『で、出来ない・・・出来ないよ!』

そう。
大丈夫、その気持ちはよく分かるわ。あなたが選んだことならそれはそれでいい。とやかく言うつもりはないの。


でもね、レン。だったら私も選ばせてもらうわ。



<Side:メイド>



「全く、使えない奴ばかりね」
「申し訳ございません」

カイトさんは深くうなだれる。

「でも、ミクちゃんやルカちゃんを・・・食材として扱うなんて、できません」



やっぱり。
私は目線だけで嘲笑した。
見立て通り、彼はお人よし。
いいじゃない、社会の中では美徳だわ。彼に嘘なんて言ってない。馬鹿は褒め言葉よ、人間であることを忘れていないんだから。私は嫌いじゃないわ、街中ですれ違う相手としては。
でも私が使う形容詞は「馬鹿」以外にありえない。

問題はここが「社会」の範疇にはないことなの。ここではコンチータ様が法。だから身の守り方は他とは違うの。
それを理解していない馬鹿は、本来ここに居るべきではないのよ。もっと普通の場所で、平穏に生きていれば幸せになれるのだから。



ちらり、と目線だけを動かしてレンを見る。
少し顔が白いのは、多分血が引いているせい。

ああまた処理することに怯えている。仲良くなったからでしょ。情が移ったんだよね。

別にいいのよ、レン。あの時みたいに嫌って言えば。できないって言えば、私が全部やってあげる。そうよ、それこそあの時みたいにね。



私は微かに指先を動かして、服の下にある固い感触を確かめた。




あの時。そう、私が初めてコレを使った時。その時から私の中でいろんなものが変わっていった。
あの時、本当はレンも同じことをするはずだったけど、彼はそれを拒んだ。
怖い、と。
だから私は一人でやったわ。今でも覚えてるわ、手から伝わる感触とか、残っているあたたかさ、錆臭いあの臭い。
吐いたわよ。余りにも気持ち悪くて。それ以上に、自己嫌悪で。
「よく出来るね」?当然でしょう。そんなことを口にするから馬鹿だって言いたくなるのよ、レン。相手のことを考えて、同情心なんて持ってしまったら死ぬのは自分なんだから。あなたはそれをわかっていないの。

ここで生き延びるには人間性なんて無駄なものでしかないのよ。


ちらり、とコンチータ様がこちらをご覧になる。
その視線の意図を正確に汲み取り、私はカイトさんの背に声をかけた。

「カイトさん。事務的な内容はわたくし達との話し合いになります。こちらへ」
「失礼しました」

レンが開いた別室への扉へ、案内する。
いい子ね。それでいいの。それしかないの。
だからほら、あなたも自分の持つコレを確かめて。準備して。先導する私たちの後ろで、ほら、カイトさんがドアを閉めるわ。
この一瞬を逃してはいけないの。







ごめんなさいねえカイトさん。
でもあなたはコンチータ様の期待を裏切った。

裏切り者には死を。その法則を知らなかったのね。

知らなかった、なんて免罪符にはならない。
無知は、罪よ。











赤く染まった青い姿を眺めながら、私は次の手順を考えた。
一欠けらも余さずに取っておかなければ勿体ない。液は掬って、肉は切って。カイトさん程の腕はないけど、頑張らないと。
そこで、レンが真っ赤な鉈を持ちながらかたかた震えているのに気付く。

ああだから無理しなくて良いのよ。私が全部やってあげる。あなたより場数を踏んでいる分、私の方が作業は上手いし。
どんな大柄な人でも、どんな小柄な人でも、ちゃんと捌ける自信はあるわ。
ぬめりで切れ味が悪くなったナイフに舌打ちして、青い彼の服のまだ赤くない部分で拭う。
ねえ、ぼけっと突っ立っているのはやめて。役に立たないだけじゃなく、邪魔だわ。

「レン、厨房で器具の用意をして。ここは私がやるから」

反射的とも言える速度でレンは首を動かす。
こく、と頷いたのか、あるいは恐怖に体が動いてしまったのか。どちらでもいいわ、ちゃんと動いてくれれば。

とにかくレンは踵を返して部屋を出た。


ぴちゃぴちゃ、と粘つくような音が耳に気持ち悪い。
心の奥では私が悲鳴を上げるのに体は慣れた手順にためらうことはない。嘆かわしいことだ。







―――少ないな。
ふと心の底で、何かが冷静に分析結果を報告した。
最近のコンチータ様が召し上がられる量からするとカイトさんの量は少し少ない。

もしかして。

冷徹な部分が危惧を抱く。

―――とばっちりが、くるかも。








その時浮かんだのは、昔なら絶対に実行しないような考えだった。

でも、今の私は。







ばらばらになった食材を鍋に適当に積み、厨房に持っていく。
こちらに顔を向けたレンに、言う。
さっきの解体の時から拭っていないからきっと血まみれ。でもいいの、気にしないでね。





「ねえレン。給仕はお願い」






とばっちりを喰らうのは確実に、近くにいる方だものね。

いいでしょ?保身を考えたって。
私は生きるために頑張ってきたの。許して、許して、ねえレン許して。私は生き延びるために全部全部捨てて来たの。
まだいろいろもっているあなたが羨ましい。でもそれを捨てたくないと歎いたあなたの替わりに私は沢山のものを捨てて来たの。
感情。人間味。余分な記憶までもをね。
守ってあげて来たのだから、最期くらいはあなたが護ってくれたっていいじゃない。


だから、ねえ。














「貴女は彼をどう思っていたの?」
「わたくしが、レンを、でございますか」

空になった皿の前でコンチータ様は満足そうにしていらっしゃる。
だからかかけられた問いに、私は少し考えてから答えた。

「どうとも思っておりませんでした」

昔であれば大切な存在だと言えたはず。
でも今は―――なんでもない。
そこにいるだけ。私にとって便利だったり邪魔だったりする、どちらにも傾かない存在。血の繋がりすらも無い、通りすがりと大差ない赤の他人。
でも敢えて言うなら、羨ましくて憎らしい気心の知れた存在。

少なくとも、骨だけになっても今の私にが心を掻き乱されたりしないレベルまで位置が落ち込んでいるのは確かなわけで。


ふふ、とコンチータ様は笑う。

「召使の刺身、とてもうまく出来ていたわ。ねえあなた、名前は何だったかしら」
「リンと申します」

唇の真っ赤な色は、口紅か、血か。


「ではリン。急だけど、解雇よ。何処へなりともお行きなさい」





「畏まりました」


使用人が一人もいなくなれば、この館は機能しない。きっと新しい誰かを見つけて来るんだろう。

―――ちょっと困ったな。
褪めた気持ちで思う。





私はここで生きるためにいろいろなものを捨てて来た。
それがなければ外の世界では生きて行きにくいだろう、幾つものオプションを。







でもどこにどういう形で捨てて来たか、もう覚えていないのだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

誰もが皆(私的悪食娘コンチータ)3

アドレ(ギャグ)と並列して書いてたらやけっぱち気味になってしまった・・・

閲覧数:1,916

投稿日:2009/11/15 17:57:05

文字数:2,887文字

カテゴリ:小説

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  • 翔破

    翔破

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    あと一つ続きます!パソ子の調子が良くなればいいんですが・・・

    2009/11/16 19:11:39

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