「幼なじみって、いいよね」
 ふと聞こえてきた言葉は、聞き間違えだと感じさせるには十分で、むしろそうであって欲しかった。そう、これは聞き間違いなのだ。
 「リンちゃん、心底理解できないって顔してるね」
 「友達にそんな顔されたの人生で初めてだわ」
 しかし現実は非常なり。この顔は無意識に出たものであるから、それほどのことなのだと心中察してほしい。私はため息をこぼした。目の前にいる二人の友達──初音ミクと活音メグミ──はそんな私を見て苦笑したり呆れたりと酷い反応を見せる。これじゃあ私が見当違いなことを言ってるみたいじゃない。
 「リンにとっては嫌なのかもしれないけど、レン君、優しいし顔も良いじゃない」
 「中三のとき、一緒に学級委員やったけど、いろいろ助けてくれたよ」
 「あいつは私以外の奴だと性格が変わるの! そんな言葉信じられない!」
 こうやって周りの人達に印象操作していく作戦なのかもしれない。いくら友達の言葉といえども騙されるわけにはいかないのだ。
 「あ。リンちゃん、レン君来てるよ」
 ミクちゃんの言葉に教室のドアの方を見やると、噂をすればなんとやら、レンがそこに立っていた。丁度いい、嘘をついてもいずれほころびが出ることを教えてやろう。
 「リン、ごめん、教科書貸してくれない?」
 「レン、印象操作してもいずれバレるよ。本性はふとしたときに出てきちゃうもんだし」
 「……は? え、何の話?」
 どうやら読みは外れたらしい。レンは嘘をつくのが下手だし、この反応は本当に知らないときのそれだ。
 「ごめん、こっちの話。……何の教科書?」
 「……数学」
 追及しても教えてくれないと思ってるのだろう、腑に落ちない顔をしている。もちろん教える気はさらさらないので、数学の教科書を机の中から出してきて渡す。
 「ありがと」
 「お礼は?」
 「こういうのはあれだろ、ギブアンドテイク?ってやつ」
 「冗談だよ。てか、それ、貸す側の私の言葉じゃない??」
 「うるせぇ、ケチだなお前」
 「うるさいのはそっち! 早く自分の教室戻れ」
 「はいはーい」
 そんなやり取りをして、ミクちゃんとグミ──メグミのあだ名はグミだ──の所に戻り、私は「やっぱり信じられない」と口を開いた。
 「あいつはいつもうるさくて、優しくなんかないよ」
 「……それも幼なじみの特権ってやつじゃないかな」
 ミクちゃんは私を見て微笑む──優しい笑みだ。
 「何でも言い合える仲って、素敵だと思う」
 「そうだよ、そもそも幼なじみ自体もいない人はいるんだから」
 「うー……確かにそうなのかもしれないけど……」
 ──なんか、言いくるめられたような……
 上手く言葉に表せない思いがぐるぐると渦巻くまま、お昼休み終了を告げるチャイムの音を合図に、私たちは自分の席に戻った。



 今日は12月にしては暖かく、快晴で、いかにもお出かけ日和といった日。冬は寒くて苦手な私でも、こんな日なら外に出てみようという気になれる。ちょうど本や文房具が欲しかったところだし、ショッピングモールにでも行こうかな。
 「……あ」
 鏡を見てヘアピンをつけながら、ふと思い出したミクちゃんの言葉。
 ──「リンちゃん、そのヘアピンずっと使ってるね。新しいのに変えたりしないの?」
 そのときはこのままでいいと思っていたけれど、色が白だから汚れが目立ってきている。
 「……買い換えようかな」
 今日は買うものがいっぱいだ。支度を終え、わくわくする気持ちを押さえながら、私は家を出た。


 「なんでレンがここにいるの?」
 「いや、リンこそなんでいるの?」
 家から約十分程度の距離にあるバス停。その列の最後尾にいるのはレンだった。
 「私は買い物に行くの。レンも?」
 「うん。いろいろ買いたいモノあるから」
 「ふーん。じゃあ一緒だ」
 そんなやり取りをしている途中にバスが来たので、私たちはそれに乗り込む。レンが二人席に腰かけたので、私も隣に座った。
 「俺は本とか文房具とか見るつもりだけど、リンは?」
 「私もそんな感じ。あーあ、せっかく一人で羽を伸ばせると思ったのに」
 「それは俺のセリフ。こんなとこまで腐れ縁持ち込まないでくれる?」
 「その言葉、そっくりそのままレンに返すわ」
 そういえば、レンと遊んだことは結構あるけど、どこかに出掛けに行くのは初めてかもしれない。まあ、死ぬまでに一回そんな体験をしてやってもいいだろう。すぐにつっかかってくるその性格も今日は大目に見てあげる。
 「レンのおすすめの本、聞いてやってもいいよ」
 「お前、いっつも俺のオススメより自分の好きなやつのほうがいいって言うじゃん。……今度こそそんなこと言わせねぇから」
 「どうだか。まあ、楽しみにしてるわ」
 (──「レン君、優しいし顔も良いじゃない」)
 優しくて顔が良いかはさておき、一緒にいて退屈しない相手ではある。この関係が『幼なじみ』というものの上で成り立っているなら、確かにそれは特権なのかもしれない。
 そんなことをつらつら考えていたら眠ってしまったみたいで、終点でレンに起こされた。レンにお礼を言って、バスから降りる。目の前はもうショッピングモールだ。


 雑貨店で文房具を、本屋で前から欲しかった小説を買った。レンとこの作家が良いだとかこの本が面白いだとかで盛り上がり、今度数冊借りることを約束して、次の店へ向かう。
 「ヘアピン買いたいから、アクセサリー屋に行くけど……レンも入る?」
 「うん」
 あっさり承諾されて少し驚く。まあ男一人だと入りにくいような所だ、せっかくの機会なので入ってみようとか大方そこらへんだろう。
 店に入り、ヘアピンが並んであるコーナーへ。想像していたより種類が多い。今使っているものが白だからまた白にするか、それとも色を変えるか。うーん、何がいいのやら。優柔不断な性格はこういう時に厄介だ。
 「これ」
 「ん?」
 差し出された手に握っているものは、黄色のヘアピン。受け取ってじっと見てみる。
 「似合うと思ったから」
 シンプルなピンだ。でも、根元の方に青の小さい星がついていて、きらきらしている。──とてもかわいいし、何より、私好みだ。
 「……レンのセンスって信用していいの?」
 「失礼な奴だなお前……あー、やっぱり俺店の前にいるわ。女の人ばっかりで、居心地悪い」
 レンがくるりと背中を向け、出入口へと歩いていく。本当は気に入ったの、このピンかわいいね──かけるべき言葉はたくさんあるのに、口から零れ落ちたのはあんな言葉。いつものノリと言えばそれまでだけど、でもそれでいいの?
 「……」
 受け取った黄色のヘアピンをきゅっと握り、私はレジに向かった。


 「お待たせ」
 「おー。……で、結局何にしたの?」
 「えっと……」
 さっきあんなことを言った手前、レンに薦められたものを買ったとは言いづらい。いや、本当は、買ったことを告げて謝るべきことなんだけれど。
 「……後で、そう、後で言う!」
 「え、別にいつ言おうが変わらんねぇだろ……まあいいけど」
 俺イヤホン買いたいから電気屋付き合ってくんね?という誘いに承諾し、電気屋へ向かう。レンの様子に変わりはなさそうだから、さっきの言葉はあんまり気にしていないのかもしれない。それもそうだ、だってレンは自分の薦めたものが私の好みではなかったという認識なのだから。
 嘘をつくのは、心苦しい。後で、ちゃんと本当のことを言わなくちゃ。


 電気屋の音楽機器売り場では、たくさんのイヤホンやヘッドホンが並べられていた。値段も安いものから高いものまで様々。レン曰く、予算は千円から三千円ぐらいらしい。性能とかメーカーとかにはあまり明るくない私だが、きっとこういう物は高いものほど音質が良いのだろう。いつか少し高級なものを買ってみるのもいいかもしれない──そんな気持ちで見て廻ってみる。
 「あ」
 それは直感だった。──これは、レンに似合う。
 私はそのイヤホンを持って近くにいたレンに声をかけた。
 「……何、それ」
 「レンに似合うと思って」
 レンの視線の先は──淡いオレンジのイヤホン。
 「俺には派手じゃない?」
 「ううん。似合うよ」
 レンは渋々といった表情でそれを受けとる。私もそこでハッとした。
 ──いつもレンに薦められたものを否定してるのは私だ。
 「……ごめん、予算とか好みもあるし、好きなの選んでいいよ。私、ゲームソフトの方見てるから、買い終わったら連絡して」
 わかった、という返事を聞いて私は足早にその場を後にした。


 終わった、店の前にいる、という連絡を貰い、私も店の前へと向かう。
 「こっちこっち」
 そう呼ぶレンの手には何も持っていない。少し大きめのメッセンジャーバッグを背負っていたから、それに入っているのだろうか。
 「お待たせ。何買ったの?」
 「……お前もさっき教えてくれなかったから、俺も教えない。“後で”教えてやるよ」
 「うっ……わかった、“後で”、ね」
 後で、の部分を強調されると、黙るしかない。レンは結局どんなイヤホンを買ったのだろう。シンプルに黒色のものか、レンの好きな黄色のものか。多分私が選んだものは買ってないだろう。
 「そういえば、もう二時じゃん。お昼食ってないけどどうする?」
 「フードコートってあそこでしょ?まだ混んでそうだよ」
 「うわ、本当だ。あ、じゃあ、家向かう途中にあるバス停で降りて、ファミレスとか」
 「そっちのほうが良さそう。あそこ、いつもあんまり混んでないし」
 「それはそれで大丈夫なのかって話だけど」
 「本当にね」
 お互いに小さく笑い合う。
 いろいろあったけれど、一人で買い物に来るより楽しい日になったことは確かだ。私は初めて腐れ縁に少し感謝した。


 帰りのバスでは窓際の席に座ることができた。小さい頃から窓際の席が好きで、今も変わらず好きなので、少し嬉しい。レンが隣に座る。
 「……今がちょうどいいんじゃない?」
 「……ああ、何買ったのか見せ合うのがってことか」
 たまたま乗っている人が少ないけれど、ここはバスの中。ひそひそと話し合う。
 「うん。じゃ、リンからどうぞ」
 「えっ、待って! ……せーの、で同時の方が平等でいいよ。うん、そうしよう」
 「いや、一人で勝手に完結させんな。……まあいいけど」
 危ない。仮に私が最初に見せて、私はレンの薦めたものを買ってレンは私が薦めたものを買ってない、だなんて、レンに気を使わせてしまうような。……ちょっとメンタルにもくるし。
 「準備できた?」
 「できた。じゃあいくよ……せーのっ」
 私の視界に入っているものは、根本に小さい青い星が付いている黄色のヘアピンと、──淡いオレンジ色のイヤホン。
 「……え」
 「……は」
 胸に広がるこの気持ちは、安堵か、喜びか、驚きか。いろんな感情が混じりあって、まだこの世に名前のついていない新しい感情を生み出している感じがする。
 「……ごめんね。本当は、このヘアピン、かわいいなって思ったんだけど。……あんなこと言っちゃった」
 ついつい感情に流され謝るのを忘れていた。私にとっては結構重大なことだったが、レンにとってはどうでもいいことなのか、「はあ」という返事が返ってきた。
 「何かそこまで素直なの、気持ち悪いな」
 酷い言われようだ。
 「……俺は、リンの似合うって言葉、信じて買った」
 「レンに言っておいてなんだけど、私のセンス信用できないよ」
 「そうかもな。……ちゃんとデザイン的にも気に入ったから選んだ」
 「あっさり肯定したね。まあそれならいいんだけど」
 これから私はこのヘアピンをつけて学校へ行き、レンも朝のホームルームが始まるまでそのイヤホンで曲を聞くのだろう。う、ちょっと恥ずかしい気がする。……ああ、そうだ。
 「レン、約束してほしいことがあるの──」



 「リンちゃん、おはよう」
 「おはよー、リン」
 「グミ、ミクちゃん、おはよ」
 月曜の朝。挨拶をしにきた二人は私のヘアピンが新しいものだとすぐに気が付き、わあっと声をあげた。
 「このヘアピン、めっちゃかわいいじゃん!」
 「リンちゃんによく似合ってるね。どこで買ったの?」
 「ありがと。……ふふ、ないしょ」
 ぱちり、二人が瞬きをする。
 「ないしょ?」
 「うん、ないしょ」
 二人は顔を見合せて──次の瞬間、グミが私の肩を掴んで揺らしてきた。
 「もったいぶんないで教えなさい!!」
 「グミ、ちょ、やめて!」
 「まあまあ、グミちゃん、落ち着いて」

 (──「私のセンスも、レンのセンスも、信用できないんだから──」)

 幼なじみと初めて交わした約束事は、何ともくだらないものだ。でも、きっと私達にはそれぐらいがちょうどいい。
 なお問い詰めようとしたグミの口から言葉が飛び出す直前、チャイムが鳴る。いつもは退屈な時間のお知らせでしかないけど、今日は救われた気分だ。納得のいかない顔のグミと、そんなグミの背中を押して席に戻るミクちゃんを見ながら、ふと、レンもこんな風に質問されているのかなと考える。
 ──もし約束を破っていたら、そのときは何か奢ってもらおう。ああ、本を買ってもらうのもいいかもしれない。
 今日は体育があって、レンと会う機会がある。その時にちゃんと守ってるか聞いてみよう。
 窓の外を見て、私は小さく笑った。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

ヘアピンと約束と幼なじみ

幼なじみで同級生のレンとリンの、とある休日のお話
レン視点→http://piapro.jp/t/8OZj


鏡音10周年おめでとう!!


※GUMIに名字をつけてます。

この小説は私がいつも書くスタイルとは少し違って会話文が多めなので、結構苦労しました。誤字脱字等ありましたら申し訳ありません。
いずれレン視点もあげるつもりですが、いつになるかは未定です。リン視点は勢いで書き上げました……


この作品はピアプロ・キャラクター・ライセンスに基づいてクリプトン・フューチャー・メディア株式会社のキャラクター「鏡音リン・レン」「初音ミク」を描いたものです。
PCLについて→https://piapro.jp/license/pcl/summary


0119 追記
レン視点投稿しました!

閲覧数:243

投稿日:2017/12/27 16:58:19

文字数:5,565文字

カテゴリ:小説

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