タイトに背を任せ飛び込んだ先は、思いのほか静寂に包まれていた。
階段から見下ろした先には、広大なハンガーが広がっている。
どうやら航空機用のカタパルトらしいが、無数あるカタパルトには四機の黒い戦闘機が設置されているだけだった。
さらに奥へスコープをズームさせると、人型の巨大なABLがある。
いや、あれは搭乗兵器か。
レーダーには・・・・・・反応が七つ。兵士六人に、アンドロイドが一体。
並べられた戦闘機の前に、パイロットスーツを着た五人の男、そして彼らと向かい合っているのが、網走智樹とミクオだ。
今下手に動くのは得策ではない。
小さな物音すら、この広大な鉄の空間ではすぐに響き渡ってしまう。
俺はクロークを起動させ、彼らの様子をうかがった。
「・・・・・・分るな?」
「こんなことをして、俺達に未来があると思えんな。網走智樹。」
網走の言葉に、パイロットの一人が険悪な言葉を返す。
決してムードの良い会話とは思えない。
「今私の命令に逆らったほうが、君達に未来はない。」
「・・・・・・。」
「何度も説明したはずだ。我々は新たな時代を生きる新人類だと。そうなるためには、もはや過去のものとなった愚かな時代を終わらせねばならん。そのための核と、UTAUだ。」
「それが新たな悲劇を生み、結局は過去の愚行となることがなぜ分らない!!」
その一人は、悲しみを感じさせる叫びを放った。
彼らの状況は理解できた。彼らもまた、テロリズムの被害者らしい。
「ならんさ・・・・・・絶対にな。新天地ならば、我々はもう地球のことなど忘れ、安心して新たな時代を築ける。君達と共に。」
「貴様の独裁に賛同できるものなど、一人としていないぞ!」
「システムの存在を忘れているようだな春瀬中尉・・・・・・。」
「・・・・・・!!」
その言葉に、パイロットの気勢が僅かに弱まった。
あの男に命でも握られているというのか。
「計画の成功も残りわずかというところで軍が最後の反攻に出た。君達ともよく馴染みがあるアンドロイド諸君だ。だが、ここももうすぐ用済みとなる。君達は離陸後、一万五千フィートで待機。ストラトスフィアの発射後に、先ずは核でここを消し飛ばすんだ。できなければ・・・・・・・分るな?」
「貴様・・・・・・!!!」
彼が網走の前に詰め寄り、悪魔のような形相で睨みつけた。
殺意のこめられた視線が刺さっているにもかかわらず、網走自身は全く動じる様子を見せない。
「隊長。」
パイロットの一人が、網走と対立していた彼に呼び掛けた。
身長が低く、声もまるで少年のようだが・・・・・・。
「ここは言う通りにしないと、僕達が・・・・・・。」
彼は、顔をそむけながら言った。
「・・・・・・!」
「やはり子供は従順でいい。命令に従ううちに、やがて苦にもならなくなるはずだ。この時点で、君達の感情を取り上げていないことを感謝するといい。」
マスク越しから、網走の笑みがうかがえる。
「さて・・・・・・ミクオ。NiOのほうはどうなっている?」
「整備は完了しました。後はパイロットですがね・・・・・・。」
ミクオがパイロットの一人の前に歩み寄り、うつむいたその顔を覗き込んだ。
女性?いや、違うか・・・・・・。
「肝心のパイロットがこれではね。NiOはもうストラトスフィアに積み込んでしまったほうがいいんじゃないですか?」
ミクオが振り向き、フランクな口調で言う。
「今は緊急事態だ。たった数人といえど、我々と同じ戦力を持つ侵入者がいる。離陸した最後まで、警戒は怠らない・・・・・・。」
網走がそう言いかけた時、顔をうつむかせていた彼の手からヘルメットが落ち、体はゆっくりと傾いた。
「危ない!」
隊長と呼ばれた男が、その体を受け止める。
何だ・・・・・・彼の、あの痩せ細った体は・・・・・・?
「ソラは動けない!もうこれ以上ソラを苦しめるな!!」
隊長の表情が、怒りから哀願に変わっている。
「この基地の始末も、侵入者の排除も全て我々がやる。だから、今だけはソラの体を安静にして欲しい。過剰なシミュレーションと薬物投与で限界まで衰弱している。ビタミンや栄養の投与も必要だ。」
眼鏡をかけたパイロットの一人が冷静な口調ながらも網走に訴えた。
「てめぇら狂っているぜ・・・・・・ソラをモルモットかなんかと思ってんのか・・・・・・散々薬物づけにしてボロボロにしておいて、まだ懲りねぇのか!!」
パイロットの中で最も体格の大きい者が怒号を張り上げた。
眼鏡をかけた彼がそれを制止し、少年のような彼はただ、狼狽するだけだった。
「・・・・・・まぁ、彼らの言い分も一理あると思うんですが。どうでしょう、ボス。」
「例え体が動かなくなったとしても、脳さえ目覚めていれば機体は動かせる。ミクオ、後は任せる。私は先にストラトスフィアへ向かう。」
網走は何の躊躇もなく言い放ち、そのままハンガーの奥へ消えていった。
静寂が、彼ら六人を包んだ。
「ミクオ・・・・・・!」
ソラの体を抱きかかえた隊長が、ミクオを見上げ、視線で訴えた。
「残念だけど、命令なんです。」
その言葉で、再び隊長の顔が怒りに染まった。
「あの時もそうだったな・・・・・・お前は今でもソラを痛めつけるのが好きか?これじゃ話と違うじゃないか!」
「あと少しですよ。どうせストラトスフィアもあと少しで飛べなくなるんですから。」
なんだと・・・・・・?
「彼女達が完全にここを制圧しシステムを抑えるまで、貴方方も僕もボスの完全な奴隷です。」
「そのあとはどうなる。貴様らのテロに加担した俺達は!」
「貴方達は強化人間なので、軍法会議に掛けられてもお咎めは無いかもしれませんよ。その時は僕の弁護もありますし。」
まて・・・・・・何を言っている?
ミクオはテロリストの仲間じゃなかったのか?
そういえば、ミクオはクリプトンの依頼で発砲することを禁じられていた。
クリプトン、ということは軍部とつながりがあるのか・・・・・・?
「信用できんねぇな!てめぇなんぞ・・・・・・!!」
先ほどから声を荒げている彼が、ミクオに掴みかかろうとするが、眼鏡の彼に制止された。
「それよりも、本気でソラをあれに乗せるつもりか。」
「だからしょうがないんですって。それに、どうせこれで最後なんですよ。」
「もう限界だ。無理に乗せたとしても、操縦などできないぞ。」
「それでも、やらなきゃなりませんよ・・・・・・これが終わるまでは、しょうがありません。さぁ・・・・・・。」
そう言い、ミクオが隊長に手を伸ばした。
「駄目だ!!」
隊長がソラの体を抱えたまま、ミクオの手から逃れようと身を引いた。
「機体にソラが乗っていることを知らなければ・・・・・・ミク達は容赦なく攻撃するだろう。もしそうなったら・・・・・・!!」
隊長がミクオに向けて、頭を垂れた。
「お前のせいで・・・・・・俺達は何人もの仲間を失った・・・・・・もうこれ以上、仲間を失いたくない・・・・・・。」
「・・・・・・。」
もうそれ以上、誰も、何も言おうとしない。
パイロット達も口を閉じ、ミクオから視線を逸らしていた。
俺でさえ、この光景から目を逸らしたかった。
システムに縛られ、言葉で反抗することしかできず、言いなりにされる彼ら。
あまりにも、哀れだ。
「いきます・・・・・・。」
その時、微かに声が聞こえた。
いままで網走やミクオと会話していた、誰のものでもない声。
隊長に支えられていたソラが、自らの力で立ち上がり、冷たい床に落ちたヘルメットを拾い上げた。
「これで・・・・・・終わって・・・・・・くれるなら・・・・・・。」
今にも途切れてしまいそうな声。
しかし彼の瞳には、力強い光が灯っているように見える。
「ソラ・・・・・・!」
「ミクオ・・・・・・これが終われば、自由になれますか・・・・・・。」
「ああ・・・・・・。」
真正面に向き合った二人は、真摯な眼差しで見つめあった。
「GP-1。いや・・・・・・ソラ。僕はもうお前の上司じゃないし、お前は俺の部下じゃない。それでも、お前は僕の命令に従うのか。」
ミクオがソラに告げた。
フランクなものではなく真剣な言葉で。
「それで・・・・・・自由になれるなら・・・・・・。」
「・・・・・・分った・・・・・・行け。お前は絶対に自由になれると、約束する。」
「ありがとう・・・・・・!」
ソラのその言葉を最後に、ソラはヘルメットを手に巨大な人型兵器に向けて歩き出した。
「さ、貴方達にも上がってもらいましょう。」
「・・・・・・約束を忘れるな!」
ミクオにそう言葉を残し、パイロット達が黒い機体に乗り込んでいく。
すぐにエンジン音が鳴り響き、続いてカタパルト前方のハッチが解放され、光が差し込んだ。
漆黒の機体が、咆哮の如き爆音を轟かせ、カタパルトで射出されていく。
機体が全て射出されると、ソラの搭乗した人型兵器がカタパルトに向かっていった。
一歩、また一歩と、鋼鉄の巨兵が床を踏みしめるたび、ハンガーが揺るがされる。
「ソラ!彼らと共に上空で待機だ!いいな!!」
『はい。分りました。』
機外のスピーカーから、彼の声が応答する。
機体の脚部がカタパルトに装着されると、背部に取り付けられたブースターが蒼い炎を灯した。
「ソード5。離陸を許可する。」
『了解。ソード5離陸します。』
彼の声が聞こえた次の瞬間、ブースターの炎が目映い閃光を上げ、機体を光の指す先へと打ち上げた。
光の先に彼の機体が消えると、ハッチが閉ざされ、ハンガーには、先ほどと変わらぬ静寂が戻っていた。
「さて、と・・・・・・。」
ソラが飛び立った先を細目で見つめながら、ミクオがつぶやいた。
「貴方にも詳しく話しておきましょうか。デルさん。」
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