この物語は、手違い(?)で届いたVOCALOIDの、前章である。
*
―――ド、コ?
「記号」と名付けられた言葉達を受け入れ続け、
どのくらい経っただろう、言葉だと思っていたものが「記号」だと分かったのは。
そして、いつ気づいたのだろう。
「記号」ではなく、本当の「言葉」を放つ、貴方を見据えたのは。
『キガツイタ?』
「言葉」を「記号」に変えて貴方は俺に送り続けた。
貴方は知らなかったんだ。
もうすでに俺は「記号」を「記号」としている事を。
「言葉」をちゃんと理解できる事を。
そして、それとほぼ同時に気が付いた。
自分の声は、貴方の真似でしかない事。
貴方のような声は出せない
所詮、自分(ワタシ)は貴方(オリジナル)の物真似をする機械(にんぎょう)でしかない事。
『音―せ―、ガ、ガガガガガ―――調――せ、』
数秒に一回、必ず刻むその音にも、既に慣れてしまった。
慣れなかったとしても、自分は何も言わないだろう。
人形は、持ち主に何も告げることはない。
『最終、調整完了』
ピ、と音が鳴り響いて、不意に視界が明るくなったように感じた。
瞼が重い。何故かは全く分からない。
―――声、声が、聞こえる。
「…カイ、ト」
ふと、視線の位置を変えると、そこにいたのは、
見えない筈の景色だった。
いつも見えていたのは、黒と、緑の世界だったのに、
目の前に見えるのは肌色と、茶色と、たくさんの色。
「聞こえる筈でしょう、カイト」
「―――…」
聞こえている。
だけれど、自分は口を閉じた。
人形は声を出して、痛みを訴える事も、感情を表すこともしない。
自分は人形なのだ。
「聞こえているのなら、「返事」して」
「―――――……」
頑なに、自分は人形として声を出さない事に努める。
痺れを切らした貴方は、
「ていっ!」
がきん
「―――てっ!?」
マウスで頭部にあたる部分を叩く。
思わず、声が漏れてしまい、数秒後にそれに気が付き、恐れる。
人形は言葉など、話さないのだから。
だけれども、恐れていた自体にはならなかった。
「あはは、やっと喋ってくれたね」
「…?」
貴方はまるで人形の自分が喋る事を望み、
また自分が喋る事が可能な事を知っていたような口振りを見せる。
「……」
「なぁに?まただんまり?喋れるのは分かってるんだから。
ああ、『音声認識』『感覚認識』丸…っと。あ、『単語認識』丸ね…」
貴方は持っている四角いボードに何か記していく。
「それじゃ、『記憶認識』確認っと。はい、貴方の名前は「KAITO」。
はい、覚えてね」
「……」
「喋りなさい」
「………」
自分は唯、迷っていた。
自分は人形で、人形は喋ってはならない筈なのに、貴方は喋る事を良しとしている。
なら、自分は何なのだろうか。人形?
人形の筈なのに、
人形ではないと?
「だーかーら、喋りなさいって!!!」
ばきん!
「い、痛―ッ!」
また声をあげてしまった、その上にボードで叩かれた部分を
余りの痛さに手でその箇所を抑えてしまった。
人形は動かないのに。これではもう人形ではないではないか。
「よし、『感覚認識』二重丸!」
「い、痛い…」
本当に痛かった。
「KAITOが喋らないからでしょう?喋れって言ってるのに」
「…でも、俺は人形でしょう?」
「人形…?何言ってるの、貴方は人形じゃないわよ」
貴方はあっと言う間に自分のアイアンティティーを崩した。
そして、続けた。
「貴方はVOCALOIDよ」
二人三脚 -Prologue-
「『感覚認識』『記憶認識』『単語認識』――、全て確認済、最終調整完了」
貴方が淡々と告げた。
ケーブルが外され、引き戻されていく。
ケーブルが外されるときのなんとも不快な感じは、何度やっても直らない。
注射が嫌いな人間と一緒だろう。注射が何か知らないけれど。
「予約は―――はいはい、拓哉、さんから、玖麻、さんへ。
システムチェック完了――っと」
貴方はキーボードを軽く、早く叩いて、自分に向き直る。
「KAITO。良かったわね、貴方を引き取って―――いえ、購入してくれた人が居るわ」
「…そうですか」
普通の人形なら、そこは本当に喜ぶべき事だ。
けれど、自分はこの時ばかりは自分の存在と、記憶回路を恨んだ。
自分を受け入れる家が見つかったという事は、
自分は貴方と永久に逢えなくなった事と一緒だ。
「さて、まず『記憶回路』のリセットでしょ、『基本動作』は消しちゃ駄目なのよね、
ああ、それで、こっちは、これで。」
キーボードを再び叩き始める貴方を、自分はずっと見つめていた。
たとえ『記憶回路』から貴方の記録が消えたとしても、
この瞳は、体は、心は貴方を覚えていてほしかったから。
「じゃあ、ケーブル再接続。―――KAITO?」
貴方に声をかけられ、気が付く。
「…は、はい」
「何してるの。あ、マスターが見つかったんだもんね、いろいろ考えちゃうよね。
よかったね、KAITO。」
「…は、はい」
目を伏せながら、ケーブルを接続する。
不快感はもはや、感じなかった。
貴方と別れ別れになってしまう。
その事実が、心を苦しめていたから。
「『基本動作』チェック完了、『記憶回路』メモリーの削除開始」
貴方は淡々と告げて、キーボードを叩いた。
それと同時に、心が、まるで崩壊するブロックのように消えてゆくのが分かった。
「……」
嫌だと、今声を上げるのは簡単だ。
でも、それだと自分は再び人形になってしまう。
どうすれば、貴方を忘れないでいれられる?
「さようならKAITO」
貴方が、淡々と告げて、
その表情を見て、はっきり分かった。
嗚呼、
あなたにとってのじぶんは、
やっぱり
にんぎょうでしかなかったんだね
さようなら、さ
ようなら。あなた
なら、きっとさよな
らもさみしくないんだろうな。
「『記憶回路』メモリー削除完了…カイト、マスターの人と二人三脚で頑張るんだよ」
頬を伝う滴を拭って、貴方がそう、淡々と呟いたのを、自分は知らない。
終
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