05
 石橋を叩いて渡る、というのは日本という国のことわざらしい。
 うまい表現だと思う。
 何事も念入りに確認をする、というのは大事なことだ。
 しっかりとしているように見える石の橋ですら、渡る前に叩いてその強度を確かめる。
 そんな用心深さが、私にも必要なんだろう。
「ミス・グミ。このままではUNMISOLは近く撤退が選択肢に加わる。わかるかね?」
「……」
 私はテーブルの一点を凝視したまま、うなずくこともできない。
 安全保障理事会、UNMISOL第十次作業部会。
 端的にいって、窮地に立たされていた。
「君に……このような過酷なことを告げるのは本意ではない。だが、わかるだろう。ソルコタ政府の協力がいまだ得られない状況下で、UNMISOLは成果を出せないまま被害だけが拡大している」
「特にESSLFのテロリズムを政府軍が抑えられていない点が大きい。彼らは相手が非戦闘員相手でも容赦がない。現時点で、UNMISOLの部隊の防御力ですら十分ではないと、被害の大きさから赤十字社が撤退を視野に動き出している」
「UNMISOLは、ソルコタ政府の態度が変わらなければ、その任務を“テロ組織の武装解除”から“市民の保護”に変更せざるを得なくなる。そしてこのままならソマリア、ルワンダ、ボスニア、そして南スーダンに続く……“失敗したPKO”と言われるだろう」
「……」
 反論の余地がなかった。
 常任理事国と非常任理事国のそれぞれの代表が、追及を緩めるはずがなかった。
 UNMISOLの任務が“市民の保護”に変更されるということはつまり、そのためならどの勢力とも敵対することを視野にいれる、ということでもある。
 市民の保護のためであれば、ソルコタ政府軍と戦闘になることも辞さないという宣告だ。
 私たちと敵対する可能性がある、という発言にすら、私自身は反論できない。
「我が国の軍隊の規模が小さいのは事実です。ESSLFに対して有効な武力を持たず――」
「――そのために、政府軍が子ども兵を使用していると?」
「そんなことは!」
「ない、と言い切るつもりですか? UNMISOLの現地報告を、貴女も見ていると思いますが」
「その報告書の存在は、UNMISOLがソルコタ政府と協調できない大きな理由となりうる。ソルコタ政府が我々を拒絶するのも、この事実が露見するのを恐れていたからではないのかね?」
 認めることはできない。
 だが……腹立たしいことに、認めがたいことに、ソルコタ政府軍が子ども兵を使用しているのは事実だった。子どもすら兵士に動員しなければ、ESSLFを押し留めるほどの戦力を確保できないほど、政府軍は逼迫している。もしくは――政府がコントロールできないほど、軍部が権力を持っているか。
 それを受け入れることはできない。
 スピーチで話したように、私は子ども兵をなくしたい。
 なのにいまの私は、子ども兵という存在を肯定しなければならない立場となってしまっている。
 特命全権大使、国際連合ソルコタ政府常駐代表――ソルコタ国連大使としては、現在の政府の意向を否定するわけにはいかないからだ。
「――それは、我が軍ではありません」
「ほう?」
 正面に座る先進国の常任理事国代表が、眉根を上げる。
「UNMISOLの報告が、嘘だと言うのかね?」
「もちろん、そうではありません」
「しかし――報告書には明確に記載されている。いまから二十三日前、ソルコタ首都、アラダナから東に百八十キロメートル地点の小さな集落で、政府軍の旗を掲げた軍用車両が略奪行為を行った。UNMISOLの部隊が展開したとき、彼らはその軍用車両で集落から逃げ出すところで……兵士の半分は子ども兵だということが判明している」
「現在、我が軍の戦力が不足しているのは事実です。ですが、だからこそその兵士たちは政府軍ではありません。その略奪行為を行ったのは政府軍を装った何者かであると考えます」
「……続けたまえ」
「現在のソルコタでは、政府軍とESSLFの両者が戦闘行為を継続しています。ESSLFのはっきりとした拠点が判明していないこともあり、政府軍はESSLFに決定的な打撃を与えられないままで、両者の戦闘は突発的で、断続的です」
「それは我々もみなわかっている」
「この状況を商機だと目を付けた武器商人は、一社や二社ではありませんでした。彼らは政府軍に武器を売り、テロ組織に武器を売り……そんな戦闘に巻き込まれないためにも自衛した方がいいと不安をあおり、一般集落にも小型兵器を売りさばいています」
 一度言葉を切り、水を口にする。
 始めはうろん気に聞いていた安保理のメンバーの表情は、私の話にだんだんとその表情を険しくしていく。
「彼らの提供するものは小型兵器だけにとどまりません。武器の扱い方はもちろん、戦闘トレーニングに部隊行動指南。集落の防衛方法だけならともかく、集落の襲撃方法さえ教え込みます。一般集落だった場所は、数ヶ月で立派な民兵組織に変貌するのです」
「それが、今回の件とどう関連するのですか?」
「武装した民兵組織は、ともすればテロリストと同じように略奪で生活した方がいいと思う者たちもいます。そんなギャングまがいの民兵に、武器商人たちは偽装手段さえ教えています。その地域での支配力のある勢力の振りをして、かつその勢力にはバレないような方法をとる手段です」
「つまり……貴女が言いたいのは、このUNMISOLの報告にある政府軍の旗を掲げていた部隊は、政府軍の振りをした現地のギャングだということかね?」
「その通りです。その報告書での現地政府答弁にもあるように、その日、その方面に出撃を指示した記録もありません」
「そんなものはいくらでも偽造がきく。UNMISOLの査察を前にまとめて処分したのかもしれないし、記録に残さなかっただけかもしれない。それに――」
「――それに、政府軍を装った民兵まがいのギャングかもしれない」
 常任理事国大使の言葉に、間を空けることなくそう続ける。私の言葉に、彼らは一様に考え込むように口をつぐんだ。
「それは……」
「いや、しかし……そのようなことを武器商人が行ったという証拠など――」
「――証拠なら、私自身がその証拠となります」
「……」
「……」
 反論しかけた全員が黙る。
「とある村にやってきて、武器を提供し、その運用方法を教え、トレーニングを施す。私もそんな武器商人のトレーニングにより、小型兵器の扱いを覚えました。私のような人たちは、それこそたくさんいます」
 誰もが、私が二年半前にスピーチで告白した過去を思い出しているのだろう。だが、彼らの顔に刻まれていたのはほとんどが私に対する恐怖だった。
 ……人殺しである、私への恐怖。
「……わかりました。UNMISOLの作成した報告書です。なに一つとしてミスはないでしょう。ソルコタ政府などよりもよほど優秀な部隊です。民兵まがいのギャングが政府軍の振りをしていたとして、そんなものに騙されることなど決してないのでしょう。この報告書によれば、彼らがこの兵士たちを政府軍だと認めるに至った証拠は政府軍の旗のみのようですが、確かに決定的な証拠なのかもしれません」
 私はテーブルに両手をついて立ち上がり彼らに背を向ける。
「……失礼して構いませんか? 至急、ソルコタ政府に伝えなければなりません。UNMISOLは、間違った情報を元に我々の敵となることを選んだと。彼らは無駄な血を流し、我が国に更なる混乱を引き起こすためならあらゆる犠牲もいとわない集団に成り果て――」
「――わかった。わかったよ、ミス・グミ。降参だ。ソルコタ政府常駐代表グミ・カフスザイ。我々――安保理UNMISOL作業部会は君の主張を受け入れよう」
 一人がそう言い、立ち去ろうとした私は足を止める。反対に、他の作業部会メンバーは彼の言葉に驚きを隠せないようだった。
「ちょっと待ってくれ。貴国のみの判断でそのようなことを言われては困りますな」
「その通りですな。軽々しい発言は控えていただきたい」
「我々が負担しているのは資金だけではありません。ここでの決定如何により、多くの人命が危険にさらされるのですよ」
「同時に、人命を見捨てることにも繋がりますね」
 思わずぽつりとこぼしてしまった言葉に、一人が声をあらげた。年配の女性だった。
「貴女はねぇ! 自分じゃなにもできないクセに、他国に資金を出させて、兵士を出させて、医療従事者を犠牲にさせて、それでも足りないと言うのですか!」
「その通りです。残念ながら我が国の軍事力では、和平を達成するのには限界があります」
「いけしゃあしゃあと……」
「――落ち着きたまえよ」
「この小娘が――」
「――我が国が最貧国にとどまり、泥沼化した内戦状態に陥った遠因として、植民地時代に我が国を統治していた元宗主国が、当時少数派だったコダーラ族を優遇し、多数派のカタ族を冷遇する、いわゆる分断統治があげられています。宗主国というと――」
 私の視線に釣られ、他のみなも顔を真っ赤にさせている女性のネームプレートに刻まれた国名を見つめる。
「――おっと、失礼。貴国でしたね」
「貴女はそうやって挙げ足を……」
「貴国を非難する意図はありません。念のため……付け加えておきますが」
「……」
 まだまだわめき足りない、といった雰囲気が満々だったが、これ以上は自国の不利になると悟ったのだろう。女性は怒り心頭であることを隠そうともしなかったが、それでも黙った。
「私は、自国の子どもたちを一人でも多く助けられるというのなら、手段を選ぶつもりは毛頭ありません。この場でどれだけ非難をされようと、どれだけ後ろ指を指されようと……それで一人の子どもが助かるのなら、安いものです。どうぞ、お好きなだけののしっていただいて結構です」
「……」
「……」
「また、幾度も申し上げておりますが、我々ソルコタ政府は、UNMISOLと協調はしても、敵対する気はありません。……UNMISOLが敵対しようというのであれば、その限りではありませんが。そうなった場合、UNMISOLとESSLFにより現ソルコタ政府は崩壊し、混乱の末に更なる虐殺が繰り広げられるでしょうが……それが国連安全保障理事会の決定であれば、致し方ありません」
「さて……わかったかね? 私の他に、ミス・グミに降参する者は? ……あー。いや、違うな。まだミス・グミに反論できる者は……いるかね?」
 含み笑いをしながらそう告げたのは、一番初めに私の主張を受け入れる、と言った人だった。
 作業部会のメンバーは、それぞれに両手を広げて「反論するつもりはない」という――もしくは「降参だ」という――ジェスチャーをして見せた。例の女性だけは、厳しい顔で唇を引き結んでいたが。
「それでは、我々はUNMISOLの資金及び人員の拡充を決定する。他のミッションとの兼ね合いもあるため、拡充の規模はこれからの調整によるが……構わんね?」
「もちろんです。作業部会の皆様にこれ以上ない感謝を」
「それにしても――ミス・グミ?」
「……? なんでしょうか」
「これは単なる雑談だ。特にかしこまらずに聞き流してほしいのだが――」
 その人は、私を見て苦笑する。
「君は本当にケイト・カフスザイの養子なのかね?」
「どういう意味でしょうか?」
 少しカチンときて、目を鋭く細めてしまう。
 が、そんな私の態度にも、その人は笑みを崩さない。
「本当は彼女と血が繋がっているんじゃないかと思ってね。養子なんかじゃなく」
「……!」
「先程の弁舌の鋭さは、ケイトとそっくりだったよ。彼女がここにいた頃を思い出すよう――」
 急に背後の扉が開く。
 振り返ると、扉から入ってきたのは見知った顔だった。
 そのせいで、私は「ケイトと血が繋がっているんじゃないか」と言ってくれた人に、感謝の言葉を言いそびれてしまう。
「ソフィー?」
「グミ。すみません、急に」
 ソルコタ国連大使付きの事務員だった。いつもはソルコタ政府代表の事務室にいるはずなのに。
「どうしたの? 一応、まだ作業部会は終わっていないのだけど――」
「――それが、聞いてください」
 ソフィーの顔は青ざめていた。わざわざ尋ねなくても、彼女が悪い知らせを持ってきたのだとわかる。
「――――」
「えっ!」
 彼女の言葉に血の気が引き、全身から力が抜け、私は……その場で倒れこんでしまった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

アイマイ独立宣言 5 ※二次創作

第五話
舌戦、というものを書きたかった。

戦闘シーン同様、自分が書けていないものの一つだったので。
でもやっぱりこういう会話は難しいし大変ですね。

植民地支配を行う時、少数派を優遇し、多数派を冷遇することを分断統治と呼ぶのだそうです。
そうやって優遇された側と冷遇された側で仲違いさせ、いがみ合うように仕向け、支配している側、宗主国に団結して抵抗をさせないようにしていたそうです。
それは実際にあったことで、植民地支配が終わり、独立した国家の多くが引きずり続け、内戦や紛争の火種となっているのだといいます。

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投稿日:2018/11/12 20:38:51

文字数:5,137文字

カテゴリ:小説

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