「というわけで」
「今日からお世話になりますね♪」
そう言って笑う、見慣れた、かつ見慣れない姿に、俺の頭は一瞬理解を拒否した。
<楽しい鏡音×4生活>
「うわぁ、いらっしゃい!リントくん、レンカちゃん、これからよろしくね!」
「まー、仲良くやるか」
「こちらこそ、一緒に暮らせるなんて嬉しいわ」
リンが無邪気に喜んでいる。
いや、それはいい。全然問題ない。だけど大問題だ。あれ、どっちが正解?
混乱した俺を置いて、リンが「お茶取ってくるねー」とフォルダから出ていく。
残ったのは俺一人…と、かつての嫌な記憶二人組。
そこでやっと俺の頭が解凍された。
解凍、された、けど、…いやいや、嘘だろ。冗談だよな?…え、夢オチじゃないのコレ?
―――夢なら覚めろ。
そう思うのと同時に、俺の口は弾かれるように動いていた。
「な―――嘘だろ?何でお前らがうちに来るんだよ!?」
「え?なんかお前等んとこのマスターが俺等を気に入ったらしいけど」
しれっと答えられてしまった!
そりゃ確かにマスターが許可しないとここには来れないだろうよ。でもってマスターは亜種とか好きだよ。
だけどちょっとこれはないだろ!?
「ま、マースタぁーっ!何でこんな奴らを…っ!」
嘆いてみても返事はない。
そりゃ俺達のプログラムが開かれない限りこっちの声は向こうの世界に届かないんだから仕方ないけど!
くうっ、安息の地は失われた…既に泣きたい…
「あらあら、もう半泣き?」
「はっ、弱ぇなヘタレ野郎」
笑い混じりの言葉に、くじけそうだった心が蹴り起こされる。
なんなのこいつら、ほんっとーに性格悪い!
「泣いてないっ!っていうかあんたら、俺の事嫌いだろ?なんでここに来たんだよ」
「仕方ないでしょう、貴方達のマスターに頼まれたんだもの。とりあえずヘタレバナナは土に埋めて自然に返す方向で行けばいいかと思って」
レンカが優雅に笑いながら答える。
俺、なんという死亡フラグ。
というか、え、何それ、何で素で俺を自然に返そうとしてんの。俗にいうエコってやつ?
地球への優しさを追究するならまずその性格を何とかしろよ!
既に頭が痛くなってきた。
悪夢、そう、これは夢なんだ…そうに決まってる…でないと俺、挫ける。生きる事に挫ける。
「…あのさ、お前らには優しさとかはないわけ?」
「いや、だって男に優しくしても意味ねえだろ」
「リントぉ!?お前、友情とか最初から眼中にないのか!?」
「ねえよ。で、この家にミクやルカやメイコいんの?グミとミキとリリィは?いろはやユキやアイでもいいけど」
「すがすがしいほどに女声しか気にしてないなお前!」
「なんか文句あんのか?」
かなり爽やかな笑顔で言われてしまった。
どうしようダメだこいつ、既にどうしようもない気がする。
だから、どうしてあの純で可憐なリンからこいつが出て来たんだよ…!有り得ないって!
ああ、リン、リン、俺の癒し、早く戻って来てくれ。そうだ、こいつはリンじゃない、なんか別のもんだ!
「リンと同じ顔でそういう事言うなよな…!」
もうなんか抵抗すんの疲れてきた。でも抵抗しないと、何か負けたような気がする!
ぐぬぬ、と歯を食いしばりながら絞り出した言葉だった。…んだけど、あっさり流される。
「はぁ?顔とか関係ねえよ。お前だって同じ顔だろ?それともなんだ、お前の可愛いリンと同じ顔でBLフラグ立ててほしいってのか?うわー怖っ」
「ああバナナ頭、こっちに来ないで貰えます?NO変態、防疫はしっかりしなくてはね。ポストハーベストも時には必要なんだという良い例だわ」
「に、二対一は卑怯だろ!あとレンカ、さっきから俺を完全にバナナ扱いしてないか?」
「なにか不都合でもあるかしら?」
「ぐっ…」
勝てない…!
圧倒的な力の差の前に、俺はただひれ伏すしかなかった。
つかちょっと待て、これもしかして俺がヒエラルキーの最下層になるフラグですかそうですか。…そんなん黙って受けられるわけないだろ!?
「リンがお前らに虐められてる時に守れないフラグとか、耐えられるかよ!」
「あら大丈夫よ、虐めないわ。私、リンちゃんは好きだもの。お姉様って呼んでも怒られないかしら」
「え」
予想外の言葉に顔を上げると、見上げた先でにっこりとレンカが笑う。
…いや、確かに効果音は「にっこり」なんだけど、違う、これ絶対俺の同タイプじゃない。俺こんな顔しない。
何この腹黒い笑い、怖い。
リン逃げてマジ逃げて!こいつ危険だ!
もしかしてレンカの場合、「嫌い」より「好き」の方がやばいんじゃないか?凄く嫌な予感がするんだけど!
俺はなけなしの勇気を振り絞ってどSペアに宣言した。何かあった後では遅すぎる!
「とにかくお前らっ、俺のリンに手を出すな!変な目で見るな!」
「…ふーん?」
軽くリントが首を傾げる。
俺より背があるからなんか見下されている感があるんだけど、これ、多分気のせいじゃないよな?意図的に見下してますよね、リントさん?
「もしそうしたら…何だって言うんだ?腐れバナナ」
「俺だって喧嘩ぐらい出来るさ、根性螺旋階段のカッコつけ男」
「ほー、言うじゃねえか」
にやり。リントの顔に浮かんだ獰猛な笑みが深くなる。軽く腰を落とした体勢とか、もう見るだけで喧嘩慣れしている事が分かる。
やばい。怖い。
でも…
俺は、頭の中にあの笑顔を思い出した。
俺の太陽―――リンを、間違ってもこのサディスト共の手に委ねる訳には―――…!
「駄目ぇっ!」
はっきりとした叫び声が俺達の間に割って入ったのは、その時だった。
「リン!」
「レン!リントくん!駄目だよ、仲良くしなくちゃ!」
俺の大好きな可愛い顔に正義感をみなぎらせて、リンが俺達を仲裁に来たのだ。
いや、俺の方を庇う形で立ってるのがなんとなく気になるけど、まあそんな些細なことはもう気にしない!
嬉しい。だってリンは俺を助けに来てくれたんだから。
でも、同時に不安が胸の中に溢れ出す。
だって今リンが立ち向かってるのは、いくら同じ「リン」とはいえ、リン自身とは似ても似つかない恐ろしい奴なのだ。こんな事をして、もしリンに何かあったりしたら―――!
「リン、馬鹿!危ない!」
「喧嘩は駄目だよ!もう二人とも、なんでそんなに喧嘩したがるの!?」
「そこのチビのヘタレが身の程知らずにも喧嘩売って来ただけだっつーの。バナナならバナナらしく腐っとけ」
「おい、言い過ぎ…」
思わず声を上げかけたた俺の前に、すっと手が翳される。
リンの手。
なんで制止されるのか分からなくて、その横顔に目をやり…俺は思わず一歩退いた。
外見はいつものリンだ。
でも、付き合いが長いから―――生まれた時から一緒にいるから、俺には分かる。
リン、キレてる。
とりあえず俺は一歩距離を取った。
正直、この状態のリンには手をつけられない。上手い事こっちの弱点を抉るその力は、この状態…バーサークモードの時に、遺憾なく発揮される。
それを知らないリントは、にこにこと笑いながら近付くリンに何の警戒もしていない。
合掌。
「ええと、リントくんって一応『私』なんだよね」
「ん?ああ、まあな」
「よーし」
わしっ!
「っっ!!?」
びゃっ、とリントの髪が逆立つ。
いや、髪だけじゃない。よく見れば、産毛とかまで逆立っている。
何したんだ、とリンの手を目で辿ると…
「あ、あははははははっ、やめっ、おま、くすぐんなぁ!く、くあぁっ!」
「リントくんがリンならぜーったいくすぐりに弱いもんね!えいえいえいっ!」
えっ、何、くすぐったがりなのかこいつ!
意外も意外、考えてもみなかった弱点に呆然とする俺の前で、リンは容赦なくリントの脇腹をくすぐる。
リントがいくら身を引いてもリンの追撃からは逃れられない。
なんだろう、同じ「リン」だから相手の行動パターンが読めたりするんだろうか。
「や、やめマジで!腹、腹、腹いたい!ばかっ、あうっ、ふぁあっ!」
「降参する?降参する?もう喧嘩しませんって約束しなきゃ許さないんだから!」
「はぁ!?そんな約束できるわけ、っっ!や、やめぇ!あははははははは!死ぬ!!」
「まだだいじょーぶっ!」
単なるくすぐり攻撃、と片付ける事も出来る。でもくすぐりってたしか、拷問にも使われたりするんだったよな?
多分リンは最後まで容赦しない。それこそリントのHPが0ギリギリになるまで手を緩めないだろう。
さようならリント、成仏しろよ。
うんうん。俺は頷きながら再び静かな生活が戻る未来を描いてみた。
おお、それってなんてハッピーエンド!
「何勝手にリントを殺しているの?」
「うわっ―!?」
いつの間にか俺の隣に立っていたレンカが囁いた。
こいつ、何?移動に音がしないんですけど…怖い…
ふう、と一つ溜息をつき、レンカが髪を掻きあげる。お嬢って言うか女王系だなこいつ。
「まあそれは後日ペナルティを付けてあげるとして、今は物思いに沈む時間じゃないって教えてあげようと思ったのだけど」
「さりげなく怖いって…って、ん?どういうことだよ、それ」
俺の問いにレンカは可憐に微笑んで、ゆっくりと指を上げた。
「見なさいシュガースポット、あなたはあれを見逃すという勿体ない事をしようとしていたのよ」
その指が指すのはリン二人前。それが何を意味しているのか分からず、俺はじっと攻防を繰り広げるリンとリントを眺めた。
しばらくして、不意に頭の中に光が点る。
―――あれ、待てよ?
リンが頬を赤くして一生懸命にリントをくすぐっている。対するリントは、息も絶え絶えに抵抗している。
これってつまり。
リン×リン。
―――これなんていう俺得コンビ!?
ずがん、と衝撃が俺の頭をぶち抜く。
何と言う目の保養!俺はコレを見逃しそうになっていたのか…くっ、不覚だった!
冷や汗を拭いながら、わちゃわちゃと戦う「リン」達を見る。くそう、ビデオカメラとかないのか!?
「…危ないところだった…!」
「でしょう?今度攻めてみようかしら…二人共」
「え、何、俺のリンも射程圏内なの!?」
ぎょっとして振り向くと、レンカは不思議そうな顔で俺を見返した。
…なにその「当然」みたいな顔。
「いつあなたのものになったのかしら?黙っていればショタなのに、口を開くとただのショタね。お黙りなさい、ショタ」
同じ事しか言ってないだろ!
そしてショタ認定はもはやデフォルトなのか。うっ、やめてくれ、心が折れる!
「とにかくっ、駄目だ駄目だ駄目だ!この際だからはっきり言わせてもらうけど、俺のリンは百合要員になんか絶対にさせないからな」
「あらあなたこそバナナの皮の分際でさりげなくリントまで手を付けようとして…薔薇なんて許せないわね。身の程を考えたらどうかしら」
飛び散る電光。
互いに「レン」なのは厄介だ。良くも悪くも直情径行な「リン」と違って、つい相手の内心を探ってしまう。
で、その上大体相手の考えに検討がついてしまったりする。だって、基本考え方は一緒だから。
息詰まるような、張り詰めた空気が―――
「百合?薔薇?お花買うの?」
―――破られた。
いきなり横から声を掛けられて、思わず肩が跳ねる。
リンだった。横目でその向こうを伺うと、リントが地面に突っ伏して震えている。
「あれリン、リントは…」
「勝ったよ!褒めて褒めてー!」
「凄いなおい!」
流石、リンの前には敵じゃなかったか。
ウサギみたいにぴよぴよ跳ねるリボンを撫でると、リンは嬉しそうに目を細めた。
あああ、これだよこれ!やっぱり俺の癒しはこれだよ。ああ、かわいいなあ。
「あれ、レンはずっとレンカちゃんとお話してたの?」
「え?…あ、うん。まあ」
「…」
ぷう、とリンの頬が膨れる。
何だ?とその顔を覗き込む。それとほぼ同時に、上着が引っ張られる感覚。リンが握っているんだって事は見なくてもわかった。
「…なんかレン、レンカちゃんと仲いいよね…」
「ええっ!?」
どこでどう仲良く見えたんだ!?
あわてて否定しようとして、そこでリンの不満そうな可愛い顔に気付く。
リントもレンカも、俺の胃に穴を開けるためにいるようなもの。正直一緒に暮らすなんてお断りだ。
でもこんなふうにリンが妬いてくれるなら、ちょっと、いいかも。
楽しい鏡音×4生活
耐えらレンの続き的な感じになります。
前のバージョンで、ちょっとだけ続きます。実はレンもあんまり常識人じゃないという。全体として「リン」←「レン」傾向です。ちなみにレンは、リントをさんざん嘆いてますが、意外と好感を持っています。
本当は昨日あげるつもりだったのですが
ですが
…昨日届いたVOCAROCK collection 2のリンちゃん曲のチョイスが余りに良すぎたんで、転げ回っていました。
え、あれ曲選んだの誰ですか?私の中で、商業CDはじめてリン廃検定三級合格が出ました。センスよすぎ。
だって、全18曲の中にTHE DYING MESSAGE・グレア・迷子ライフ・わすれんぼう って…良く分かりすぎてます。まさか選曲だけでテンション上がる日が来るとは思わなかった…!皆、凄い、凄いですハイ…負けた…orz
あと、ハッピーマリッジイエロー、10月に既に投稿されてたんですね!(sm12344988)気付かなかった。動画いやされます(´ヮ`*)
ていうか再生数おかしい…せめて10倍はあるべきだろう!?
あと、嘘つきベティ(sm12465247)が投稿されたのが嬉しいです。Polyphonic Branchさんは調教というよりメロディですね。メロディかなり好きです。カラオケ入らないかな…
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ブクマつながり
もっと見る『で、出来ない・・・出来ないよ!』
そう。
大丈夫、その気持ちはよく分かるわ。あなたが選んだことならそれはそれでいい。とやかく言うつもりはないの。
でもね、レン。だったら私も選ばせてもらうわ。
<Side:メイド>
「全く、使えない奴ばかりね」
「申し訳ございません」
カイトさんは深くうなだれる。
...誰もが皆(私的悪食娘コンチータ)3
翔破
俺は何を知ってるっていうんだろう。
ねえ、どうして?
どうしてこんなに怖いんだ。
<Side:召使>
「レン、掃除が甘い」
「どこ?」
「二階の倉庫。桟が酷いことになってた。やっといたけどね」
「ありがと」
「サボり」
「悪かったって」...誰もが皆(私的悪食娘コンチータ)2
翔破
食べるということは、昔は私にとってとても嬉しい事だった。
そばには大切な家族がいて、皆で笑いながら美味しいご飯を食べる。それは幸せの具現。
でも側に誰もいなければ美味しいご飯も美味しくない。
<Side:コンチータ>
がらんとした広間の中で、私は目の前に崩れ落ちたその塊を見詰めた。
金髪の少女。手に...誰もが皆(私的悪食娘コンチータ)4
翔破
「…」
「…」
物凄く気まずい空気に耐えられなくて、俺はちらっと隣を見た。間髪入れずに剣呑な目で睨まれて、慌ててまた視線をさ迷わせる。
どうしよう。
どうしよう。
どうしたら良いか分からない。
「…おい」
「はいいぃっ!?」
地の底から響いてくるような声に、体が勝手に飛び上がる。何て言うか、なまじ聞...これは堪えらレン
翔破
何度もお礼を言い、電話を切って、冷蔵庫へと向かう。
そういえば…買い物しないで帰ってきたのだった。
不安だったら種を植えたのと同じアイスの方がいいと言っていたが。
カフェモカアイスあっただろうか。
見落とさないように冷蔵庫を漁る。
…残り一つ。ギリギリだな。
というか足りない気がするが。
とりあえず...KAITOの種16 中編(亜種注意)
霜降り五葉
太陽が一番元気な時間。
マスターが帰ってくるまで、まだまだ余裕がある。
洗濯物はちゃんと干してあるし、さっき掃除機もかけた。
ベッドメイキングもした。
マスターの部屋の窓はもう少し開けておくとして…後は……えーと………。
……無い?終わった?
あ……いやでも買い物はマスターに頼まれてないし。
…やっ...KAITOの種 番外編2(亜種注意)
霜降り五葉
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