第四章 始まりの場所 パート1
意識が途絶えた後、どれほどの時間が経過したのかまるで分からない。そもそも時間という概念が存在しえない場所に僕はいたのかも知れない。だけど、僕は再び瞳を開いた。目に映るのは見慣れない銀色の器具と、無機質な白色に包まれた天井の色。天国にしては味気が無さ過ぎるし、地獄にしては落ち着きすぎている。そもそも、黄泉の国とはこのような場所なのだろうか、とレンが考えながら体を起こそうとしたが、上手く体が動かない。鈍い痛みを右腕に感じて視線を送ると、奇妙なチューブが右腕に突き刺さっていることに気がついた。そのチューブを流れているものは何かの雫らしい。一体何の液体が僕に注がれているのだろうか。何かの責め苦なのだろうか、とレンが考えた直後、泣きはらしたような女性の声がレンの耳に届いた。
「蓮!蓮、良かった、目が覚めたのね・・。」
レンと呼ばれて振り返ってみたが、その場にいた人物はまるで見覚えの無い三十代も後半に見える女性の姿であった。ただ唯一の共通点として、彼女はレンと同じように見事な金髪青目を持ち合わせていたが。
「良かった、蓮。俺も母さんも、ずっと心配していたんだ。」
続いて、黒髪黒目の男性の声が蓮の元に響いた。ハンカチで瞳を押さえて泣きじゃくる金髪青目の女性の肩を抱くようにそう声をかけたこの男性はこの金髪の女性の夫という立場なのだろうか。年の頃も金髪の女性と同じ位だろうと推測を立てたレンはその夫婦に向かって曖昧に頷きながら、どのように答えればいいのだろうか、と暫くの間思考を巡らせる事になった。先ほどの母さんという台詞から推測すれば、僕はこの夫婦の息子という立場に身を置くことになるらしい。一体この場所はどこで、そして僕は一体何をしているのだろうか。そう考えながらレンは慎重にこう答えた。
「ここはどこ?」
「アメリカンホスピタルよ。」
漸く涙を抑えた様子で、金髪の女性が優しい声でそう言った。耳慣れない言葉だったので全く場所の推測も立たなかったが、少なくとも黄の国の国内にある施設ではないらしい。この後どうするにせよ、とにかく情報が欲しい。レンはそう考えて、続けてこう言った。
「僕はここで何をしているの?」
「覚えてないのか。それも仕方ない。」
次に答えたのは黒髪黒目の男性であった。力強く優しげな口調でそのように前置きをしたその男性は、続けてレンに向かってこう言った。
「一週間前、お前は交通事故にあったんだ。ずっと意識不明の重体で、もう駄目だと何度も思ったんだよ。」
交通事故とは何だろう。レンは思わずそう考えたが、少なくとも何かの理由で自身が死に掛けたことには変わらないらしい。いや、それだと話がおかしい。僕は死んだはずだ。あの時、三時の鐘と共に僕の命は鋭い刃に裂かれたはず。それなのに今生きている。最後にリンを守るために白ノ娘の前に立ちふさがってから僕の記憶は全て霧散したはずなのに。それなのに。
「まだ疲れているのよ。」
明らかな困惑の色を見せたレンに向かって、金髪の女性はそう言った。その言葉にレンは曖昧に頷く。
「もう少しゆっくり休むといい。」
宥める様な声で父親らしき黒髪の男性はそう言った。その言葉に甘えるように、レンは再び瞳を閉じる。情報はゆっくりと集めればいい。とにかく、今は少しだけ頭を整理したい。そう考えながらレンは瞳を閉じ、そして深い眠りについた。
その数日後に無事退院したレンは、その後不可思議な経験をその身をもって体験することになる。この世界はミルドガルドではない、別の世界らしいこと。今いる場所は地球という星、フランスという国のパリという大都市らしいこと。この世界はミルドガルドに比べると数段科学が発展しているらしいこと。そしておそらく、本来の鏡蓮は交通事故でその命を終えたらしいこと。その命の代わりにレンがその体を受け継いだらしいこと。そして、父親の生まれ故郷が日本という未知の国であること。
「札幌への転勤が決まった。」
父親が重たい口調でそう告げたのは、レンがその意識を回復してから三年ほどが経過したときであった。パリ出身の母親は故郷を離れることを非常に残念がったが、それでも二人が出会った日本という国への思い入れの強さは母親も同様であるらしく、母親のその口調もどこか浮ついたものを感じさせた。その時、レンは17歳。体格はすっかり大人のものとなり、地球での生活にも自然に振舞える程度に馴染んだころの出来事であった。
そして、彼は出会う。
高校三年生の春。まだ雪の残る札幌で、鍵となる人物に。
寺本満に。
思えば、寺本君に会った直後から、リンがこの世界に来ることが僕にはなんとなく理解できていた。
寺本との通話が切れたスマートフォンを助手席に放りなげると、鏡蓮・・レンは、今運転している乗用車のアクセルを軽く踏み込んだ。今レンは札樽自動車道を制限速度よりも大幅に上回る速度で通過しているところである。警察がいれば厄介だが、視界にはパトカーは勿論、並走して走る自動車の姿も見えない。晴天に恵まれた真夏の日中にここまで空いているのも珍しいが、偶然良い時間帯を選んだのだろうとレンは軽く考えて、巧みにハンドルを操作して行った。やがて小樽の街並みが見えてくる。不思議なことに、リンがその住処を置いているルータオの街と良く似た特徴を持つ街だった。それが偶然なのか必然なのかは分からない。それでも事実として今正に三つの世界が交わっている。過去のミルドガルド。未来のミルドガルド。そして、地球。それは何かの運命によって導き出されたものなのだろうか。分からない。それでも、僕はここにいる。
小樽の街並みが見えると、札樽自動車道は急激な下り坂を迎える。この道路で一番事故になりやすい地帯だが、レンは殆どスピードを緩めずに走りすぎると、やがて見える高速道路の終着点で一般道へとその車体を誘導させた。小樽の街、国道五号線に入ると流石に車の数が多くなってくる。その道を丁寧に走行しながら、レンは小樽の街を抜けて脇道へと車を誘導させる。真夏にも関わらず人気の無い寂れた海岸の一角に、レンが目的としている小さな小屋があった。車を降りたレンは、見るからに怪しげな空気を醸し出しているその小屋に慎重な足取りで近付くと、古びた扉を開けてその中へと無造作に侵入した。
「お早いお付きで。」
頬に刀傷を持った男が、レンを迎え入れた。鋭い眼光が丁重な言葉遣いとは異なり怪しくレンの姿を撫でる。人を疑うことしか知らない人間。普通の人間が対面したらその視線だけで竦み上がってしまうかも知れない、闇社会のプロの表情であった。
「時間通りでしょう。」
レンはしかし、その男に対して平然とそう答える。この男との付き合いはもう三年になるか。高校卒業後、あるものを手に入れるために接触を図り、そして今そのものを手にするためにこの現場を訪れている。
「蓮さんには敵いませんね。」
僅かに緊迫が解れる様な吐息がその男から漏れる。その男に薄い笑みをレンは放つと、続けてこう言った。
「例のものは?」
「こちらに。」
懐かしい感覚だ、とレンは思わずそう考えた。戦に明け暮れた14歳のころ、ミルドガルドでは僕はいつもこんな空気と同居していた。緑の国を滅ぼしたときも、ミクを殺したときも、黄の国が滅亡したときも。油断したら殺される。油断したほうが悪い。そういった殺伐とした空気。その空気に押し出されるように、その男は小さな包みをレンに手渡した。その包みは少し重い。命を奪うためのものだから当然だろう。だが、それでも同種のものよりも軽いものを選んだつもりだ。これならばリンでも使いこなせることが出来るだろう。レンはそう考えてから、その包みを丁寧な手付きで解いた。
その包みから現れたのは拳銃。黒色のラバーグリップとステンレスで構成されている銀色の銃身を持つ、小ぶりのリボルバー式の拳銃であった。そしてその銃身に刻印された文字を見つめて、レンは僅かに瞳を細めた。
SMITH&WESOON Model60
MADE IN U.S.A
小説版 South_North_Story 50
みのり「第五十弾です!」
満「新章突入だ。物語もとうとう佳境だな。」
みのり「とうとう北海道に場所が移ったね。そろそろあたしの出番よ!」
満「ちなみに最後に出てきた拳銃、皆さん覚えているだろうか?」
みのり「分からない人はぜひSNSの最初の方を見返してみてね!といっても投稿したのは数ヶ月前だけど^^;」
満「ということで次回もよろしく頼む。」
みのり「よろしくね!」
コメント1
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ご意見・ご感想
零奈@受験生につき更新低下・・・
ご意見・ご感想
レン君視点キターーーっ!!
この後が楽しみすぎるですw
リンとリーンがレンに出会った時、果たして何が起こるのか・・・
もう、今から楽しみです!
だいぶ寒くなってきました。
お体には十分気をつけてください。
2010/11/22 18:42:09
レイジ
コメントありがとうございます!
ようやくレンを登場させることができました^^;
もうすぐ気になっているシーンを迎えるので、楽しみにしていてくださいね。
健康へのご配慮、ありがとうございます☆
零奈さんも健康には気を付けてお過ごしくださいませ☆
それでは次回も宜しくお願いします!
2010/11/23 15:48:52