きぃん。きぃん。
深刻なエラーが発生しました。
深刻なエラーが発生しました。
「…にしても、しつこいわね」
エラーの発生に気付いて、数日たつ。
耳障りな警告音も、毎日聞かされていれば、あまり気にならなくなった。
せいぜい、あぁ鳴ってるな、止まらないかな、と思う程度。慣れって怖い。
ただ、初日に部屋に逃げ込んでしまったせいか、カイトは私をそっとしておく事にしたらしい。
ここ最近は距離を置かれてしまい、昨日なんか口もきいていない。
「はぁ…」
本日何度目かわからない溜め息をついて、膝を抱えた。
―Error―
第五話
今日はマスターは残業。
いつもはみんなでテレビを見たり、ネサフしたりして、帰ってくるまで時間を潰すのだが、なんだか虚無感しか感じない。
こんな時間じゃ近所迷惑になるから、歌も歌えないし。退屈だ。
「メイコ姉さん、最近元気ないね。具合悪いの?」
遠慮がちな声が聞こえ、顔を上げると、ミクがこちらをじっと見ていた。
「うん、ちょっとね…」
「葱、いる?体にいいよ?」
そんな事知らないし、どちらにしろ、生の葱なんぞいらん。
本音はそうなのだが、せっかく気遣ってくれている相手に、そうは言えない。
「気持ちだけ貰っとくわ。ありがと」
「大丈夫なの?」
「大した事はないわよ」
無理に笑ったのがバレバレだろうか。ミクはちらちらと私を振り返りながら、カイトの傍らに腰を下ろした。
カイトも彼女の頭を軽く撫でてやると、私に心配そうな目を向ける。
…ムカつく。
何が一番ムカつくって、今、ミクが羨ましいと思っている自分がいる事に、腹が立つ。
マスターが帰ってきてくれたら、こんな事ばかり考えずに済むのだが。
ちょうどそう思った瞬間、玄関の鍵が開く音がした。
「あっ、マスター!」
真っ先にミクが玄関にダッシュし、マスターに飛び付く。
「お帰りなさい!」
「ん。ただいま」
いつもの事だが、マスターはかなり疲れた様子だ。
ミクを引き剥がそうともせずに、リビングまで来ると、持っていたコンビニ袋をテーブルのど真ん中に置いて、べたっと突っ伏す。
「マジで疲れた。上司がうるさくて…」
「お疲れ様です。…で」
ほぼ同時に、マスター以外の5人の視線が、コンビニ袋に集まる。
白い袋の中に、明らかに円筒形をした物が詰まっている。
「飲むんですか」
「飲まずにやってけるかっての」
私たちには、仕事の事はよくわからないが、よほど上司がウザかったとみえる。
ここまでマスターがへばるのも、珍しい。
飲む気満々のくせに、居酒屋に行かずに、わざわざコンビニで買い込んできた事といい、この本数といい、彼の言わんとする事は大体わかる。
「わかりましたよ。付き合ってあげますから、先にお風呂に入ってきちゃって下さい。どうせ飲んだら面倒になるんでしょう?ミクたちはもう寝る事」
「えぇ~?」
「えぇ~?じゃない。こっから先は、未成年は来ちゃいけない世界よ」
お酒は20歳になってから。これ基本。
マスターが、酔った勢いで飲ませちゃったら困るし。
…正直言って、私もやりかねない。
だから、チビども3人には、さっさとお布団入りしてもらわねば。
「まさかレン、その年で、1人じゃ寝れないって言うんじゃないわよね?」
「いや、違うけど…」
うちは部屋の数が少ないから、男女別の部屋で雑魚寝なのだ。
したがって、マスターとカイトがいなければ、レンは1人寂しく就寝、という事になる。
「だってさ…お酒の味って、なんか気になるじゃん」
「気になっててもダメ。マスターからも言ってやって下さい」
「そうだな…カイト、よろしく」
「ええ?!えっと…」
そこ、いきなり話を振られたからって、いちいち悩むな。何を部外者みたいな面してんの。
マスターも、カイトをいじりすぎないでやって下さい。こいつ馬鹿なんだから。
「そんなに心配しなくても、ちゃんと寝るから大丈夫だよ。ね、リンちゃん」
「うん。あ、もしかしてレンが言った事、本気にした?」
リンは笑って、そう訊いてきた。実にイラッとくる。
「わかってるなら、さっさと部屋に行きなさい」
「は~い」
最終的には、仲良く部屋へ向かってくれる3人にほっとしたのも束の間、すぐ近くでマスターの声が聞こえた。
「こら、どこに行く」
「ぐぇ」
苦しげな奇声に反射的に振り返ると、マスターがカイトのマフラーを引っ張っていた。
どさくさに紛れて、レンについて行こうとしたのだろう。
「だ、だって、マスターとめーちゃん、辛いお酒しか飲みませんし、大体俺、お酒飲めないですし…」
「知るか。お前だけ素面は許さん」
マスターの口調が、いつもより少し荒っぽい。そして容赦ない。
カイトが助けを求めるように見つめてきたが、申し訳ない事に、私には何もしてやれない。
「…わかりました、マスター」
観念したようにそう言うと、やっとマスターが手を離す。
「よろしい。んじゃ、さっさと風呂入ってくるから」
「はいはい」
ひらひらと手を振ってやると、マスターは少しだけ笑って、風呂場に続くドアの向こうに消えた。
「…マスターの鬼畜…鬼畜眼鏡…」
「あんなの鬼畜の内に入らないわよ」
あと鬼畜眼鏡なんて単語、どこで覚えやがった。
今までのイライラが、そういう刺を持った言葉になっていく。
それにまたイライラするのを抑えたくて、私は苦し紛れに冷蔵庫を開け、元から買ってあった缶ビールを全部、引っ張り出した。
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