「さようなら、カイトさん」
甘い声が礼儀正しく別れの言葉を紡ぐ。
アンバランスな色香のある黒い舞台衣装ではなく、グレーのダッフルコートにプリーツスカートという格好はいかにも学生らしい。
歌う彼女と、歌っていない彼女はまるで印象が異なる。艶めいた黒猫は姿を消し、現れるのは可愛らしいがただの高校生だ。
人がまばらな、駅のホーム。彼女とカイトの乗る電車は逆方向。
「さようなら、ミクちゃん」
答えたカイトに初音ミクはぺこりと頭を下げて、到着したばかりの電車に吸い込まれていった。
無人のホームに一人立ち尽くした青年は、優しげに整った顔を片手で覆うと、深く息を吐いた。
白い壁に黒い小さなプレートがかかっている。Bar-Ryu、それがカイトのバイト先だった。
週末の夜限定のバイトを始めて一年近い。最初の頃は緊張して胃が痛くなったが、幸い客層も落ち着いており、酷い野次が飛ばされることや酔客に絡まれることもなかった。何よりピアノを弾くことに没頭すれば、周囲の反応は気にならない。
ロッカーから黒いベストとパンツを取りだし着替えていると、軽快な足音と共に学生服の少年が入ってきた。
「カイト、早いな」
鏡音レン、バイト仲間の少年は屈託のない笑顔でそう言うと、早速詰襟を脱ぎだした。高校に入ったばかりの少年が夜遅くに働くのは色々問題だが、レンはオーナーの親戚にあたる為にグレーにされている。レンと双子のリンも、それは同様だった。
手早くシャツのタイを結びながら、レンが声をあげた。
「あ、オーナーから伝言。今日は前回と同じ構成だってさ。三曲目前後はいじってもいいけど、ラストは変えるなって」
「了解」
「ミク姉入れたのは当たりだったな、やっぱ歌があると華やかだし」
どこか誇らしげに、レンが笑う。楽器演奏のみだったカイト達のセッションに、歌をいれたいと言ったのは鏡音の二人だった。
初音ミクは、レンとリンの従姉らしい。双子に両脇を固められて、緊張した顔で挨拶されたのは、3ヶ月前のことだ。
容姿も声も確かに可愛らしい娘だけど、人前で歌ったり出来るのかな、それが初対面の感想。
それが大きく覆されたのは、初日のステージだった。
出る前には紙みたいに白くなっていたミクは、いざ演奏が始まり舞台に立てば、後さずによく通る澄んだ声を披露した。極上のアルコールにも勝るとも劣らない歌声で人々を酔わせ、僅か一夜にして少女はこのバーにおける歌姫の地位を確立したのだ。
「ミクちゃんに負けないよう、俺達も演奏しないとね。それじゃ、行こうか」
「おう」
ニッと笑うレンが扉を開き、カイトは深海の底みたいなステージへと向かった。
力強いドラムが、空気を震わせる。メイコのリズムは時に飛んで跳ねて派手に見せながらも芯の所でぶれることがない。
主旋律を弾くルカのバイオリンは、どこまでも優雅だ。メイコのドラムと調和しながらも、滑らかな音を奏でる。
レンとリンがぴったりと息をあわせて軽快で華やかな音を作り出し、さらに曲を盛り上げる。
カイトは全体の音を聴きながら、鍵盤に指を走らせた。音の海に飛び込んで、爪先から頭のてっぺんまで浸る感覚。自由自在に泳いでいるつもりでも、一歩間違えば簡単に溺れてしまう緊張感。全てが心地よく、精神を高ぶらせる。
カイトの前には、黒い衣装に身を包んだ初音ミクがいた。漆黒のミニドレスに半透明のスカートを重ね、黒猫を模したカチューシャをつけている。迷子の子猫みたいに頼りない、華奢な後ろ姿。
前奏が終わり、少女の背中が凛とした空気を放った。
甘く麗しいセイレーンの声が、魔法のように広がる。客達がグラスを傾ける手を止め楽の音に酔う様を、カイトは何処か遠く眺めていた。
演奏を終えて、カイトはロッカールームに戻った。今日のバイトはこれで終わりだ。メイコとルカはまだ厨房の仕事があるが、カイトはあくまで演奏の為に雇って貰っているだけなので、演奏が終わればリンとレン、それにミクと一緒に帰るのが常だった。
「カイト、支度終わったぞ」
「うん、帰ろうか」
レンと揃ってロッカールームをでると、ちょうどミクとリンが出てくるところだった。
「お疲れ様です」
「帰ろ~」
ミクがおっとりと会釈し、リンが無邪気な声をあげる。
双子が仲良く先に立って従業員専用口を出ていき、カイトはミクと並んで後ろを歩く形になる。カイトは饒舌な方ではないし、ミクもリンほど賑やかなタイプではない。しかし、今日の客の反応や、アレンジのアイディア話しているとあっという間に時間が過ぎるのが常だった。
「じゃ、また来週」
「ミクちゃん、カイト、またね」
何時もの曲がり角で、リンレンと別れる。大きく手を振っていたリンの背中がレンと共に離れ、カイトはミクに向き直った。
「じゃ、行こうか」
「はい」
微笑んだミクが、するりとカイトの手をとった。いきなりふれた体温に、カイトの鼓動が跳ねる。
「わ、冷えてますね」
目を丸くしたミクは、まるで自然体だ。二人きりになると、ミクは時折こんな風なスキンシップをとってくる。天然なのか小悪魔なのか、年齢=彼女いない歴のカイトに判断する術はない。
「冬だからね。ミクちゃんが体温高いんじゃないの?」
跳ねた鼓動を悟られないように、すました顔で問いかける。ミクはそうかな、と言いながら繋いだ手に力をこめた。
「それなら、私がカイトさんを暖めてあげますよ。ピアニストなんですから、手は大事にしないと」
無邪気に笑うミクに他意はないのだろう。頬が赤いのは、きっと寒さのせいだ。
期待する感情を殺して自分に言い聞かせる。
そんなわけはない、せいぜい、からかわれているだけだ。だって、今自分の手を握っている女の子には。
――他に、好きな男がいるのだから。
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