「あら……ふふ、懐かしい」
 手の中で透けるメモリーキューブを覗き込んで、部屋の主は目を細めた。緩く纏めた白い髪を柔らかに肩へと流した、穏やかな雰囲気の老婦人だ。ちょこんと載せた眼鏡が、何とはなしに愛らしい。
「マスター? 何か良いものでも見付けました?」
 微笑みを浮かべて問うたのは、ヒトに在らざる海色の髪をした青年だった。よくよく見れば気付く、左耳のごく小型のインカムが、彼を≪VOCALOID≫だと示している。
 蒼の≪VOCALOID≫――≪KAITO≫は『マスター』と呼んだ老婦人に歩み寄り、手にしたショールを細い肩へとかけた。まだ夜は冷えますから。囁く声は何処までも柔らかく、はにかむように甘い。
 ありがとう、と婦人も微笑い、手にしたキューブに目を落とした。
「良いもの? そうね、ほら。データ整理をしてたら出てきたのよ」
 言いながら彼女がちょいとキューブをつつくと、空中に薄い板状のディスプレイが浮かんだ。桜をバックに寄り添う一組の男女が、そこに映し出されている。
「わぁ。これって、最初の年の?」
「そうそう。貴方がうちに来てくれて、初めて一緒にお花見した時のね」
「何か初々しいなぁ、俺。……見た目変わってないのに、変な感じですけど」
 宙を切り取る画面を覗き見て、カイトは何処かくすぐったげに言った。映し出されるのは、彼――今この部屋に立つ姿と、インカムなどの細かなパーツ以外は全く変わらない、彼自身――と、彼が心から愛した女性。肩にかかる髪を柔らかに流して幸せそうに笑う、彼のマスター。
 若かった彼女は歳を重ね、白い髪の老婦人になった。そして今も、彼を傍らに幸せそうに微笑んでいる。

「ふふ、そうねぇ。それを言うなら、この桜並木もそう。あの頃から変わらなくて、毎年一緒に見に行っていて……それでも、こうして見ると懐かしいわ」
「不思議ですね。何年も離れてたわけでもないのに」
「更に不思議な事にはね、毎年初めてみたいに新鮮に感動するのよねぇ。どうしてなのかしら?」
 軽く首を傾げる彼女は楽しげで、理知的な瞳を悪戯っぽく煌めかせている。出逢った頃から変わらない、長年見つめ続けてきたそんな表情が、やはり懐かしくて新鮮で。カイトはこくりと頷いた。
「……不思議です。でも、俺も解る気がします。桜だけじゃなくて、いろんなこと」
「そうね。例えば、貴方とかもね、カイト」
「俺、ですか?」
「もうずっと、何十年も一緒に暮らして、貴方はいつでも傍に居てくれて。すっかり馴染んで、何だか懐かしいような感じもして、だけど事あるごとにどきどきするのよ。こんなおばあちゃんになってもね」
 悪戯めいた風を装うけれど、熱に潤むような瞳がその言葉を真実と裏付けている。
 あぁ。最愛のひとが同じ想いでいてくれる事に堪らない幸福を感じながら、カイトは再び頷いた。
「そういうことなら俺もです、マスター。何度繰り返しても、貴女が笑ってくれるたびに世界が眩しかったり、貴女に触れるたびにオーバーヒートするんじゃないかって心配するくらいどきどきしたりして。いつでも、今でも、きっとこの先も」
 真っ直ぐに視線を絡めて言葉を紡ぐのは、彼女が教えてくれたこと。言葉はいつでも想いに足りなくて、だけど言葉にするしかないから、少しでも補えるように願いを籠めて。
 そうして、彼女はいつでも汲み取ってくれて。ふにゃりと、本当に幸せそうに、蕩けるように微笑んでくれるのだ。今も、また。
「しあわせなことね。ありがとう、カイト」
「しあわせなことです。ありがとうございます、マスター」

「今年も、そろそろ桜の季節かしら。また初めてみたいに吃驚しに行きましょうか」
 そっと遠い日の記録を撫でて、婦人はカイトを仰ぎ見た。その皺だらけの、だけれどあたたかく美しい手を取って、はい、とカイトは首肯する。
「はい、マスター。今年も貴女の好きなもの、一杯詰めてお弁当作りますね。熱々のお茶も持って」
「あぁ、流石ねぇカイト。貴方は本当に昔から、お楽しみを膨らませるのが上手だわ」
 楽しげに嬉しげに、何処か歌うように。これもまた変わらない彼女らしさで言って、クスクスと笑みを零しながら、彼女はカイトの手を握り返した。皺などひとつも無い、変わる事の無い彼の手。けれど確かに、共に日々を歩み刻んできたひとの手。
「ふふ。またいつもみたいに、ゆっくり散策しながら行きましょうね。手を繋いで、桜の祝福を受けながら、歌いながら。そうして、あの桜並木でまた記念撮影をしましょう? この時みたいに」
「はい、マスター。――貴女の方こそ、昔から幸福を描くのがお上手です。本当に」
 本当に。胸の内で繰り返して、カイトは小さな額に口付けた。心から愛する、ただ一人の彼女に。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

『いつかの話』

遠い、いつかの未来の話。

考えていた時点では、これを『あなたと、しあわせ』の前にUPするつもりでした。
実際書いてみたら、凄くトリに持っていきたくなったので入れ替え。
結果、先になった『あなたと、しあわせ』を大慌てで書くことになりましたw
カイマスSSシリーズは、ひとまずこれで打ち止めのつもり。
と言っても、このふたりで書きたいネタが尽きたわけではないので、そのうちまた書きますけどw

そういえば、ちゃんと書いた事が無かったと思うのですが。
『KAosの楽園』設定の話は、SSや季節のイベントネタも全て本編と同じ時間軸にあるものとして書いています(拍手御礼ネタなどで一部重複しているものを除く)
本編が終わって、いろんなイベントがあったり、SSに書いたような日常があったりして、その先に『KAITOful~』があって、更にそこから続いていく話があって。
その果ての果てに、こういう未来があるイメージです。

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閲覧数:280

投稿日:2011/04/27 00:09:11

文字数:1,968文字

カテゴリ:小説

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  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    おはようございます~!sunny_mです。
    しみじみと堪能させていただきました!

    なんかもう、切ないんだけど幸せを感じてしまっていました…
    相変わらずな來果さんとカイトに、ほのぼのした気持になりつつ、優しい切なさを感じつつ、ちくしょういいなぁコノヤロウwとも思いつつ…(笑)
    傍にいる大切なものを抱きしめたくなる、そんな気持ちになりました。
    そしてやっぱり表情が緩んでいる私w
    そういう優しいものを心の中に生み出せるモノを書ける藍流さんは、やっぱり凄いなぁ~。

    ではでは、素敵な文章をありがとうございました!!

    2011/05/01 09:41:29

    • 藍流

      藍流

      sunny_mさん、いつもありがとうございます!
      そして、なんかもう、有難すぎて(((( ;゜д゜)))アワワワワってなってるんですが……!
      基本的にキャラが動くに任せてるので、こんな風に言ってもらえてるよ、ありがとう來果、ありがとうカイト!という感じですw
      堪能とまで言っていただいて、本当にありがとうございますー!

      2011/05/01 15:43:27

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