俺は何を知ってるっていうんだろう。
ねえ、どうして?
どうしてこんなに怖いんだ。
<Side:召使>
「レン、掃除が甘い」
「どこ?」
「二階の倉庫。桟が酷いことになってた。やっといたけどね」
「ありがと」
「サボり」
「悪かったって」
サボり?あんな倉庫使わないだろ。
内心でため息をつく。コンチータ様の館とはいえ、あの方があんな隅の部屋を開かれたことはない。というかそもそも広間から出られることすら余りないわけだし。
使用人はたった三人、うち一人はコックで基本的に厨房から出ることはない。それ以外となると俺とリン。俺達だって用のない部屋に出入りする権限なんて持ってない。
なのにリンはそういうところ異様に細かい。「コンチータ様のもの」に対しての注意の払い方が異常に丁寧だというか、俺も相当あの方は特別だと思っているけどそれ以上に―――心酔している?
ちょっと違うか。リンは盲目的に従っているわけじゃないし。
打算的な彼女は誰に対してであれ冷静さを失うことはないんだから。
・・・いつから、そうだっただろう。
ふとそんな疑問が心に引っ掛かった。
コンチータ様のもとで働くようになったのはそれこそ赤ん坊の頃だ。その頃からコンチータ様に仕えるべく教育された。
リンとはその頃から一緒にいた。
一緒に育って、学んで、笑って・・・あの頃はむしろ感情に素直な子だったはず。
冷静な俺と、無垢なリン。
性格こそ違ってもお互いの考えはよくわかっていた。何も言わなくても通じる気持ち。
それが伝わらなくなったのは、いつからだ?
ぞく、と悪寒が背筋を駆け抜ける。
こんなことを考えてしまうのはカイトさんと話をしたからだ。
確かに俺達はきょうだいみたいなもの。
昔だったら素直にそう思えたはずなのに。
「レン」
かすかに笑い含みの声がかけられ、思わずびくりと肩を震わせた。
「カイトさんと何の話をしたの?」
―――え。
驚いて顔をあげる。
「なんで、それ」
「さっき虐めてあげたからレンに相談しに行ったんでしょ?見立て通り耐性ないわね、彼」
「・・・あ、そ」
肉食獣みたいな笑顔に、殺し切れないため息が漏れた。
普通やるか?カイトさんは一応目上だぞ。使用人としては確かに俺達の方が先輩ではあるけど。
こういうところ、何となくコンチータ様に似ている。好戦的というか、野心的というか、とりあえず若い女性に相応しい表情だとは思えない。
まあカイトさんは割と押しに弱い人だっていうのは見てわかるし、敢えて言うなら無邪気な子供みたいな性格のようだからリンが獲物にしたくなるタイプなんだろう。
リンは軽く肩を竦めて軽薄に言い放った。
「嘘は言ってないわ。それにいくら良くしてやったところでアレもすぐにお役御免なのよ、頭の悪いレン君」
「そうだろうけどどうしてそう意地の悪い言い方しか出来ないかな、性格の悪いリンさん」
他愛ない言い合い。表面には毒があるけど、底にあるのはある程度の親愛、のはずだ。
くす、と彼女が笑う。
「そう思うのはレンも甘ちゃんだからよ。ここでの身の処し方をまだ学べていないのね、おばかさん」
「それでそんな底意地が悪くなるのなら学び取りたくないな」
「ああ、そう。ならいいわ、無理しないで」
ふと、平気な口調のままなのにリンの笑顔が陰りを見せた。
―――なんとなく変だ。
俺は違和感に眉を潜める。
傲岸不遜を軸とするリンが表情を曇らせるなんて、まずないことなんだから。
今の会話に、何があった?
「リ、」
チリン!
問い詰めようとしたけれど、鈴の音に言葉を飲み込んで身を翻す。
コンチータ様のお呼びだ。
そこで会話は打ち切らざるを得なかった。
「ねぇ」
「はい、コンチータ様」
ふと、という様子でコンチータ様が口を開く。
物憂げな御様子がとてもお似合いになられる。
「あなたに取って彼女はどんな存在?」
「わたくしに取っての、リンですか?」
「ええ。コックが独り言で呟いているのを聞いて、私も興味が出たの」
あの野郎!
余計なことを!というか独り言?悲しすぎるだろそれは。
気にするな、余計なお世話だ!と言いたいけれど、コンチータ様の御質問とあらば真剣に答えないわけにはいかない。
俺は少し考えた。
「・・・身近な同僚、でしょうか」
1番先に頭に浮かんだ言葉がそれだった。
大切な、とか、半身のような、とか形容詞はいくらでも思い浮かぶけれど、どれであれ的確に言い当てることは出来ていない。
だから、敢えて広く指す形容詞を使った。
コンチータ様は少し面白がるような光を浮かべてこちらをご覧になる。
「身近。そうね。あなた、彼女についてどれだけのことを知っていて?」
「は・・・?」
「彼女の心について、何かしら知識があるのか興味があるわ」
「リンの感情、ですか」
知るわけがない。
だって俺が知っているのなんて、考えてみればリンの名前と外見位だ。何を考えているのか、何を感じているのか―――そんなの知らない。わからない。
―――昔ならわかったのに。
言葉に詰まった俺に、コンチータ様は微かに笑う。
そのまま興味が失せたように視線は逸らされ、でも俺はその場から動けなかった。
わからない、のが、怖い。
カイトさんやリンとの会話でも感じた恐怖感がまたせり上がってきた。
別にリンの全てを知りたいなんて思わない。そんなのはなんかキモチワルイし、必要性も感じないし。
でも、俺とリンの間に出来た溝の奥の方に得体の知れない化け物が生まれているような気がしてなんだか怖い。
それだけ。それだけなんだ。
気になんてしなくて良い。
俺はただコンチータ様の御言いつけどおりに行動する、ただの使用人であれればそれでいいんだから。
控室に戻ると、リンは椅子に座ってうたた寝をしていた。
何となくホッとした気分でその顔を覗き込む。
そりゃそうだよな。使用人、とくに俺達の仕事は激務で、休む暇なんて殆ど無い重労働なんだから。
昔と変わらない無邪気な寝顔。
それが酷く大切なものに思えて、つい、と手を伸ばして頬に触れる。
大丈夫。まだ大丈夫。致命的な亀裂なんて出来てない。
・・・だよな?リン・・・
その時の俺は知らなかった。
この時、コンチータ様がカイトさんを呼び付けて、ある要求をしていたことを。
その夜、カイトさんは暇を貰えるようコンチータ様に申し出た。
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そう。
大丈夫、その気持ちはよく分かるわ。あなたが選んだことならそれはそれでいい。とやかく言うつもりはないの。
でもね、レン。だったら私も選ばせてもらうわ。
<Side:メイド>
「全く、使えない奴ばかりね」
「申し訳ございません」
カイトさんは深くうなだれる。
...誰もが皆(私的悪食娘コンチータ)3
翔破
食べるということは、昔は私にとってとても嬉しい事だった。
そばには大切な家族がいて、皆で笑いながら美味しいご飯を食べる。それは幸せの具現。
でも側に誰もいなければ美味しいご飯も美味しくない。
<Side:コンチータ>
がらんとした広間の中で、私は目の前に崩れ落ちたその塊を見詰めた。
金髪の少女。手に...誰もが皆(私的悪食娘コンチータ)4
翔破
街のはずれの豪奢な洋館。
とても美しいたたずまいだというのに、その扉を叩く人はほとんどいない。
―――あの館に行ったら、食べられてしまうよ。
そんな噂が立ちはじめたのはいつのことだっただろう。
<Side:コック>
「カイトさん、箱ここに置いときますね」
「ありがとうミクちゃん。いつも悪いね」
「い...誰もが皆(私的悪食娘コンチータ)1
翔破
「というわけで」
「今日からお世話になりますね♪」
そう言って笑う、見慣れた、かつ見慣れない姿に、俺の頭は一瞬理解を拒否した。
<楽しい鏡音×4生活>
「うわぁ、いらっしゃい!リントくん、レンカちゃん、これからよろしくね!」
「まー、仲良くやるか」
「こちらこそ、一緒に暮らせるなんて嬉しいわ」
...楽しい鏡音×4生活
翔破
割とダークです。ご注意ください。
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闇のダンスサイト、二人で踊りましょう。
私は、限界だった。
世の中には耐えられないものがある。例えばいじめとか。劣等感とか。空気の悪さとか。その他諸々、人によって違うのでし...Side:リン(私的闇のダンスサイト)
翔破
かんかんかんかん。
非常階段を昇る音に、水を含んだスポンジみたいな頭を上げる。
カーテンを引き開ければ血みたいに真っ赤な夕日が見えた。
―――いや、血っていうか私の顔の色かな。
泣きすぎて真っ赤になった顔に触ってみる。少し冷たく感じる指が気持ちいい。というか、自分の惨めさと虚しさに一人で泣いたとかほ...私的炉心融解(下)
翔破
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