*亜種・崩壊注意*

 歌が聞こえる。
 風呂場の方だ。
 高い声。
 新入りのか。

「…楽しそうだな。」
「なんだ?歌いたいならそうすればいい。別に歌えないほど壊れたわけでもなかろうに。」
「…やめとく。」

 マスターが望むなら歌うけど、それ以外に歌うことはない。
 鼻歌みたいにたまには気軽に歌えと言われたこともある。でも無理だ。
 べつに、嫌いなわけじゃないんだ。
 ただ、あんなふうに自由に思い出したまま歌うと昔の事まで思い出しそうで怖いんだ。歌が引き金になって、壊れかけた昔のデータを掘り起こしそうで。

 新人が一音外したのが聞こえる。
 それでも間違えたとこから楽しそうに歌いだした。
 替え歌をしたり、感じるまま、気の赴くままに音と戯れていた。
 自分もかつてはあんなころがあった気がするが、どうでもいい。

「そ。」
 ちょっと残念そうな顔して、ヘッドホンをつけなおしてPCに向かった。
 わざわざ外してこんなことでも人の目を見て話すマスターはちゃんと教育されてきたのかもしれない、なんて思った。カイトマスターはあまり人の目を見て話すことはない。

 マスターは軽く音漏れしているのに両手でヘッドホンを抑えて音楽を聴いている。こういうときは集中してただ聴いているだけでは気付かないような音まで拾ってる時だ。耳はいいらしく、音楽プレイヤーも音は最小で聞いてることが多い。

「よし。聞いてみる?」
「聴く。」
 イヤホンをパソコンから外して再生させると、メロディーが流れる。歌詞はなく聞いたことのない音楽。
「これ、作ったんですか?」

「総力10カ月の秘蔵っ子だ。」
 10か月前は2月。2月はマスターに会った月。
「2月からずっと作ってたんですか?」
「実は二人が来た日からね。音感ないから音探すの大変でさ、こんなにかかっちゃった。」
 アカペラでカバーがほとんどだったから、曲を作ってくれるなんて思わなかった。

「いい曲です。」
「ありがとう。歌詞はできてないんだよな…どうしよう。」
「歌詞がないって、作るときにイメージしたものとかないんですか?」
「二人に会ったときに何んとなく頭に流れた音だし。」
 つまり、僕たちをイメージした曲…?
「もう一度、聞いていいですか?」
「うん、いいよ。」
 いつの間にか、風呂場での独奏が合唱になる。

 再生を押す、会ったばかりのころを思い出す。
 いつ壊れてもいいと思ってたのに、人間として扱ってくれるあの人はそれを許さなくて。それが前のマスターと重なって、この人なら、と、思った。
 光が見えた、気がした。

闇に居た どうしようもなく暗いとこでどこに行けばいいかわからずに居る
ここに居てはいけない そう言われている気がした
独りで 怖かった
そんな時 小さな光が見えた
出口かと思った
でもその光は動いていて 僕等を優しく包み込んだ。

あたたかくて きれいで
ここに居ていいことを許してくれる

それだけで嬉しかった

この光に何か返せるものはないだろうか
お礼をしたいけど 僕らには持っているものがなくて
それでも何かしたくて 何もない僕等でも持っていた声で音を紡いだ

楽しい時が流れる いつの間にか独りではなくなって居た
光の為だけに紡がれた音は いつしかみんなの為に
独奏歌は 合唱曲に
 
闇が来ても 怖くなくなった
見えなくても もう独りじゃないから

 短い曲が、終わった。 
「帯人、歌…」
 マスターが驚いたような顔をしていた。
「マスター?」
「あれ?気付いて…まあいいか。アイス、食べる?」
 時計を見た。3時じゃない。休みに3時以外にこういうときは良いことがあった時。
 ほめられ慣れてないのは知ってるけど、そんなに曲の事がうれしかったのだろうか。

「じゃあ、チョコレートで。」
 マスターが一番好きなアイスはコンビニで売ってるチョコの棒アイス。いつも他の人の好みに合わせてアイスを食べているせいでめったに食べられてないから偶には好みにあわせてやろうと思った。
「ぼくもたべるー!ずるいー!」
「ああ、ばれたか。」

 マスターが持ってきたトレーには半分になったあいすと、さらにもう半分にした2つのアイス。
 マスターがトレーの半分のアイスに手を伸ばす前に、4分の1の方を2つ取った。
「偶には、マスターが一番大きいのを食べてください。」
 小さいのが来てからさらに少なくなってしまったマスターの取り分。貴方が好きなアイスの時ぐらいは自分が小さくても悪くない。

「ずるいー!ぼくもさ、おおきいのがいい!」
「順番。明日はお前と交換してやる。」
 こうでも言わないとマスターが交換してしまう。
「帯人、お腹の調子悪いの?」
「…今日は小さいのが食べたい気分。」
 心配させてしまった。体が弱いのが嫌になる。

「そっか、ならいいや。」
 嬉しそうにアイスを食べる隣で、着替えさせるのを忘れた小さいほうの青いのの服が茶色く染まった。
 …シミになる前に、食べ終わったら洗ってやろう。

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「亜種注意」手のひらサイズの彼 その⑨「KAITOの種」

http://piapro.jp/content/?id=aa6z5yee9omge6m2&piapro=f87dbd4232bb0160e0ecdc6345bbf786&guid=onにて。
帯人が出る小説を読んでいたら無性に彼視点で話を書きたくなりました。
目指していた方向と違うとか気にしない。
歌を歌ってるシーンがないような気がしたので話は歌中心。
マスターも感じるまま曲作るタイプですがKAITO達もまず感じて歌ってるようです。自分も気付かないうちに歌ってしまうという鼻歌のような普段は聞けない安らいだ歌声で歌う帯人に安心したマスターなのでした。
 ちなみにちびと合唱してたのは風呂掃除中だったアカイトです。

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投稿日:2009/12/26 18:53:08

文字数:2,093文字

カテゴリ:小説

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