あぁ、いらっしゃい。
何にしますかね、お客さん。最近の流行りはそちらのかんざしと向こうの櫛、それから……。
えっ、買い物に来たんじゃない? そりゃあ参ったね。こちとらこれでも商売だからね、客でも何でもない人の相手をしてるほど暇じゃあないんだけどねえ。で、何の用だい?
ふうん、こないだの一家四人殺しの話について知りたいのかい。そりゃまあ、おるかちゃんが出していたお店はこの近くだし、あたしも昔からおるかちゃんのことはよく知ってるけど……。
はあ……全く、あのおるかちゃんがね……。でも何となく、予感はあったというか……。
ねぇ、お客さん。ちょっと、あたしの話、聞いてくんないかな?
おるかちゃんのおっかさん。おみつさんって、名前だったんだけどね。やっぱりこの辺で仕立て屋をやってたんだよ。もう大分前の話になるんだけどね。真面目で腕が良くて、そう、ちょうどこないだまでのおるかちゃんのような感じだった。
とまあ、おみつさんは真面目ないい人だったんだけど、困ったことに男を見る目ってものがなくてね。しょうもない男に引っかかって、そいつと所帯を持っちまったんだよ。その男ってのが、おるかちゃんの父親なんだけど。これがまあひどい男でねえ。仕事もしないのに外で遊んでばかり。可哀想に、おみつさんは朝から晩まで働きづめに働いて、あのろくでなしを食わせてやっていた。あたしゃ何度も言ったんだけどねえ……あの甲斐性無しとは別れな、あんたならもっといい男がみつかるよ、って……。でもその度におみつさんったら、思いつめた顔でこう言うのさ。あたしにはあの人しかいないんです、って。その顔見ると、あたしもそれ以上何も言えなくなっちゃってねえ……。今思うともっとびしっと言っとくべきだったかもしれないね。おみつさんにはおるかちゃんがいたんだし……。
ああ、ごめんごめん、話が脇にそれちまったね。とまあ、そういう具合で、おみつさんは化粧もろくにせずに働いていた。あのろくでなしのためにね。でも、あのろくでなしはそれをちっともありがたく思ってなんかいなかった。で、あげくの果てに、どこぞの茶屋の女……確か、おふうとかいう名前だったと思ったけど、その女と深い仲になっちまったのさ。
それまでも軽い女遊びのようなものはあったんだけどね。あくまで軽い仲だったから、おみつさんは目をつぶってた。自分が一番ならそれでいいって。だけどね、この時は違ったんだ。相手の家に転がり込んで、おみつさんとこには帰って来なくなっちまったんだ。
おみつさん、辛かったんだろうねえ……とうとう、あの男のとこに行って、帰って来てくれって泣きついたんだよ。いないと淋しい、一緒にいてくれって。で、それであのろくでなしのボンクラ、何って言ったと思う?
「朝から晩まで仕事ばかりで化粧の一つもしやしない。そんな色気の無い女と一緒にいたって楽しくねえんだよ」
それがあの男の返事だったんだとさ。あたしゃ、もう、呆れて開いた口が塞がらなかったね。おみつさんが誰のために、化粧もしないで朝から晩まで働いていたと思ってたのさ。全部あのろくでなしを養うためじゃないのかって。なのにあの男、それに感謝するどころか不満の種にしてやがったんだ。
ああ、今でもはっきり憶えてるよ。おみつさんがこの店の、ちょうどその辺だよ。そこで、紅やらおしろいやらを見てたのを。あの男にそう言われたのがよほど応えたみたいでねえ。だってそうだろ、女として格下みたいな扱いされちゃあ、どんな女だって黙っちゃいられないよ。あたしゃそん時も、いい機会だからあの男とはすぱっと別れなよ、って言ったんだけどね。おみつさんったらこう言ったのさ。自分の努力が足りないのがいけないんだ。これからはちゃんと化粧もする。仕事も少し減らしてあの人との時間を作るようにするって……そう言って、化粧品を買って行ったおみつさんの顔、ありゃ一生忘れらんないね。
それからどうなったのかって? まあそんなわけでおみつさんはいろいろと頑張ってたんだけど、あの男にゃ通じなくてね。そりゃそうだろ、ろくでなしのボンクラだもの。相変わらずおみつさんのとこには戻って来なかった。痺れをきらしたおみつさんは、おるかちゃんの手を引いて、もう一度直談判に出かけてったのさ。娘の顔を見れば、あの男も正気になるかもって、思ったのかもねえ……それが間違いの元だったと思うんだけど。
こっから先は、後で人づてに聞いた話だよ。男はおるかちゃんを見ても態度を変えなかった。それどころか、そこへあの女も出てきちゃったね。男はおみつさんの前で、平然とその女といちゃついたあげく、お前はおふうと比べてこんなにも劣っている、だなんて、おみつさんの神経を逆撫でするようなことを言い始めた。たく、バカな男だよ。
おみつさんは、いちゃつく二人を見て最初はただわなわなと震えていた。だけど次第にその目がかっかと据わってきてね。男が女と歩き去ろうと背を向けた瞬間、やおら袂から鋏――こんなものを普段から持ち歩くわけがないんだから、その気はあったんだろうね――を取り出して、男の背に突き刺したんだとさ。それも一度じゃない。何度も何度も。
あたしゃその場にいたわけじゃないけど、そりゃもう悲惨な光景だったろうよ。何せ白昼堂々人を刺したんだから。おるかちゃんは可哀想に、おっかさんにしがみついて狂ったように、泣いていたって話だ。おっかさん、おとっつぁんを殺さないでって。でもおみつさんにはもう、娘の声は聞こえていなかった。男が完全に動かなくなるまでおみつさんは鋏を刺し続け、男が動かなくなると、にぃっと笑って言ったそうだ。
「これでもう、どこへも行かないわ」って。
あん? おふうはどうしたのかって? 薄情なもんだねえ。男が刺された瞬間にその場から逃げちまったそうだよ。その後の行方は知らないね。どのみち、この辺りには住めなかっただろうよ。この辺りの人はみんなおみつさんに同情してたから。
まあそんなわけで、おるかちゃんの父親は死んじまい、おみつさんは人殺しで捕らえられて、流罪とあいなった。聞いた話じゃ、流された先で数年後に病で亡くなったらしいが、その時は抜け殻みたいだったそうだ。おるかちゃんは遠くの親戚に引き取られて、この辺りからはしばらく姿を消してたんだけど、二年くらい前にここいらに戻ってきてね。あまりにおみつさんそっくりになってたんでびっくりしたよ。
うん? 人殺しの子が人殺しになるとは限らないだろうって? そりゃあまあ、そうなんだけど。あたしがおるかちゃんのことで予感がする、って言ったのは、別におるかちゃんのおっかさん、おみつさんが人を刺したからじゃあ、ないんだ。
さっきも言ったとおり、おるかちゃんは他所に引き取られて、そっちで大きくなった。で、大人になってからこっちに戻ってきた。おるかちゃんと再会した時、あたしはやっぱり懐かしくてね。ちょっと色々話をしたんだけど、その時、おるかちゃんの様子が変だったんだよ。
悪いとは思いつつも、やっぱり昔あんな事件があっただろ。あたし、それとなくおるかちゃんに、おみつさんの起こした事件について訊いてみたんだ。そしたらおるかちゃん、何て言ったと思う?
「やだ、おかみさんたら、何てことを言うんですか。私の両親はとても仲の良い夫婦でしたよ。誰か他の人と間違えているのではありませんか?」
間違えるわけないじゃないか、あんな派手な事件起こした人を。おるかちゃんはおみつさんにそっくりなんだし。でもね、おるかちゃんの口調はふざけている風でも、無理にごまかしている風でもなかった。完全に、あの事件のことが、記憶から消えていたんだ。それどころか、自分の二親はそれはそれは仲が良かった。いずれ、自分も父親のようないい人をみつけて、夫婦になるんだ。と、そればかりをやけに熱を込めて繰り返していてね。
わかるかい、お客さん。笑顔でそんな話するおるかちゃんの顔を見てて、あたしがどんな気持ちになったかが。
こういう前提があったところへ、この事件だろ。なんかあたしも、やりきれなくてねえ……。でも、何かできたのかって訊かれると、答えに詰まるし……。
お客さん、どう思う? おるかちゃんを助けられる方法は、あったのかな?
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ご意見・ご感想
栖夏
ご意見・ご感想
腕の良い仕立屋の使っている鋏なら、おそらく綺麗かつ念入りに研がれているでしょうから、半狂乱になった時の力なら可能だと思います。フォークとかだって、思いっきり刺せば太ももに食い込んだりするみたいですし…。
面白かったです!
2011/11/17 04:10:35
目白皐月
こんにちは、感想ありがとうございます。
うーん、実はこの話、実際の事件をネタに使ってるんですよ。ただ現代の事件なので、その事件で妻が夫を殺害するのに使った方法は「車でひき殺す」っつーものだったんです。要するにぶちキレて車で突進したんですが。力の弱い女性が半狂乱になって、相手を確実に殺すとなると、こういうのが確実だよなあ……って思ったんです。鋏って人間に刺さるような形状でもないですし(できなくはないでしょうが)怪我はさせられても致命傷まで行くかなあと……。筋肉って結構固いですしね。
2011/11/17 23:57:48