「やはり引き受けてくれると思ってましたわ」
「まあ、友人の娘の頼みだ。断る理由がない」
エルフェゴート国の小さな町の小さな喫茶店。画家である青髪の男は小さく微笑み、目の前にいる小さい小説家に問う。
「挿絵か……君の世界観を壊さずに描けるか不安だが、やってみよう」
「まあ! かつて一つの国を変えた人とは思えない、弱気な一言ですわね」
「……昔の話さ」
無邪気な微笑みに、青髪の男は軽く下を向いてそう絞り出す。
ルシフェニアを再独立させた後、カイル=マーロンは画家として、第何の人生かわからない人生を歩み始めた。しばらくはマーロン国の至るとこを回っていたのだが、たまたまエルフェゴートにいた可愛い友人ユキナ=フリージスに呼び出しをくらい、急遽エルフェゴートに向かったのだ。
依頼されたのは、悪魔ととある錬金術師の話だった。天上から地上を見ていた悪魔は、主の部下と言われる錬金術師を誑かし、こちら側に堕とそうと企てる。
(さすが、ユキナだ。こんな面白い話を考え付くなんて。いつか舞台でお目にかかれそうだな)
一度、話を読んだカイルは率直にそう思った。
カイルは依頼の確認をするため、描いてほしいシーンが幾つか綴られている羊皮紙を眺める。
圧倒的に、主人公の錬金術師と悪魔の登場回数が多い。これはちゃんとしたキャラメイクをしてから描いた方が良さそうだ。
彼には一度、自分が悪魔と成り果ててしまったことがある。決して愉しかったと言える経験ではないが、ある程度役には立つだろう。
(そうだな……自分が変身した時には羽があったな。だったら、この話に出てくる悪魔も羽があってもおかしくない。あと牙とか鋭い爪とか……)
カイルは思いつく限りを紙に描き作る。そして、描き終えた自分の絵を確認してみた。
自分がいた。
まごうことない、カイル=マーロンがそこにいた。
「違う!」
思わず紙を破り捨ててしまった。勿体ない。
(確かに! 自分をモデルとして描いた! だが自分自身を描こうと思った訳ではない!)
頭を抱えて悩みこんでしまった。
カイルは再びペンを握り、自分が思う悪魔像を絞り出す。
(落ち着け、カイル=マーロン。お前は他にも見てきたろ! そうだ、この話の中には悪魔の性別は書かれていない。なら、女の悪魔でもいいはずだ……よし、いいぞ、アイディアがまとまって……)
動き出したペンを一度止め、カイルは今自分が描こうと思った悪魔像を思う。そう、金髪のサイドテール。不気味な笑みの似合う少女……。
「……ネイじゃないか」
危なかった。また貴重な紙を破り捨てるところだった。
彼女を悪魔として挿絵に出すのは良いが、あんな事があった後だ。何となく、思い出すのが癪だったカイルはこの案を没にせざるえなかった。
しかし、ネイが着ていた赤いドレスはイメージに合う。それに悪魔だ。強い女性でも不思議ではない。こう、赤いドレスの似合う強い女性……。
そう思って、カイルはペンを進めるが、そこにいたのは、赤いドレスを着たジェルメイヌだった。
(……彼女はドレスを着るのだろうか)
革命軍のリーダーである彼女を間近で見たカイルには、ジェルメイヌがドレスを着て淑女のように踊る姿が想像出来なかった。思いつくのは、赤い鎧を着て、レイピアを振るう、勇ましい姿のみ。
それに、もしジェルメイヌがこの挿絵を見る機会があろうものなら、自分の命が危うい。いい案だと思ったのだが、あえなく没になった。
しかし、こうなると困るのはカイル自身だ。女性の姿で想像することが無理だと分かると、男性で考えなくてはならない。もはやモデルがあってもいい。誰か、良いモデルがいないか。
ふと、『悪ノ娘』と呼ばれた彼女の姿が過った。
彼女はまさしく悪魔と呼べる存在であった。しかし、彼女は生きている。生きている人間を悪魔として仕立て上げるのは何となく罪悪感が残る。
どうしたものかと考えていると、カイルはある事を思い出したのだ。
(そうだ……彼女にはそっくりな弟がいたはず……)
それを思い出した後のカイルは早かった。
お坊ちゃまの服で着飾った背の余り高くない、金髪の少年。不気味に笑い、錬金術師の男を誑かして様々な場所へ連れ出す。
錬金術師の方はそこまで悩まなかった。長髪の長身瘦躯。一度若返りをしたと言う事から、少し古人めいた話し方をし、若返った際は、薬のせいで髪が紫色になったことにしようか。
そうして、カイルの夜は更け、気がつけば、夕方に始めたはずなのに、何故か太陽は全く逆方向に昇っていた。
***
「さ、さすがですわ……」
思わず感嘆の声を漏らすユキナを見て、少し嬉しそうにカイルは頬を緩める。
「気に入っていただけたようで嬉しい限りだ」
「これを気に入らないはずがありませんわ! すぐに編集の方に持っていきましょう!」
「えっ? 今から行くのか?」
「当然ですの!」
現在、丁度午後五時と言ったところか。カイルは絵を書き始めてから約一週間、宿屋に泊まっていたが、宿屋の都合で追い出されてしまっていた。そのせいでカイルは早めに今晩泊まる宿を探さなくてはならなかったのだ。
その事をユキナに伝えると、ユキナは腕を組み考え、少し経つと、ハッとしたように話し出す。
「そうだ! わたくしの部屋に泊まれば良いのですわ!」
「……本気で言ってるのか? そんな事がお前の父親、キールに知られたら……」
「大丈夫ですわ! お父さまも、命までは取りませんわ!」
「余計に怖いなぁ……」
目をキラキラと輝かせる猪突猛進な目の前の少女にも少々の恐怖を感じながらも、こうなっては仕方がない、とカイルはため息をつき、ユキナの提案を呑んだ。
これが、カイルとユキナが一緒に暮らすまでの話。
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