窓から夕焼けが差し込み始めた頃。
「たったこれだけで済む事を、なんでお前らは自分達だけで出来ねえんだよ?」
泣き疲れて眠る金髪の少年の身体を愛おしいげに撫でつつ、ブランデーを煽るレンにこう言わずにはいられなかった。
「僕らにとっては、『これだけ』じゃないんだよ」
不貞腐れるように嘆息される。
「お前って、十五の頃から中身が変わって無い気がする」
昔はそれはそれは大人びた言動をする義兄だったが、その時からやること成すこと成長していない。もっとも、仕事に関しては当時から完璧だったので、変わりようが無かったとも言えるが。
「それは自分でも思うよ。それに比べたら、本当に君は変わったよね。セシリアや、ジンに対しては特にさ」
自覚があるらしく寂しげに笑うレンを見て、指摘した事を少し後悔した。
「少し気張り過ぎなんじゃねえの? アレンに自分と同じ失敗を繰り返して欲しくないってのは分かるけどな、だからこそ教えなきゃならない事はたくさんあるだろ?」
「それは分かるんだけどね。何を言えばいいのか分からない」
「今話してたじゃねえか。そんな感じでいいんだよ。勉強、見てやったら?」
「アレンは自分からしてるじゃないか。なんでわざわざ教える必要があるの」
レンにとって勉強とは自分でするものであり、他人の知識を当てにするものではないらしい。
「アレンはそうして欲しいと思ってるからだよ」
端的に理由を教えてやると、レンは冗談だと思ったらしい。
「冗談でしょ?」
イルにとっては、義兄が本気でそう思っていることこそ冗談かと問いたくなるが、金色の目は至って真面目だ。
「お前がジンを教えている間、なんでアレンがわざわざ側で勉強してると思ってんだ?」
「それは君と話したいからでしょ?」
楽しそうに話してるじゃない、と当然のように返された。本当に呆れる。
「……なんであいつが、俺にわざわざ人体標本の図鑑を見せると思う?」
「そういえば、なんでだろう。どうせ分かりっこないのに」
事実とは言え本当に失礼な奴だ。確かに何を言ってるかすら理解不能だが。
「本当は父親と話したいんだよ。けど嫌われてると思ってるから、仕方なく俺に話すんだろ」
包帯が取れたとはいえ、まだまだレンは怪我人だ。そうじゃ無ければ、この間抜けすぎる会話中に三回は殴っている。
「そうそう、それだよ。なんで、この子は僕と話したいんだろう? あの子が物心つく前から近づかないようにしていたのに」
親なんだから当たり前だ、と言いたいのを何とか堪える。実の両親とも養父母とも、この親友は意志疎通したいと思ったことすらないに違いない――……ん? 待てよ?
「お前だって話したいと思っただろ? 親と」
そうだった、レンは六歳の時に一度実の両親に会いに王宮に忍び込んだはずだ。しかし明瞭な記憶力を持つはずの義兄はその事を覚えていないのか、苛立たしげに吐き捨てた。
「本気で言ってるの? あるわけないだろ」
一瞬考えた。思い出させるのは、レンに少なからず苦痛を強いることは明らかだったからだ。けれど今度アレンと接する上で知っておく、否、思い出しておくべきだと思った。
「あるだろ。昔、本当の親に会うために王宮の中庭まで入りこんだって、お前の口から聞いたぞ」
ようやく思い出したのか、ぽかんと口を開いて数秒固まった。
「ああ、そんなこともあったか」
金色の眉が顰められる。嫌な記憶を飲み下す様に、親友はタンブラーを一気に空にした。
「悪かったな、思い出させて」
言いながら、壊れそうなくらい握られているグラスにアルコールを注ぎ足してやる。
「いや、そうか。そう言うものだよね。親とは、会いたくなるものなのかな」
真剣に考え込んでいる親友の、独白に近い質問にそれでも答えるべきだと思った。
「さあ、少なくとも俺はハウスウォードの両親に会いたいとは思わなかったかな。でも、お前はどうだった?」
もう聞くまでもないだろう。産みの親を渇望したからこそ、たった六歳の少年が警備厳重な王宮の中庭まで辿りついたのだ。
「会いたかった。けど、理由が思い出せないな。なんで接触した記憶の無い人間と、会いたいと思ったんだろう?」
「いつ頃ハウスウォードに引き取られたかは俺も知らねえけどさ、記憶は無くともどっかで気持ちは覚えてるもんなんじゃねえの? ああ、もしかしたらアレンも同じかもな。赤ん坊の頃はお前、側から離さなかったじゃねえか」
それこそアズリがイルに、「アレンに触れない」と愚痴を言ってくるくらいに独占していたのだ。
「何か、不可解だね。理由が分からない感情の乱れって、気味が悪くない?」
うわあ、ぶん殴ってやりたい。
「うるせえよ。ここは素直に『そういうもん』って覚えときゃいいんだ。なんでもかんでも理解できるわけねえだろ? 理不尽なのが人間なんだから」
「ちょっと理屈がずれてるけど、君らしいね」
くつくつと笑う親友だったが、事件が終わってから久しく見て無かった落ち着いた笑みに安心した。
「本当に似て欲しくなかったんだ。僕みたいな人間になったら苦労するから」
表情に寂しげな色が混ざり、膝で眠る息子を撫でる。
「んー、まあ、ここまで生き写しならお前が関わらなくてもそんなに変わらんと思うぞ。それに、レンはそんなに自分が不幸だと思ってるのか?」
イルは自分が不幸だと思った事は無い。波乱万丈で辛いこともたくさんあった事は否定しないが、それ以上に得たものがあったと思っている。今目の前にいる義兄にしても、平坦な人生では関われなかったことだろう。
そしてできれば、レンにもそうは考えていて欲しくなかった。今まで訊いた事が無かったが、それは機会が無かった以上に肯定されるのが怖かったからだ。自惚れかもしれないが、レンが革命を起こした理由の何割かはイルにあるのだから。
内心びくびくして返事を待つが、親友は馬鹿らしいと笑った。
「僕は幸運だった。こんな僕を大切にしてくれる妹が居て、信頼し合える親友で義弟が居て、理解してくれる『父』が居て、愛し合える妻と息子が居て、ね」
「そっか、良かった」
ほっと一息つくと義兄に質問の意図を読まれたのかこう返された。
「君こそ自分を不幸とは思わないのかな? というよりは、今の不自由な立場に縛り付けた僕を、恨んだりはしない? まあ、これも今更なんだけどね」
「不自由な立場、か。まあ考えようによっちゃそうなんだろうけど、誰かに強制されたとは思ったこともねえよ。逃げようと思えば、逃げられたからな」
薬による強制的な眠りから覚めたレンにも言ったが、それまで守ったものすべてを犠牲にして双子を助けることだって出来たのだ。重々承知の上でそれでもリンを斬首したのだから、それは間違いなくイルの選択だ。
「話を戻すけどな、別にアレンがお前と同じになる事をそんなに怖がる必要もないだろ。不幸と思っていないのなら、尚更だ」
「言ったろ? 僕は運が良かったんだよ。アレンに同じような人達が集まるかなんてわからないじゃないか」
「他はともかく、ジンとアレンは一生親友同士だよ」
イルとレンがそうであるように、と言外に付け足す。
「そっか」
どこか嬉しそうにレンがそう言った時、前室に居たサリーが扉を叩いた。マリルとそれに率いられた諜報員の精鋭達が帰還したらしい。言付けもあり、『荷物の確保に成功した』らしい。
レンの目に嗜虐心が滴る。隻眼になった分、二倍の濃度があるようにすら見えた。すぐさま尋問室に向かうと思いきや、それでも拷問吏に席を立つ気配はなかった。
「行かねえの?」
思わずこう尋ねると、ふと金色の瞳からは憎悪が消えて慈愛が灯りだした。
「うん、アレンが起きてから見に行くよ。それに今回の事はなかなか勉強にったからね、そこに敬意を表して一晩は親子の触れ合いの時間を提供しようかと思って」
今回に限って慈悲深いのは意外だが、特に咎める事でも無い。
「それもいいかもな」
その日は結局夜まで飲んで、ハウスウォード家の広間で二つの家族揃っての食事会となった。まだまだぎこちないが、少しずつ会話し始めている親子は実に微笑ましかった。
元々精神的双子と言ってもいいくらいだ。打ち解けるまで時間はかからないだろう。
これで終わったと、そう思っていたのだ。再び似た者同士故のすれ違いが親子喧嘩を引き起こすことになるとは、象像もしていなかった。
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