「…完璧だな。」
マスターはあたしの"Nightmare of You"を聞くとそう言って、あたしとカイトさんに次の曲の楽譜を渡した。
「ほら、これだ。俺が珍しく何日もかけて作った曲だぞ、ありがたく思えよな。これが成功したら、これから先デュエットは二人をメインにすることになると思う。」
「え!?ほんとですか?」
あたしはマスターを見た。マスターは笑って頷く。カイトさんもにこにこ笑っていた。
…正直、カイトさんに気まずく思ってないわけではない。昨日のことで何がなんだかわからなくなった、というのもある。でも、
カイトさんが好きだから。
今はもう、輝いて見えるだけではなく、ほんとに好きだから。
だから何よりも、一緒にいたい。
二人の、三つ目のデュエット曲のレコーディングが終わったのは、そのちょうど一週間後。
「よかったね。」
マスターは笑って言った。
「君ら、デュエットのメインになると思うよ。…ほんとに素晴らしい出来だよ、これ。」
あたしは飛び上がって喜んだ。カイトさんとのデュエットが叶うなんて、しかもこんなに綺麗に仕上がるなんて、
一ヶ月前のあたしからは想像もつかなかった。
ずっと輝いていたカイトさんのことを目で追うだけで。デュエットしたいと願うだけで。でもそれがいつしかこんなに綺麗なデュエット曲を完成させるようになって。
すごく、…すごく、何よりも嬉しかった。
「また次の曲ができたら、楽譜渡すよ。でもしばらくはこの曲を広めて人気出させるからさ。待ってて。」
そしてマスターはあたしを軽く抱きしめた。
「グミちゃんが突拍子も無いお願いしてきたときにはびびったけどさ。よくやったよ、ほんと。すげー成長した。俺、超嬉しい。君の見立ては正しかったな。色気を出すには恋しかないね。これからも頑張ってよ、グミちゃん。」
何よりもその言葉が嬉しかった。マスターに認めてもらえた。あたしはマスターに、ありがとうございます、と小声で返した。
そしたら背中を軽くぽんぽんと叩かれた。
マスターは同じように、カイトさんも抱きしめて何事か話すと、背中を軽く叩いた。
カイトさんの顔が一瞬紅く染まったように見えたのは気のせいだろうか。
「じゃ、俺は行くからさ。てか俺昼飯食ってないんだわ、食わねーと。」
そう言ってマスターは立ち去っていった。…もうマスターには見抜かれてるんだろうな、とまた思った。
あたしは、今日この曲が終わったら、懲りずにまた告白する予定だった。
「カイトさん…あの、お話が…」
「うん。…座ろうか。俺からも話がある。…先、どうぞ。」
そう言ってカイトさんは椅子を二つ持ってきた。…カイトさんの話ってなんだろう。
気になったけれど、とりあえず先に言いたいことを言おうと思った。
「あの、カイトさん、やっぱりあたしカイトさんのこと好きです。またカイトさんのこと困らせるかもしれないけど、やっぱりこれだけは知って欲しくて。最初は幻想ちょっと抱いてたかもしれないです。でも、今はほんとに、カイトさんの地とかレコーディングで見てきて、やっぱりあたしカイトさん好きだなと思って。振られたけど、それでも諦めきれないから…その、まだ、好きでいたいし好きでいさせてください。」
曲が仕上がった勢いのまま、言いたいことを早口で言い切る。
言い終わった後に恥ずかしさがこみ上げてきて、心臓がちぎれるんじゃないかというぐらい早く動き出す。
カイトさんは小さくため息をついた。
「…ごめんな。」
「え…あの…」
何に謝られているのだろう。…まさか、好きでいられると迷惑とか?
また涙がこみ上げてきて、でも必死で下を向いてこらえながらカイトさんの言葉を待つ。
「俺さ、あのとき言わなきゃいけないことがあったのに言わなかった。そのせいでこんなにグミちゃんのこと傷つけた。俺ほんと、馬鹿だよな。めーちゃんとマスターにすっげー詰られたよ。」
そしてカイトさんは言葉を切った。
あたしは俯いていた顔をあげてカイトさんを見た。
「あのさ、俺、誰かを好きになるって感情がよくわからないんだ。生まれつき。…誰かから愛されたことがなかったからなのかな。自分が人を好きになれないと思ったし、実際今まで好きになったことないんだよ、一度も。だけどそれを言うのが、なんか、何のためらいも無く俺に好きって言えるグミちゃんに言うのが恥ずかしくてさ。だからごまかしたんだよ。
そのまっすぐな「好き」って感情に応えられるのか心配でさ。めーちゃんとか引き合いに出して、俺、要するに逃げたんだよな。ほんとごめん。…めーちゃんのことは、憧れてるんだ、俺。憧れと恋の区別もつかないガキなんだよ、俺は。
まだ俺は誰かが好きって言う感情がわからない。でも、…グミちゃんとのレコーディングの曲が入ってないって聞いたとき俺、なんか知らないけどめっちゃ悲しかった。グミちゃんが部屋から出てこなくなって会えなくなったらすっげー寂しくてさ。で、どうしても我慢しきれなくなって、グミちゃんの部屋押しかけてさ、一生懸命歌ってるグミちゃん見たら、抱きしめたくなった。
それが人を好きになるってことなんだよ、ってマスターとがっくんに言われて、ようやく気がついた。」
カイトさんはあたしの目を見たまま、唇をちょっと噛んだ。
あたしがその言葉の意味に気づくのには数分かかった。
「え…じゃあ、そのっ…」
「うん。俺グミちゃんのこと好きみたい。…ごめんな、あのとき気がつかなくて。俺の変なプライドでグミちゃん傷つけて。」
今度は、今までと違う意味の涙が目から溢れた。カイトさんに抱きしめられる。
「だって、強いのが好きって、普通すぎるって、…そう言ってたのに、」
「うん。ごめん。強いのに憧れてるだけなんだ。…それにグミちゃんは、充分強い。めーちゃんと違う強さ持ってる。あとね、俺、ほら、この変人達の中で生きてきたじゃない?だからさ、…その中でも普通でいられるグミちゃん見てて、なんか落ち着くんだ。普通すぎるのは、悪いことじゃなくて、…うん、だから、それに自信もっていい。ごめん。」
「か…カイトさんの、馬鹿ぁ…あたし、あのとき、すっごいショックでっ…」
「ごめんな。ほんとごめん。俺ほんと馬鹿だった。あんなこと言わなきゃよかったってすっげー後悔した。しかも俺鈍感だから、あのときグミちゃんが笑ってたから傷ついてたの気づかなくてさ。めーちゃんにすっげー勢いで殴られたよ。お前は馬鹿か!って。リンとかレンにもバカイトって散々連呼された。ミクにも蹴っ飛ばされたし。ルカに至っては俺のこと完全無視するし。…それでようやく気づいたんだから俺ってほんとに馬鹿なんだよな。」
あたしは笑った。泣き笑いで顔がぐちゃぐちゃなのは鏡を見なくてもわかる。カイトさんがあたしのことを抱きしめていて、顔が見えないことに感謝した。
やっぱり、みんな、優しい。
「カイトさん…だ、いすき、好きぃ…」
「うん。…俺も。…あぁクソ、言葉じゃ上手く言えねーな。」
そう言ってカイトさんは歌い出した。あたし達の、今日仕上がったデュエットを。
"Sweetest Fruit"を。
あたしはだまってそれを聞いていた。
マスターが書いたこの曲は、…きっとカイトさんがあたしに対して思ってくれたことを言葉にしたんだなぁ、と今気づいた。
"Love Fruit"と対になるこの曲は、カイトさんとあたしの両方が主旋律で、ソロパートがあって、所々デュエットがあって、ハモリと主旋律が何度も入れ替わる。そして、…この曲はルカさんの音域だから、もしあたしが"Nightmare of You"を歌えてなかったら、この曲は歌えなかった。マスターの考えの深さに改めて感動する。
カイトさんの声は、綺麗すぎて泣きたくなった。
「…俺、まともに好きって気持ちに応えられないかもしれないけど。あだ名が自他共に認める『バカイト』だから、変なことまたするかもしれないけど。…それでもよかったら。その…付き合って、ください。」
照れながら、とぎれとぎれに言われたその言葉は、何よりもかっこよくて、世界で一番素敵な言葉だと思った。
「こちらこそ…よろしくお願いします。」
そして、二人の"Lovely lovely sweetest fruit"は、実った。
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