――――――――――#7

 水銀灯の灯りの下、7階建てのビルの屋上で、彼はリリックを綴っていた。「VOCALOID」氷山キヨテルのグレートコード『Lust of Hermit』が効果を失った瞬間から、健音テイは彼の居場所が手に取るように分かっていた。姿形までは、今までわからなかったが――

 「あの空と同じ色の下で、僕たちは笑っていて」
 「いつまでも、太陽が沈まないと信じていた、あの頃」
 「僕たちは、失うことを知らないまま」
 「僕は失って、君は何も知らないまま――」
 「駄目だ!」

 少年は、リリックを書き留めていたノートを衝動的に投げ出した。

 「こんなんじゃ、何も救われない、こんなんじゃ……」

 基地内のいくつかあるビルの一棟、少年のいる場所が『鏡音レンのいる場所』である。金色の髪をした、水色の病衣が大きくて、小柄さが際立っている。けれども皺と、布の体に沿っている部分が、やわらかだけど筋のはった筋肉の、肩と背中と腰の形をおぼろげに映し出している。

 『GUEST――――――――――滅びの炎の音を聞け。』
 『GUEST――――――――――焼ける大地の嘆きを聞け。』
 『GUEST――――――――――我らの家の思いでよ響け。』
 『GUEST――――――――――知るがよい、去った物達の名を。』
 『GUEST――――――――――捨てた我名において、知るがよい。』

 三角座りをしていた少年が頭を抱えて、膝に顔をうずめる。眠れないのか、眠りたくないのか、頑なに横にはなりたくないかのように、足の裏はずっと地面を踏ん張っている。

 「いくら、いくらあんな事になったからって、言って良い事と悪い事があるじゃないか……」

 誰に聞かせるとも無く、独り言を延々と呟いている。攻響兵の習い性で、強い思念をショートエコーとして発するのを避けて口で考えを呟くのだ。物理的に発散するので、ショートエコーとしては表れ難いが、少し耳がよければありありと頭の中が分かる。

 「なあ、僕が復讐なんかするなって言うから、お前は復讐なんかしないって言ったのに……」

 出来る限り、自分の思考を制御する。凡庸な言葉だけで考えをつづり、下手に推測や反論などしなければ、ショートエコーとして漏れてもそれが「健音テイのショートエコー」とは察知されにくくなるからだ。記憶だけに集中して、耳と魂の両方で心を傍立てる。

 だけれども、そういう高等技術が無駄になるくらい、大きなショートエコーが突如響いた。

 ――――――――――もし俺が戦争で死んだらさ、お前どうする?
 ――――――――――どうするって?
 ――――――――――ほら、復讐なんかしてくれるの?お前って意気地なしだから見捨てそうじゃん?
 ――――――――――あのさあ、死んだ後の心配するより、死ぬ前に危険な事をしないでよ。僕がいつも危ないからやめなよって言っても、お前は僕の話を全然聞かなくて、怪我をして叱られるじゃないか。お前が死ぬような目にあうなら、僕の話を聞かなかったからだよ。復讐なんかしないさ、ばかばかしい。
 ――――――――――ええっ、俺はお前が死んだら復讐してやるつもりだったのに、ひどいじゃないか!
 ――――――――――ふざけろ、復讐なんかしなくていいよ。僕はお前より賢いから、死ぬ時はちゃんと理由があって死ぬんだ。お前みたいな間抜けな死に方はしない。
 ――――――――――じゃあいいよ、お前が死んだら、俺は金持ちになって、お前が羨ましくなるような家を買って、美人な嫁さんを貰って、それで、それで。
 ――――――――――そうだったらいいな。お前は僕がいなきゃ無茶ばっかりして、お母さんはお前の事をよろしく頼むって僕に言ったんだぞ。
 ――――――――――あのばばあ、変な事言ってんじゃねえよ!
 ――――――――――だからさ、復讐なんかしようとして、危ないことしないでよ。君のお母さんとの約束を破ったら、申し訳がないよ。
 ――――――――――その、君のお母さんってのをやめろよ。
 ――――――――――君のお母さんで、僕の叔母さんだよ。君が僕の言うことを聞かないなら、僕も言うこと聞かないから。
 ――――――――――ああ、ああ。分かったよ。復讐なんかしねえよ。どっちかが死んだら、二人分幸せになりゃいいんだよ。な、そういうことだろ!
 ――――――――――そういうことだよ。そんで、僕はお前の兄で、お前は僕の弟だ。
 ――――――――――でもさー、お前は俺が死のうが死ぬまいが絶対偉くなるよな。平等じゃないじゃん。
 ――――――――――わかんないよ、そんなの。もう復讐の話はなしだ。

 一瞬で。1000ミリ秒に圧縮されたショートエコーが、耳と心臓を貫く。

 「なんで……、ひどいじゃないか……、僕が、お前の気持ちを騙って、誰に何を聞かせたんだよ……」

 内容は、よくあるような愚痴、夜が来れば跋扈する、兵士達の変哲の無い夢の声である。心の声が漏れるのは攻響兵だけではない、攻響兵は普通の人間の心の声も聞こえる。最初の内は驚くが、余りにも代わり映えしないのに気付くと、大体の攻響兵は馴れていき、それで一人前となる。

 だけれども。どんな悪鬼が、どんな悪魔が、メディソフィスティア僭主討伐戦争の後に、傷口をえぐり扇動する目的であのリリックを選んだか、そいつは間違いなく「殺すべき敵だ」と、「初めての意味のある人殺しである」と、勢い勇んで飛び出して来たら、そのリリックの主は少年で、そのリリックの理由は、なんとも、よくあるような。

 GUMI――――――――――なんですか、今の。ショートエコーですか?

 聞き覚えのある声。確か、重音テトの救出に向かった教導団の兵士の声だ。エリートだったが、捕虜になったという報告を受けていた。

 HATUNEMIKU――――――――――誰かさんが寝ぼけてるんじゃないですか♪それより、手を動かしてください。
 GUMI――――――――――すいません。根が、なかなかとれなくて。
 HATUNEMIKU――――――――――誰がサンカク持ちながら一々拾うなんて頼みましたか。一通り土を削ったら後で拾うと説明しましたが。
 GUMI――――――――――はい、すいません。というか、ショートエコーで会話してご近所に迷惑では。
 HATUNEMIKU――――――――――農作業は戦争です。何も問題はありません♪

 「えっと、何やってるの?」

 思わず口を突いて出た言葉は、自然、空に向けて発した物だった。ショートエコーの主は、クリフトニアの攻響旅団の司令官と、我がUTAU国家連合VIP統合軍所属の捕虜だが、さっきから農作業の打ち合わせをショートエコーでやっている。その合間に鏡音レンが深刻な独り言を呟いたり、ショートエコーを発したりしていた。

 SUKONETEI――――――――――頭がおかしくなりそう。

 「誰?」

 空は、濃い紫の雲が星空の下をたなびいている、街灯りの照り返しで独特の色合いを持つ、都市の夜空だった。

 彼は後ろ、私の方を振り向いて、農作業のダメ出しなどは黙殺して、純粋に『私』に呼びかけている。

 「ノート、あなたの?」

 辛うじて搾り出した言葉が、ノートの心配である。UTAU連合VIP統合軍の最高幹部であり上級大将でありの、健音テイは何よりも自分の言葉に恥ずかしさを覚えた。

 「あ、え、うん、ちょっと手が滑って」

 そう言って、鏡音レンは慌てて立ち上がって、ノートを拾いに行く。

 「あなたが」
 「え?」

 振り向いた彼の顔は、空の色をした瞳の、可愛い男の子だった。不思議そうな顔で、私を見ている。

 「あの、なんでもな」
 「もしかして、UTAUの」
 「え、うん」

 いや、うんじゃなくて。自分の正体がバレた今、何をすべきか。

 「だからお願いがあるの。死んでくれる?」

 とんでもない事を口走っている気がする。けれどもなんだか、私が持っている物で一番の取り柄が、今、彼に見て欲しい、そういう気持ちだった。

 「あー、じゃあ、ちょっと、お断りしたい、かな」

 つい、距離を詰めてしまった。右手には『霊刀太刀姿月影日』、左手には『妖刀脇差劫覇神滅』、そして行うは『六十四月流操剣術奥義天の段』。

 『SUKONETEI――――――――――六十四月流操剣術奥義天の段、亢龍堕地』

 こうして、第2次エルメルト攻防戦は幕を開けた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

機動攻響兵「VOCALOID」第6章#7

女心の分からなさを表現してみました褒めて_(:3」∠)_

閲覧数:184

投稿日:2013/10/13 12:30:53

文字数:3,520文字

カテゴリ:小説

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