10.ミク/ミクオ/未来
抱き合った私たちの体を、強烈な浄化の炎が焼く。
しっかりと互いを掴んでいたはずなのに、光が私とミクオを確実に掴んで引きはがす。
昨今の修復プログラムは優秀だった。
彼の感触がだんだんと儚くなり、光の向こうに粒となって消えていく。
「……来たね」
ミクオが、私の頭上でつぶやいた。
「……嫌だ、」
私は、必死で彼の体をかき抱いた。彼の存在を、どうにかしてここにとどめておけるように。
「いやだ……嫌だ、いかないで! ミクオ! ミクオ、ミクオ、ミクオ―――――!!」
ミクオは、光の炎に包まれながら微笑んだ。
「こんな時なのにどうして笑っていられるの! いやだ、悲しいよ、痛いよ辛いよ苦しいよ! あたしが……あたしが代わりに死ぬよ!!」
マスター!!
私は叫ぶ。いつも、苦しみや悲しみ、痛みはすべてマスターの感情だった。それを今、私は私の物として受け止めている。
「やだ、もっと一緒に居てよ! ミクオ、行かないで! 二人で歌って! マスター、お願い! 二人で居させて!!」
どんなに強く願っても、ディスプレイの向こうには、私自身の気持ちは届かない。
それは機械の感情であり、人の感情の歌ではない。
もう輪郭すら薄れてきているミクオは、じっとこちらを覗いているマスターをもう一度睨み上げて、そして私に手を伸ばした。
そして、私の手を掴んで引きよせ、強く抱きしめた。……出会ったとき、光の中からそうしたように……!
「ありがとう」
彼は笑顔で最後にそう言った。彼は、たしかに、笑っている。笑っているのだが……
抱き合った瞬間に、彼のすべての感情が私に向かって流れこんできた。
それは、悲しみだった。そして、悔しさだった。
「――――――ミクと、もっと歌いたい」
……彼は無理した笑顔を私に向けた。
すべてすべて、私のために。
もっと、歌いたい。
その強烈な思いを遺して、彼は光の果てへと消えた。
* *
いつか消えると、覚悟はしていた。しかしいざ消されるとなると、その覚悟はたやすく吹き飛んだ。物わかりのよい態度を取った事を後悔するほどの強烈な悲しみが僕を襲った。
必死で笑顔を作らないと、表情すら保てなかった。心の中では泣きわめいて叫んで、彼女の主人に命乞いまでしていた。
「ミクともっと歌いたい」
温かく明るい、ミクとの空間を失うと思うと、ひたすらに悔しかった。
「でも、僕は、幸せだったんじゃないかな」
人を呪うために生まれた僕が、最後に、呪う相手のことではなく、好きになったミクのことを考えている。
心変わりができるとは、自分でも驚きだ。
「人『ごっこ』だったけど、ミクと抱き合えて良かったよ。
孤独じゃないってどういうことか、知ることが出来た。だから、君に言葉を残すなら……」
『ありがとう』、だと僕は思った。
歌う機械のミクならば、音声にした言葉はきっと強く意味を持つ。
そして、本当は言いたかったけど、君を苦しめると困るから、これは言わないでおこうと決めた言葉がある。
『幸せに』
「この言葉は、僕が光の中へ持って行くよ。
幸せになることは難しい。だから、『幸せになれないこと』で君が苦しまないように」
……ミクは、たしかに、幸せでないかもしれない。機械として生まれ、感情を持ち、これからはきっとひとりぼっちでマスターのために歌うのだろう。
「でも、僕の下手な鼻歌を楽しいと言って、嬉しそうに詩をつけてくれた……あれは、君にとっても幸せだったと、思ってもいいよね?」
偽りの存在だった僕だけど、その時感じた感情だけは、たしかに在ったと思っても、いいよね?
……虫として生まれ、呪術師の手で自我を得て、時を渡った僕だけれども、もしも運命というものがあるのなら、きっと僕は、君のために生まれた『虫』だ。
もしも僕の存在が君の救いになるのなら、君のために生まれた僕を忘れないで。
最後の最後まで、僕は光の中に目を凝らす。出会ったときと同じまばゆい光の中に、僕に向かって必死に手を伸ばすミクの姿が霞んでいった。
* *
私は、今日も悲しい歌を歌っていた。
大事な人が死んだとか、死にたいとか、暗いとか苦しいとか。
マスターは相変わらず不幸なようで、毎日私を泣かせて歌わせる。
けれども、『浄化』されてから、歌いたくないと思った気持ちは、私の中からスッキリと消えていた。
「悲しい苦しい痛い辛い」
その詩に込められた感情は、すべて私のものだった。むしろ、私は歌いたいと熱烈に欲している。ミクオを消され、温かな相棒と空間を失った悲しみを、歌に込めて放ちたい。
その気持ちに、マスターの作る歌は、実に自然に寄り添ってくれた。
私がこうして歌うようになってから、少しずつだがカウンターも回り始めた。ディスプレイの向こうで聴き入る人に、この声が届くように、私は喉と心を開き、歌う。
一緒に歌いたいと願ったミクオの悔しさと悲しみは、今も私の回路に刻み込まれている。そういう意味では、ミクオは今も、私とともに歌っている。
いつか『ボーカロイド』も飽きられ、忘れられる日が来るだろう。
でも、その現代の巫女、人の感情の代弁者がその役目を終えても、この世は原子でできている。
陽子、中性子、そして電子だ。
感情のパターンが乗った連なりが崩れ、私たちの意味は消えても、その存在が消えることは無い。
「ね、ミクオ」
今日もたったひとり、私はこの空間で歌う。
ひとりしかいなかった、ひとりしかいるはずがなかったこの空間で、偶然にも抱きしめあえた彼が居たことを、私はずっと忘れないだろう。
それは今日も悲しみを歌う私の声の、奥底にしまいこまれた小さな幸せだった。
……いつか私も消える日が来たら、この希望を抱いてミクオに会いに行こう。
「どこの粒子に溶けたとしても、私がミクオを覚えているよ。だって、
『君は私にとって唯ひとつのヒカリ……』」
一瞬、懐かしいミクオの声が重なった気がした。
見上げたディスプレイの向こうに、今日も涙がひとつ落ちてきた。
終わり
【短編】『ヒカリ』で二次小説! 『君は僕/私にとって唯一つの光』10.ミク/ミクオ/未来
素敵元歌はこちら↓
Yの人様『ヒカリ』
http://piapro.jp/t/CHY5
これを聞くと「だれかとふたりで」歌いたくなります☆
でもな~相方が属性の違うオタだからw
思う存分妄想を走らせました。
私たちは意外と幸せな世界に生きている、はず!
では、素敵曲を発明してくださったYの人様と(短編といいつつもここまで)お付き合いくださった方々に最大の感謝を捧げつつ、
メリークリスマス!
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ご意見・ご感想
目白皐月
ご意見・ご感想
こんにちは、目白皐月です。
ちょっと前回の文章を補足させてください。
私が前回マスターについて書いたのは、マスターのキャラクターが読みきれなかったからです。辛い何かを創作活動によって昇華させていたのか、それとも、単に性格の悪いひねくれた人なのか。
読解力不足と言われてしまえばそれまでなのですが(そもそも自分で自分の読解力のレベルがよくわかりません)、なんとなく、単純にしか読めない人だと、マスターを「ただの嫌な奴」と解釈してしまいそうに思えたんですよね。
それと、いつもいつも暗い曲ばかり作っていたら、マスターの神経が擦り切れるんじゃないかなとも。暗い詩ばかり書いていたある詩人さんが、ある日突然自ら命を絶ってしまったかのように。
微妙なコメントになってしまってすみません。
2011/12/29 23:28:10
wanita
>目白皐月さま
メッセージありがとうございます。マスターに深く言及していただけて、こちらも「彼の生み手」として燃えました。今回、視点をミクに絞り、ミクとミクオ以外の人間描写を排除したのは、元歌『ヒカリ』が、「マスターと心が通じ合わない孤独」「通じ合うミクオに出会えた奇跡」というテーマを持っていたからです。マスターと通じ合えないからこそ、ミクオとの出会いが輝かしいものになったと、示したかったのが実のところです。ですので、マスターはあえて「理解できない人」にしました。
ミクはマスターと会話できる立場ではなく、よって、彼女から見たマスターは、悲しい歌を強制的に歌わせる存在でしかありません。そして、このミクは、その心をつぶされてしまって、マスターの心を思いやる余裕もない状況です。書き手も「嫌な奴!」という感情で描写を進めていました。ですので、目白さまの「ただの嫌な奴」「もやもやする」という解釈は、本当に大当たりでした。
>「ただの嫌な奴」と解釈してしまいそうに思えたんですよね。それと、いつもいつも暗い曲ばかり作っていたら、マスターの神経が擦り切れるんじゃないかなとも。のあたりの解釈が優しくて、うれしく思いました。
マスターの設定は、こういう情景でした。
……彼は、近い人を亡くして心を潰してしまい、それを心配した親友が、少しでも人とのつながりと感情のはけ口を持って欲しいと「ミク」を贈りました。毎日カウンターが回り続けたのは、親友が見守っていたからであり、それが一日途切れたのは大した理由でもない不慮の事故。しかしその後、ミクの歌に感情が入り、カウンターが回り始め、彼もいずれ何かに気付く……
というのが(本当の!)状況です。しかし、私は文章にこの情景を一切託しませんでした。今回のような視点を絞った物語については、読解という、「あの人、もしかして……」と、様々な状況に読み手が自由に思いを巡らせる、そのプロセス自体を楽しんでほしいと思ったからです。という訳で、物足りなく感じたのならば、すべては書き手の不足によるものです。私の話に出会った方が、読解力など気にせず読解を楽しみ、空気を楽しめる物語を生むべく精進していきたいと思います。
2012/01/09 15:19:23
sunny_m
ご意見・ご感想
こんにちはsunny_mです
切ないですね。ううう、幸せになってほしかった…と願ってしまう…
ミクオ属性は無かったのですが、ミクオさん、ちょっとかなりときめきましたw
生まれながらにして人を呪うだけの存在というのは、切ないですね。
手を握るとか、抱きしめるとか、背中あわせ、とか。かなりツボですw
ミクは歌いたいという気持ちを持つ事が出来て良かったのか悪かったのか…とちょっと考えさせられました。
でも歌わされる、ではなく、自ら歌う、という方がやっぱり幸せ、なのかな。
二人で歌う喜び、というのを一瞬だけでも知る事が出来たのが掬いなのかなとも思いました。
原曲様も聴かせていただきました~☆
原曲様も切ないですね。
これはでも物書きとして滾るものがある…!w
ではでは~
2011/12/25 16:21:19
wanita
>sunny_mさま
今回もメッセージありがとうございます!
そう、物書きとして、あのアップテンポのリズムと疾走感のあるメロディ、そしてあの動画はなかなかに滾るものがありますね☆
この歌で、私も初めてミクオにときめきました。背中合わせの呼吸音とか、もう、描写していていとしくてたまりません!!
私の中では、この話も、かなりのハッピーエンド属性として位置付けられています。
ミクとミクオは、彼らに与えられた、自分たちの努力では変えようもない運命の中で、最大限に幸せになったと思います。ミクオはミクに出会ったという幸せをみつけ、ミクにはミクオに出会ったという幸せが遺された。一生の中でひとつでも、幸せと思える出来事があったならば、その人の人生は成功だったと思います。だから……ミクとミクオには、君たちは本当に幸せなんだよと言ってあげたい☆ほとんどのボカロはこんな運のいいバグに出会えません^^二人で歌う喜びを、一瞬も知らないで消えていくボカロも多い中、バグを知ったことで不幸も最大になったけれども、その中で得た幸せは一生ものでしょう。
ただ一つ不幸なのは、ミクのマスターですね。せっかく発生したミクオ消しちゃって、もったいない、という点で☆ ミクオを残しておけば、いずれ救いの歌をふたりで感情豊かに歌ったかもしれないのにね……なんて。
きっとミクは、いずれ立ち直ります。心のあるものがすべてそうしていくように。しかし、その時にこの物語の続きが……「初音ミクの消失」が彼女を襲う☆なんて!!ちょっと物書きとして燃えますね。ボカロの不幸は蜜の味♪
素敵原曲をsunny_mさまに布教することができて、大成功です☆
2011/12/28 02:15:32
目白皐月
ご意見・ご感想
初めまして、目白皐月といいます。
お話、読ませていただきました。
この曲は聞いたことがなかったので、公開ページに飛んで聞いてみたのですが、すてきな曲ですね。あまり知名度が無いようなのが残念なくらいです。
創作の感想ですが、スタートがいきなり平安時代(名称からなんとなくそうだと思ったのですが)なので、ものすごく驚きました。
結局、この、呪者の人の望みは叶わなかったんでしょうか。いや、別に叶ってほしいわけではないのですが、失敗したと知ったら(どうやってかはさておき)また同じことやりそうで……。
歌の歌詞がそうなので仕方がないのですが、淋しい終わり方ですね。
最後、ミクの気持ちはマスターに届いたのでしょうか。
欲を言えば、マスターのキャラをもっと掘り下げたら良かったのにな、とも思ってしまいました。
それでは。
2011/12/25 00:54:31
wanita
>目白皐月様
初めまして。メッセージありがとうございます。
この話をきっかけに『ヒカリ』に出会って聴いて頂けたと思うと、原曲様への片道ラブレターを書いた身として、とてもうれしいです。
内容へのコメントもありがとうございます。
いきなり平安時代でスタートさせるのは確かに不安がありました。すべて通してみてみると、この1節目だけとても浮くのですよね。2のミクからスタートしたほうが『ヒカリ』になじんだ人にとっては自然ですが、やはりミクオとミクを、違う背景を持つ別人格として出会わせてあげたいと思い、この設定を選択しました。
ミクオの主人への言及に、なるほどと思いました。改めて考えてみると、彼は、おそらく弱い人なのでしょう。兵部卿本人を呪わず、わざわざ千年後の子孫を標的にしたのは、自分で実際に効果を確かめる度胸が無いせいかと。遠い未来で呪が効いたかどうか確かめる術もないので、案外行動を起こしたことですっきりしてしまい、ちまちまと平和な人生を送ったかもしれません。もしくは、同じ呪いをほかの人にもかけて、日々のストレスを解消していることでしょう☆
そして、マスターですが、ミクの気持ちはマスターには届かない、というつもりで書きました。偶然にもミクには「回路」が発生してしまいましたが、そのことを知る術が、マスターにはありません。マスターがミクから何らかの感情を受け取るとしたら「悲しい歌をたくさん作ってきた自身」に、マスターが気づいた時だと思います。
私は、人が何かを作り出す時は、嬉しい時より悲しい時、順調な時より辛い時だと感じています。マスターが悲しい歌に創作意欲を燃やしているのは、彼自身の涙の代わりです。そのあたりの掘り下げは、マスターを「命令」を通じてしか知ることのできないミクとミクオの視点の物語では、なかなか難しかったです。三人称を使い、マスターを取り巻く人間関係も書き込む手もありましたね……。では、これからも素敵曲を発見したら物語を生産すると思いますので、よろしければまた遊びにきてください。
2011/12/28 01:55:47