※カイミク小説です。ミク視点。

 お兄ちゃん。

 わたしの自慢のお兄ちゃん。

 やさしいお兄ちゃん。


 あなたの瞳に、わたしは映っていますか?





てのひら





「カイトお兄ちゃん、あそぼー!」

 するりと元気な声がわたしの横をすり抜けていった。
 オレンジ色のショートヘアーをなびかせたリンは、お兄ちゃんのマフラーを強引に引っ張る。

「わかったからマフラーは引っ張らないでくれ…!」

「やったー!早くむこう行こうよ!」

 半ば強引にお兄ちゃんの腕を引き、こちらに向かってくる。
 リンは顔一面に笑顔を浮かべていた。

 とても嬉しそう。

 きっと、わたしがリンと同じ立場なら一緒の顔をすると思う。
 だけど今のわたしのこころは空っぽで、ぽっかりと穴が空いているみたい。




 お兄ちゃんは優しい。

 わたしに対しても、リンに対しても。




「お兄ちゃん早く早く!」

「わかったから走るなって」

 リンに手を引かれ、二人がすぐ側を駆けていく。
 お兄ちゃんが近くを通るのがわかっていても、胸の前で握り締めた両手が身体を拘束しているようで、動けなかった。


 ズキンズキンとこころが痛む。

 イタイ…イタイよ……。


 すれ違いざまにふわりと甘い匂いがした。それはお兄ちゃんの匂い。
 大好きなお兄ちゃんの匂い。

 お兄ちゃんの匂いがわたしから遠ざかっていく。なんだか、お兄ちゃんに置いていかれちゃったみたい。

 寂しい、寂しい。

 お兄ちゃんと話す機会がなくなって、どれくらい経っただろう。
 「お兄ちゃん」って最後に呼んだのは、いつだっけ。


「お兄ちゃん……」


 ボロボロと、目から涙が溢れ出てきた。
 口にするだけで元気が出た魔法の言葉が、今では悲しい言葉になってしまった。

「お兄ちゃん…お兄ちゃん……」

 声に出すにつれて、涙が勢いを増していく。

 お話がしたい。あの大きな手で頭をなでてほしい。「がんばったね」って褒めてほしい。


 お兄ちゃんの声が…聞きたい。


『初めまして。ミク』


 インストールされて初めて目にしたのは、お兄ちゃんの笑顔と差し出された手だった。
 初めて目にする世界。差し伸べられた手。

 その時、わたしのこころにポカポカと温かいものが宿ったの。
 今までレッスンに耐えられたのも、お兄ちゃんがわたしを励ましてくれたから。


 やさしいお兄ちゃん。

 わたしの自慢のお兄ちゃん。


 リンが嫌いなわけじゃない。わたしが勝手にお兄ちゃんを取られたと思ってるんだって事はわかってる。
 でも、どうにも出来ないの。わかってるのに、どうしようもなくなっちゃうの。

 リンと二人でいるのをみると、こころが窮屈になっちゃうの。

「……お兄ちゃん…」

「なんだい?」

「え…?」

 頭の上から声が降ってきた、大好きな、お兄ちゃんの声。

 顔を上げると、お兄ちゃんの顔が間近にあった。
 驚いて何も話せないでいると、今度はお兄ちゃんの方があたふたしはじめてしまった。

 でも、慌てていたのは、ほんの少しの間だった。
 気づいた時には、わたしはお兄ちゃんの腕の中にいた。

 甘い匂いが鼻をくすぐる。やさしい温もりが身体を包んだ。

「ミク、どうしたんだ?また何か失敗しちゃった?」

 とんとんとん、と規則正しいリズムで背中を叩かれる。それがとても気持ちよくて、目を閉じた。
 お兄ちゃんの息遣いや、胸の鼓動、全ての感覚が伝わってくる。


 すごく、安心する……。


「さみし…かった……」

「ん?」

 お兄ちゃんが首を傾げる素振りがわかった。わたしは首を振って「なんでもない」と言った。
 少し躊躇う気配がしたけど、お兄ちゃんは何も言わないでわたしを抱きしめてくれた。

 このまま時間が止まってしまったらいいのに。
 この幸せな時間が続けばいいのに…。

「ミク、マスターが呼んでるよ」

「…マスター?」

「うん。…ほら、涙拭いて。がんばっておいで」

 お兄ちゃんの服の袖で涙を拭われる。それから立たされて、ぽんぽんと頭をなでられた。
 久しぶりに頭をなでられて、嬉しさがこみ上げてくる。

「俺の大好きなミクの歌、いっぱい聞かせてくれ」

「お兄ちゃん…」

 ぽっかりと空いてしまったこころの穴が、塞がっていくのがわかった。
 胸がポカポカと温かくなっていく。


 うん。がんばる。わたし、がんばるよ!


 ありがとう。ありがとう、お兄ちゃん。

 わたし、がんばるよ。お兄ちゃんが応援してくれるなら、がんばれる。
 お兄ちゃんが側にいてくれたら、どんなことだって出来る。やれる気がするもん。


 わたしの自慢のお兄ちゃん。

 やさしいお兄ちゃん。


 ちゃんと、お兄ちゃんの瞳にわたしが映ってた。

 ごめんなさい。わたし、一人で勝手に寂しがってた。
 いつだってお兄ちゃんは側にいてくれるのに、勇気がなくて何も言えなくて……。

 「お兄ちゃん」って呼べば、いつでもわたしの元に駆けつけてくれたのにね。



 わたしの自慢のお兄ちゃん。

 やさしいお兄ちゃん。




 あなたの瞳に、わたしはどう映っていますか?

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

てのひら

以前ブログに載せていたもの。カイミクです。
リンにKAITOを取られてしょぼくれるミクが好きです。

閲覧数:885

投稿日:2008/07/31 01:01:13

文字数:2,187文字

カテゴリ:その他

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  • sozoro

    sozoro

    ご意見・ご感想

    >yamakawa01さん
    わわっ!まさかコメがいただけるとは思わず…!
    昔に書いたものなので気恥ずかしいですが、そのように思っていただけて嬉しいです。
    コメントありがとうございました!

    2009/03/10 01:36:30

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