少女の右手を見た男の動揺が民衆に伝わるのに、さほど時間はかからなかった。
動揺の感情は不安を呼ぶ。
「王女と召使の区別もつかないなんて、貴方達は私の何を見てきたの?」
不意に、少女がそういった―――涼しげな声で、傲慢な口調で、召使の服を着た王女はそう言った。
「それは言い過ぎだよ、リン。父様も母様も見分けられなかったんだから、僕らのことをろくに見てないこの人達にわかるわけないじゃん」
王女の服を着た召使は―――恐らくこちらのほうが地なのだろう―――少し低いが王女のそれによく似た声で、さらりと王女よりも酷いことを言う。
「だって、レン・・・処刑するべき罪人を間違えたんだよ? これくらい、当然じゃない」
「リン。その前に、このまま魂が飛んでいきそうなこの人達に説明しなきゃ」
言葉はどうかと思うものの、事実そう言われるのも頷かれよう。あまりの出来事に、皆一様に口を開けて呆けていた。この中の数人の魂が本当に口から飛んでいったところで納得のいくくらいである。
「私が本物のリンリィ・フィオナ・カシュー・ミラーシャサウン=ド=クロイツェミミンよ。王女のふりしてるこっちは、弟のレオンティリウヌ・フィリウエ・カシュ・ミラーシャサウン=ド=クロイツェミミン」
別種のざわめきが、場を支配する。
レオンティリウヌ・フィリウエ・カシュ・ミラーシャサウン=ド=クロイツェミミン。それは、わずか6歳という若さでこの世を去った、クロイツェル王国の王子だった。リンリィ・フィオナ・カシュー・ミラーシャサウン=ド=クロイツェミミンとは血を分けた双子の姉弟なのだから、事実ならば見分けられないのも頷ける。なにせ、鏡のようによく似ているのだ。二人が頻繁に入れ代わっては悪戯をしていたのは、周知とまではいかないものの有名な話だ。

「レオンティリウヌ・フィリウエ・カシュ・ミラーシャサウン=ド=クロイツェミミンは死んでいなかった。病で死にかけたのは事実だけど、死亡したと伝えられた時は快方に向かっていたわ。それだと暗殺されやすいから、あえて死亡したということにしたのよ」
例え殺されても、病が再発したと言えば済む話だもの―――王女リンは、達観したような表情で言った。それは、王宮という異次元の世界に潜む闇を現すようだった。
「死んだ王子にそっくりな少年が現れたら、誰もが怪しむでしょう? 彼は死んでないかもしれないって。そしたら、僕はまた利用される。リンとはバラバラになっちゃう・・・そんなの嫌だ」
レンは一度言葉を切り、気持ちを落ち着けようと深呼吸をした。左半分の《大罪印》が刻まれた手を出すと、リンもまた右半分の《大罪印》が刻まれた手を出す。温もりを確かめあうように手を繋ぎ、そっと寄り添う。二人はぴったりと声を揃えた。

「「王族は、幸せになっちゃいけないの?」」

壊れた堤防から水が溢れるように、歯止めを無くした二人は交互に言う。
「僕らの願いは一つ」
「ただ、家族4人で過ごしたかっただけ」
「貴方達には家族がいて」
「友達がいて」
「恋人だっているかもしれないというのに」
「僕らにはそれがない」
「〈ノブレス・オブリージュ〉なのだと言えば、私達はそうせざるを得ない」
「それが王族だから」
ノブレス・オブリージュとは、〈高い身分に伴う義務〉という意味の古い言葉である。
貴族や王族といった高い身分の者達は、それに相応しい言動や振る舞い、奉仕活動といった物を義務とするという戒めだ。
「でも、私達も人間だもの」
「家族で一緒にいたい」
「友達が欲しい」
「・・・ちょっと欲を言えば、恋人も」
「私達はクロイツェル王国の奴隷じゃない」
「ちゃんとした人間だ」
「豪奢な檻に、金の鎖?」
「獄中の食事はフルコース?」
「でも、そこに《私達》はいない」
「本当に必要なのは」
畳み掛けるように紡がれた言葉を一度切り、声を揃える。
「「《クロイツェル王国王位継承者》」」
二人は唄を歌うように、あるいは、呪いを吐くように、言葉を紡ぎ続ける。
「結局のところ、歯車があればいい」
「この国を続けるための」
「狂ったこの国を続ける意味がわからなかったから、終わらせてほしいと願った」
「全てを終わらせて、王族としての二人を死なせて」
「もう一度、やり直して」
「どこにでもいる、ただの・・・ただの、双子の姉弟になりたかった」
「その願いが罪だと言うのなら、」
「我ら二人、魂を分け合う者」
「「《大獄》行きという罰、甘んじて受け入れましょう」」
広場は、吐息一つ漏れぬ静寂に包まれていた。

誰も、何も言えなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ポーシュリカの罪人・2 ~双子の罪人~

遅くなってすいません。
相変わらず悪ノです。
最後までこのままですね、きっと。
『ポーシュリカの罪人・1 ~半分だけの印~』をブックマークしてくださったnattu991さん、フォローしてくださったzexis_09さん、shon_terumoさん、ありがとうございます!
メッセージなんかをくれると、とても嬉しいです。
次はできるだけ早くうpします・・・

閲覧数:331

投稿日:2010/11/21 15:17:01

文字数:1,899文字

カテゴリ:小説

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