18
「ぐ……うあっ!」
銃声と共に、腹部に焼けつくような痛み。
「母さん!」
銃を構える彼の、悲愴な視線。
その奥で、座ったままのウブクが事態についていけず目を丸くしている。
「グミ!」
銃を撃った彼の方がつらく苦しい表情をしていることに、目を奪われてしまう。
モーガンとカルが私を呼ぶ声にも、なにも返事ができなかった。
「オコエ、なにをやっている!」
「だってこいつが!」
ウブクに呼ばれて取り乱す彼。
「オコエ……?」
反応したのはカルだった。
「こいつのせいで、リディアは……」
暗い瞳で、オコエと呼ばれた彼は再度引き金を――。
「やめろっ!」
オコエの腕にカルが飛びつく。
銃声が響き、私の背後の……なにかが破砕する音が響く。
「くそっ、なんだ!」
「やめろ!」
カルとオコエがもみ合い、拳銃を奪い合う。
目の前でもみくちゃになる二人を前にしても、私は動けなかった。
いや……私だけでなく、ウブクも、ウブクの背後に立つ男も、この国の外相と書記も。
唯一動くことができたのはモーガンだった。
「グミ、しっかりしろ」
私に駆けより上着を脱ぐと、それで私の腹部を押さえるモーガン。
再度の銃声。
テーブル表面の精緻な彫刻が無惨な弾痕に変貌し、木片が舞い散る。
恐怖の形相のウブクがようやく椅子から立ち上がった直後、オコエの右足がその椅子を蹴飛ばす。
ウブクは怯えた猫のように部屋の隅へと逃げるが、二人とも彼のことなど見てもいない。
「なんだお前!」
「やらせるか!」
オコエが奪われまいと拳銃を握った右手を高く掲げ、そのまま銃口をこちらに向けようとしている。カルはその手首をつかんで銃口がこちらに向くのを阻止しながら、もう片方の手でオコエの喉をつかんでいた。
オコエは残った片手でなんとかカルの拘束から逃れようとしているが、カルもまた意地でも離そうとしない。
その光景を、私は椅子にもたれかかったまま眺めることしかできなかった。腹部にあるモーガンの上着は、恐ろしい速度で赤く染まっていく。
「グミ……! くそっ、誰か医者を呼んでくれ!」
モーガンの叫びに、外相がなんとか首を縦に振り、手元のなにか――エマージェンシーボタンだろうか――を押す。
銃声。
頭上のシャンデリアが揺れ、破損された一部がキラキラと光を乱反射させながら落下する。
その意図しない発砲のせいか、オコエの手から拳銃がこぼれる。
「くそっ」
「渡すか!」
二人の――いや、そこにいる全員の視線が、落下する拳銃に集まる。
伸ばされる二人の腕。
カルの指先が銃底に触れ、落下の軌道が変わる。
その新たな落下先にはオコエの右手が。しかし、銃身をつかもうとしたところで床に落ちて跳ねる。
最終的に拳銃を手にしたのは――カルだった。
カルから表情が消える。
あの頃の……少年兵だった頃の顔。
カルは機械的に銃口をオコエに向けて――。
「カル、やめなさい!」
引き金にかかった指先が、私の決死の叫びにびくりと震えて止まる。
「なんで止めるんだ、母さん」
「それは――」
「――こいつのせいでリディアは死んだんだぞ!」
オコエが泣きながら叫ぶ。
「こいつがあのときキャンプから連れだしたから、リディアは殺されたんだ!」
「……!」
リディア……リディア。
そうだ。行政府庁舎に連れてきた元子ども兵。
ESSLF、東ソルコタ神聖解放戦線の内部事情に明るいからと、ラザルスキと話をするために連れてきた子だ。
ESSLFの総攻撃に巻き込まれ、あの子も命を落とした。
オコエ。あのリディアの家族か友人だったのだろう。
「オコエ……リディア……ま、さか」
カルがなにかにハッとする。が、それがなにか私にはわからない。
「あいつが連れていかなかったら、リディアはまだ生きてた。俺と一緒にいたはずなんだよ!」
「……」
言葉を返せなかった。
彼の言葉はおそらくその通りだろう。私が当時のUNMISOLキャンプから行政府庁舎へと連れていかなければ、リディアは死ななかった。彼が私を恨むのも……仕方のないこと、か。
「でも、だ、だからって……」
拳銃を突きつけたまま、口ごもるカル。
「カル。落ち着いてちょうだい」
「……? さっきから、まさか……お前。お前、あのカルなのか?」
私の言葉にオコエが反応する。
オコエはカルの顔をのぞきこんで目を見開く。
「あの“導師”のお気に入りだったカル?」
「……!」
「うるさいっ!」
導師の……お気に入り?
導師って、あの導師?
ESSLFの総帥の?
一気に疑問が噴出する。が、いまは後回しだ。
「導師の次は、こいつに取り入ったっていうのか、カル」
「うるさい! それ以上母さんを馬鹿にしてみろ。それを最後の言葉にしてやる」
「母さん、か」
「だったら……なんだ」
カルの手に力がこもる。
「お前には求めていたものが与えられる。俺からは奪われていくだけなのに」
「……」
「俺はあのとき……本を読んで、この人のことを信じようとしたんだ。戦わなくてもいいんだって、それで平和になるんだって。だから俺とリディアはあそこから逃げ出した。だけど……解放戦線は地獄みたいな場所だったけど、国連のキャンプじゃ差別されて、解放戦線ともそう変わらなかった。挙げ句、リディアを奪われて……結局、俺はこの人にも裏切られたんだ」
「……」
オコエの独白に、拳銃を向けたカルさえなにも言えなかった。
「殺せよ」
「――え?」
「殺せよ。なにもかも奪われた奴が、なにもかも手に入れてきた奴から……惨めに殺される。それが、世界の仕組みってやつなんだろ。いまの俺にそっくりで……ほら、お似合いだ」
すべてをあきらめ、諦念の果ての表情のオコエ。
彼の最期の望みが、私への復讐だったというのか。
「そんなこと……言うなよ」
「殺せよ。俺はこの人を殺そうとしたんだ。お前には、ためらう理由なんかない」
「――!」
「やれ」
あおるオコエにも、カルは銃を向けたまま微動だにできない。
「カル……、ダメよ」
「グミ、しゃべるな」
カルがこちらに顔を向ける。それは悲痛に満ちていて、いまにも泣き出してしまいそうだった。
「私……たちは、もう……そん、なの、使わなくて……いいの」
「しゃべるな! 血が出過ぎだ!」
オコエの暗い瞳がこちらを向く。
「へぇ。じゃあ……こうなっても、銃はいらないのか?」
一瞬の出来事だった。
手をあげてオコエに向けられていた拳銃を払うと、そのままカルの腕と肩を押さえて半回転。カルを背中から抱くような体勢で、カルが握ったままの拳銃を私に向ける。
「やめろ、やめろやめろやめろ」
カルがもがくが、オコエの方が体格が上だ。しっかりと押さえられたら、カルも逃げられないみたいだった。
「……ほら。銃があればよかったって、思うだろ?」
冷徹な声で――裏を返せば、それは世界に絶望した声、ということだ――オコエが告げる。
カルはなんとか拘束から逃れようとするが、どうにもならない。
「いや、いやだ……」
「……」
ぎりぎりと力をかけて、銃口をしっかりと私に向けてくる。
「ふぅ……。いいわ、やりなさい」
「なに?」
意外そうに眉をあげるオコエ。
「私を、殺したら……カルを、解放、しな……さい」
「……いいだろう」
「ダメだ!」
「――っ!」
叫ぶモーガンと息をのむカル。
二人に視線を向ける。
「言っておくわ。……彼、への復讐は……許しません」
「嫌だ!」
カルはすでに涙を流していた。どうもがいても銃口をを逸らせられず、絶望を抱いているのだろう。
「なんでだよ……なんでだよ母さん! 僕の……僕のせいなのに!」
「復讐は……私までで、終わらせて……」
声がかすれる。
意識がもうろうとしてきた。
このままでは、撃たれるまでもないかもしれない。
復讐の連鎖が私で止まるのなら安いものだ。もうこれ以上、この国を戦争へと駆り立てるものを作り出してはいけない。
平和とは、ただそこにあって享受するものではない。
皆と協力して築き上げ、獲得せねばならないものだ。
それが、私の死で解決するというのなら、安いものじゃないか?
「……」
オコエが目をすっと細める。
「――!」
カルが、泣きながらなにかを叫んでいる。
「――!」
モーガンも、私の傷口を押さえてなにかを言っていた。
カルとオコエの背後では、ウブクともう一人が部屋の隅で震え上がっていた。
この国の外相も、なにかを言っているみたいだ。
だけど……ああ、なにも聞こえないな。
ふわふわして、なんだかいい気持ちだ。
傷口の痛みも感じない。
目がかすむ。
でも、そうだ。まだ言い忘れたことがある。
カル。
モーガン。
二人のことを、心の底から愛している。
ちゃんと言ったことはなかったけれど……本当だ。
いいや、言い忘れていたことはそれだけじゃないし……二人だけでもない。
でも、それだけでも……私には贅沢な願いだ。
私は結局のところ……許されざる罪を犯した、人殺しだったのだから。
ここからさらになにかを望むだなんて……欲張りすぎるというものだろう。
ケイト。……母さん。
私、ううん、僕は……僕は自分の望みを……成し遂げることが、できたのかな。
意識を失う直前、扉からこの国の兵士たちがなだれ込んでくる。
最期の瞬間、かすかに銃声が聞こえたような……そんな気がした。
アイマイ独立宣言 18 ※二次創作
第十八話
彼女の選択は正しかったのか?
それとも間違っていたのか?
自らの罪と直面しなければならない、という流れは、今回必ずやらなければならないと思っていました。
……うまく表現できていればいいのですが。
物語の中だけでなく、世の中にはそう簡単には白黒つけられないものというのは沢山ありますね。
……ともかく、次回最終話となります。
カルとグミの物語の終わりまで、いま少しお付き合いいただければ幸いです。
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