクさんが自分と会ってくれなくなってしまったら…?」
それは、レンにとって最大の恐怖だった。
何もする事なく、このままの関係でいるのも嫌だったけど、今まで築き上げてきたこの関係の破綻も嫌だった。
だけど、今の俺に何か言う事はできない…。
ミクへの想いが深まる程に、そのジレンマはレンの心を苛んだ。
主人であるレンを余所に、夏の日差しが照りつく中、クオとリンは木陰の下にある石畳の上で涼をとりながら幸せそうに寝ていた。
だが、クオも知らなかった。
これから後に起きる、出来事に…。飼い猫である自分達も巻き込まれる事となる飼い主達の関係の『破綻』に……。
…春…夏…が過ぎ、季節は秋へと移り変わっていく…。
(つづき)
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