「ちょっと」
いきなり後ろから聞き覚えのない声がした。
「あなたが鏡音レンさん?」
そして、唐突に名前を呼ばれた。
「え?」
名前を呼ばれた俺は反射的に振り返る。
振り返った直後、今度は聞き覚えのある声が俺の耳に届く。
「み、ミクちゃん!いいってば!!」
その声は俺の幼馴染、リンのものだった。
しかし、俺は幼馴染の姿を確認する前に、俺の後ろに立っていた人物を見て驚いた。
令嬢が立っている。それだけならまだよかった。
そこにいたのは、誰もが憧れるうちの学校一のお嬢様、初音ミク先輩だった。
俺が返事を返せずにいると、初音先輩が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「…ねぇ、聞こえてます?」
さすがご令嬢。
この顔の近さは常人ができる範囲を超えている。
思わず体を後ろに引いた俺を不思議そうに見つめる瞳は無駄に可愛い。
一体今まで気付かないうちに何人の男を落としてきたんだろう、この人は。
「聞こえてます、大丈夫ですから!」
叫びながら、あぁ、俺、今、絶対顔紅い。そんなことを考える。
「聞こえているなら返事くらいしてください。」
すこし不機嫌そうな顔も声も、なんか可愛い。とりあえず可愛い。
なんなんだこの人は。
「まぁ、そんなことはどうでもいいんです」
そんなことを考えていると、急に初音先輩の声色が変わった。
それと同時に、若干放心していたらしいリンが初音先輩にしがみつく。
「あ、わ、わあぁぅっ!いっ、いいよミクちゃん、気にしなくて!!」
そんなことを言うリンの顔は真っ赤だ。
…なんだ、俺、なんかしたのか?
「駄目!リンちゃんがよくても私がそんなの許せない。
…レンさん、あなた今日が何月何日か分かってますか?」
やはり俺は何かをやらかしてしまったらしい。
「何日って…3月15日、だろ?」
俺の日付感覚が狂ってなければ正解にあたるはずの答えを、俺は口にする。
間違ってないよな、と頭の中で計算を始めたとき、初音先輩が俺の頭に軽いチョップをかました。
なんだこの「ぺちっ」って感じの超可愛い攻撃は。
そんなことを考える暇があったようななかったような気もする。
直後、今度は本気(マジ)な攻撃がきた。
足のすねを、思いっきり蹴られた。
「いッッたぁッ!?」
座り込んで足を押えながら、初音先輩を見上げると、思いっきり俺を睨んでいた。
「信っっっじらんない!!ちゃんと分かってるのに何もしてないの!?」
……あ、そういうこと。
先輩が怒ってる理由も、リンが真っ赤な理由も分かった。
俺、ホワイトデーにリンに何もしてないことになってんだな。
でもまぁ、そんなこと言われてもなー とか、言い訳を考えてると、リンが俺を助けにきた。
「だ、大丈夫?ごめんね、気にしなくていいからね?」
そう言うリンの顔は相変わらず真っ赤で、初音先輩に負けず劣らず可愛い。
つーか可愛い。抱きしめたい。
「あ、あのね、私が初音先輩にちょっとレンがねーって言っちゃったからなの。
ほ、ほんとごめんね。あっ、あと私は別にその気にしてないからいいよ!
あの、えと、今年のチョコは私もちょっと手抜きしちゃったし、だから、その……」
リンの話を 嘘つけ、例年で最高傑作だったぞ とかどうでもいいことを考えてながら聞いていると
「ふ ざ け な い で く だ さ い」
初音先輩が乱入してきて、
「あなた、女の子のチョコにどれだけ大きな気持ちがこもってるのか分かってるんですか!?
そのお返しを忘れるなんて、最低です!信じられません!!
本気で気にしてないわけなんてありません、リンが可哀想ですっ!!!」
あぁ、この人は本気でリンを大切にしてくれてるんだ。
それが直で感じられるほど必死になって俺を叱りつけてきた。
そのお叱りを黙って聞いていると、リンが泣きだした。
「い、いいよぉ、ミクちゃんー…
私、別に、気にしてな…し、レンにも悪いし…
お返しなんか、別に、いらな…し、そんな…そ、んなっ……う、ふぇ…」
あぁ、もう、こいつは。
不謹慎かもしれないけど、こういうときのリンはほんとに可愛いと思う。
抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、リンの頭をぽんぽんと撫でる。
「リン」
耳元で名前を呼んでやると、少しびくっと体をふるわせた後、ぎゅ、と抱きついてきた。
その動作の一つ一つがたまらなく愛しい。
「先輩、すいません。リンの鞄、とってもらえますか?」
初音先輩はまだ不機嫌そうだったが、自分の隣に落ちている鞄を拾うと、俺に手渡してくれた。
俺はそれに軽く礼を言いつつ、鞄を受け取る。
そしてもう一度、俺に抱きついて泣いているやつの名前を呼んでやる。
「リーン。とりあえず離れろ、な?」
そう言うと、リンは一瞬だけきゅ、と強く抱きしめた後、俺から離れた。
それを確認した俺は、リンに鞄を差し出す。
リンは、少し悲しそうな顔で鞄を受け取った。
場が沈黙に包まれ、初音先輩が何かを言おうとしたとき、俺は口を開いた。
「…鞄の右側の、横にある内ポケットの中。」
リンが不思議そうな顔で俺を見つめる。
「いいから見てみろ。」
俺はリンを直視できなくて、横を向いていた。
ちくしょう、これなんて羞恥プレイだよとか考えていると、
「…えっ」
『それ』を見つけたらしいリンが小さく声を出す。
リンの手の中には、綺麗に包装された小さな箱があった。
目を丸くしながら箱と俺とを交互に見比べるリンの頬は薄くピンク色に色づいている。
「…開けないのか?」
場の空気に耐えられず、そんなことを言った。
何言ってんだ俺、自分で自分を羞恥プレイに追い詰めて いやそんなことはどうでもいい。
リンは大急ぎで箱を開けて、中身を取り出す。
そこには小さなハトをかたどったネックレスがあった。
「…自分の鞄の中身くらい全部確認しろ。」
「あ、わ、わぁ、わっ、わっ、わっ」
リンは手の上のネックレスを物珍しそうに掲げた。
そこまで嬉しそうにされると逆に恥ずかしい。
若干苦笑しながらリンを見ていると、リンがとてとてと俺の方に近づいてくる。
「レン、ありがとう。ごめんね、それと大好き。あと大好き。ほんと大好き!世界で一番大好き!!」
屈託のない笑顔でそんなことを言われる。
俺はまたも苦笑しながらはいはい、と返事をした。
「俺も大好きだよ、リン。」
その後、初音先輩に散々謝られた後お詫びとか言ってお高いカフェに連れていかれて
反応に困ったりするのだが、それはまた別のお話。
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