――これは誰にも言えない秘密の恋。

 好きな人はいるの、と訊かれると一瞬戸惑ってしまう。
 正直に言ってしまいたいと思う気持ちが胃の裏側から込み上げてくる。けれど、そんなことをしたらどんな風になってしまうか分かっているので、あたしは結局笑って誤魔化す。
「誰もいないよ」
 あたしがそう答えると、みんなは笑う。
 笑いながら、次の人に同じ質問が渡る。あたしは自分がされたみたいにして、その子の答えにいちいちはしゃぎ回る。
 あたしみたいに、相手がいないと言う子もいれば、誰かの名前を口にする子もいる。その都度、浮かれたように笑うあたしは、嘘を吐いている。嘘を吐いているのは、きっとあたしだけじゃない。
 いつまでもあたしたちは子供じゃないのだし、好きな誰かくらいはいる。
 ただそれを口にできる人とできない人がいる。
 恥ずかしいとか、友達と同じ人が好きだからとか、遠慮だとか、躊躇いだとか。
 誰かが照れながら、でも楽しそうに誰彼が好きだと口にするたびに胸が疼く。思い余ってこの中を埋めているのが誰なのか、ぶちまけてしまいたくなる。
 けど、そんなことはできないからあたしはみんなと同じように笑って誤魔化している。正直に口にすることなんてできない。できるはずがない。
「リン」
 名前を呼ばれて振り返ると、レンが立っていた。
「帰ろう」
「あ、うん」
 先に帰るね、とみんなに手を振り、あたしは輪の中から抜け出る。
 じゃあね、また明日ね、という声が聞こえなくなると、代わりに全く別の声が聞こえてきた。
「――あの二人、相変わらず怪しいくらいに仲いいよね」
 それがあたしの耳にまで届いてくるのは、偶然なのかそれともわざとなのか、振り返りたくないあたしには分からない。けれど、そんなことはどちらにせよ関係がないのだと、あたしは知っている。
「気にするなよ、リン」
 誰もいないことを確認して手を繋いできたレンがそんなことを言う。レンはあたしの双子の弟だ。髪型とか身体付きとか、そんな細かな違いを抜かしてしまえば、まるで同じ人間であるかのような姉弟。だから、本当はそんなことしてはいけないのに、レンはそっと顔を近付けてくる。そしてあたしは、そんなレンの顔を見つめながらそっと唇が重なるのを待つ。
 それはほんの僅かな時間だけの重なり。
 誰にも見つからない内に、あたしたちは唇を離す。
 間違っているという自覚はあたしにもあるし、レンにもある。けれど、この関係が終わらないのは、結局のところ胸の奥にある感情を誤魔化し切れないからだ。もし、あたしにほんの少しの良識があったなら、迎えに来たレンを先に帰らせたりすることもできたはずだ。けれど、あたしにはそれができない。むしろ、レンがあたしを求めるよりも強く、あたしは求めている。
「あ」
 あたしが手を離すと、レンは残念そうに声を漏らした。
「駄目よ、レン」
「うん。ごめん」
 あまり手は繋ぎたくないと、あたしは前にもレンに伝えてあった。
 誰かに見つかったら変に思われるからとあたしが伝えると、彼は素直に了承してくれた。あんな風に噂され、実際にキスまでしているのに、今更だとはあたし自身思うことだったけれど、レンはそこまで考えていないのか、あるいはそれよりもあたしの考えを尊重してくれたのか、何も言わずに従ってくれた。もっとも、今日のように時々忘れてしまうこともあるみたいだけれど。
 レンはきっとあたしに触れたいのだと思う。
 その気持ちは分からなくもない。あたしだって同じ気持ちだ。
 手を繋いで抱き締めてキスをしたい。
 好き、という気持ちの正体は、そんな誰かに見られたら恥ずかしいくらいの欲望だ。欲望だと知っているから、誰かに見られてはいけないと分かっているから、あたしは我慢しなければならない。
 けれど、日に日にこの想いは強くなる。
 最初はこんなことはなかった。でも、レンを見ていると駄目だった。レンの姿を見ているうちに、少しずつ少しずつ我慢ができなくなるのが分かった。
 馬鹿げた想いだと思ったし、間違っているとも思った。なのにそんな正しさをあたしの欲望は日に日に潰していき、結局あたしに残ったのはこの悪い悪い想い一つだった。
「レン。ごめんね」
「え?」
「何でもない。言いたくなっただけ」
「……何だよそれ。気になるじゃないか」
「気にしなくていいから。本当に、何でもないの」
 多分、レンはあたしのこの感情には気付いていない。
 だからあたしには、レンの視線が痛い。レンがあたしを求めてくるたびに、あの眼差しであたしを見つめてくるたびに、あたしは少し胸が痛くなる。でもすぐに、あたしの欲望はそんなことはどうでもいいのだと痛みを押し潰し、あたしはレンを見る。あたしによく似たレンを、見る。
「レン。もう一度、キスして」
「どうしたの。いきなり」
「お詫び。別に理由なんていいじゃない。キス、好きでしょ」
「人をキス魔みたいに言うなよ」
 そんなことを言いながら近付いてきたレンは、辺りを見回して誰もいないことを確かめる。
「……言っておくけど。キスが好きでするんじゃなくて、リンが好きだからするんだからな」
「知ってる。だからお詫びなのよ」
 あたしの言葉にレンは不思議そうな顔をしたけれど、あたしが彼の首に手を回すとすぐに顔を近付けてきた。
 あたしと同じ形をした顔を。
 ――あたしは別に、キスが好きだからするわけでもないし、レンが好きだからするわけでもない。
 あたしが好きなのは、あたし。
 だからあなたとキスをするのだと言ったら、レンはどんな顔をするのだろうか。
 見てみたいような気もする。あたしの顔がどんな風に歪むのか、見てみたい。その顔を慰めてあげたい。あたしだけのものにしてみたい。でも、それはできない。あたしが本当のことを伝えたら、その途端にレンはあたしから離れて行ってしまうに違いない。だからあたしは本当のことを言えない。
 それでもいい。
 あたしの顔が、近くにいてくれればそれで。
「……リン。好きだよ」
「あたしも。愛してるわ、レン」
 これは誰にも言えない秘密の恋。
 ――あたしを愛したあたしの恋。 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

倒錯ナルシスト

 読んでくださった方、ありがとうございます。
 心よりお礼申し上げます。

 何となくの思い付きだけで書いてしまいました。
 どうも私レンを可哀想な子にしてしまう傾向があるようです。
 ごめんなさいレン好きな方。

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閲覧数:380

投稿日:2010/04/19 20:22:49

文字数:2,554文字

カテゴリ:小説

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