―良くも悪くも、クオのお陰で事態はどんどん進行していきました。
…俺を置いてきぼり状態にして…。
(自分の猫に負けた気分って……)
ミクを見つめたまま惚けるレン。
クオはそんな自分の主人のズボンに軽く爪を立てて、彼女達のいるベンチまで行こうと促すも、尚もレンは惚けたまま…。
「やれやれ…」と言った風にレンを放ってミク達の座るベンチまでちょこちょこと歩き出クオ。
「あ、ちょ…待てよっ!クオ!!」と流石のレンも飛んでいた意識を戻してクオを呼び止めるも、時既に遅し…主人であるレンの制止の言葉にも耳も貸さず、ベンチまで辿り着くクオは躊躇なくミクの足に擦りついた。
レンは「あぁっ!」と驚きで言葉にならない声を上げると同時に、急いで自分の猫(クオ)の粗相を謝罪すべく、ミク達の方へ駆け寄ろうとするも、事態は思わぬ方向へと展開して行く。
―……レンを置いてきぼりにして。
「きゃっ!…何だろう……?…わぁっ!」
突然足に感じた柔らかな感触に最初は驚きの声を上げたミクも、地面にちょこんとお行儀よく座りながら自分達を見上げるクオに気付いた瞬間、嬉しそうな声を上げた。
「っわぁ~可愛い!ねぇリン、この猫さんって多分あなたと同い歳位かな?」
可愛いなぁ~。
自分の愛猫にも同意を求めるながら、何度も嬉しそうに声を上げてはクオの喉元を優しく撫でるミク。
にぃー。その言葉に応じる様に鳴き声を上げるリン。
だが、鈴をチリンと鳴らしながらその身を起こすと大好きな主人であるミクのもう片方の掌に、自身の小さくてフワフワな頭をこすりつける。
どうやら自分も撫でて欲しい様だ。
「全くもう、甘えんぼさんだなぁ~…」
ミクは少し苦笑を浮かべながらも嬉しそうに右手でクオを、左手でリンの喉元を撫でる。
コロコロ…、ゴロゴロ…、クルル…と鳴く二匹の猫の気持ちの良さそうな声にミクも幸せな心持ちになるのを覚えていく……。
―そんな一人と二匹が戯れている中、レンだけは話しかけるタイミングを見失い完全に置いてけぼり状態だった。
「どうやって、あの空間に入ればいいんだ…?」
レンの頭はそれで一杯だった。
(「すいません、俺の猫が…!」って言うタイミングも逃したし、「こいつ、俺の猫なんです。その白猫はあなたのですか?可愛い猫ですね」…いや、これは俺にはハードル高すぎるし……)
どうやってミクに声をかけるべきか悶々と悩むレン。そんな主人の姿に見かねたクオは、ミクの手の心地良い感触を名残惜しみながらも、レンの方へと駆け寄ると彼の足に擦りついてミクの意識を自分の主人へと誘導させた。
ミクも見知らぬ少年であるレンに気づくと、明るい声で話しかける。
「あなたが、この猫さんの飼い主さんですか?」
ミクの言葉にハッとするレン。かと思えば、その顔は異常な速さで赤らんでいく。
(やっべー…また思考飛んでいた……つか、話しかけられてる……!
やばい、やばいやばい!!今、絶対に顔赤くなってる……!!)
「あ、そ…そうですっ!…て、すいません。俺の猫が勝手に…何か迷惑とか掛けませんでしたか?」
「いえいえ、そんなっ。こんな可愛くてリンと同い年位の猫さんと会えて…本当に嬉しいですっ。
あ、リンって言うのはこの子…私の猫の名前なんです。
鈴が鳴るみたいに響く声で鳴くからリンって私が付けた名前何ですけど……単純ですよね」
自分の言葉にすら恥ずかしそうに少し顔を赤らめ、表情をクルクル返るミクに姿に、レンの脳内はある意味大変な状態に陥っていた。
(嗚呼…やべぇ、やべぇー…どうしよ?……この人可愛すぎだろ…。何か思考もどうにかなりそうだし…!
いや、そんな風になってる場合じゃない!これはチャンスだ!!
猫の名前も全然変じゃないって事をフォローしつつ、楽しい話題に持っていく……良しっ! 頑張れ俺!俺は やれば出来る子だっ!!)
心の中で自分に全身全霊のエールを送ると、レンは意を決した様にミクに言葉をかける。
「そんな事ないです!俺なんて、こいつの鳴き声が『みぃーみぃー』って…あの…ちょっと変わってるのと…『久遠』と言う言葉を合せて、ミクオってつけたんですけど…友達に厨二病かよって笑われたぐらいだし…だから普段は恥ずかしくてクオって呼んでいて……」
過去の苦い記憶を否が応にも掘り起こしながら言葉を紡いでいる為か?
最初の勢いも過去の自分の事を口にしていく度に減速していき、最後の方は何かごにょごにょとつぶやく位になっていた。
自分がつけた物とは言え、レンにとってクオの名前の由来は一種の黒歴史でもあった。
友達に盛大に笑われてからはレンは誰に聞かれても、クオの名前について話す事はなかった程なのだ。
それをが今ここに来て、ミクを励ます為に打ち明けた…が、彼の脳内と心は…
(…嗚呼、もう終わった……。昔の俺のバカ野郎…!何で俺、クオの名前あんな風につけたんだ…?もっと単純でも良いじゃんっ!!うわー…どうしよう?絶対ガキだって笑われるよなぁ……)
…と、後悔の念で苛まれていた。
それどころか、過去の自分を本気で一発殴りたい気分に駆られるレン。
だが、フォローやごまかし等の意味を一切含んでいないであろう、「そんな事ない、良い名前だよ!」というミクの言葉(笑顔付き)の嬉しさから、その日を境にしてレンの中での黒歴史や過去の自分への怒りは綺麗に霧散して行ったという……。
「…ふふふ、あなたって面白いね。あ、まだ名乗ってませんでしたね。私の名前は初音ミクっ。
一応高校一年生です、よろしくね。呼び方はミクで良いです」
自分の名を名乗りながら右手を差し出すミク、レンも握手を求められている事に気付くと、慌ててミクの右手に対して間違って左手を出した引っ込めたりしながら、何とか自分の右手を差し出し彼女の掌に重ねる。
ミクはレンの掌をぎゅっ…と握ると、レンもおずおずと言った風に握り返す。
「俺は…鏡音レン…中2だし、俺のが年下なんでレン・・・で良い…です…
(うわ~どうしよう…!やっぱりこの人可愛いし、肌も白いし手も柔らかいし…て、何考えてんだ俺っ?!)」
必死に「ごく自然な笑顔」を繕いながらミクの手の柔らかさに本当に自分の思考がどうにかなりそうなレンは、自問自答を繰り返していた。
そんなレンの精神状態を知る筈もないミクは無邪気に笑いながらぶんぶんと握手している手を上下に振る。
「レン君かぁ~…かっこいい名前だね!ね?リン」
「にぃー」と主人の言葉に応じる様に鳴くリン。
クオもまた「みぃ~…」と、リンの隣で鳴く。
…彼の場合においては、自分の主人に対して「頑張れ…」と秘かに…いや、確実に応援している様だった…。
―…うん。クオが可哀想な目で俺を見ていたのはきっと気のせいだよ…そうに決まっているよ……。
(つづく)
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