「街が見たい?」
怪訝な顔で王女は聞き返した。
「街って、城下のこと? そんなものを見て、何が楽しいの?」
「その土地にあった生活のための優れた工夫というのは、私の国にとっても勉強になりますから。それに、良く出来た建築や都市の景観というのは、それだけで美しいものですよ」
また訳のわからないことを言うものだ。
国内の視察の許しを願い出た公子へと、彼女は胡乱な目を向けた。
「王家の離宮や貴族の屋敷ならともかく、ただの庶民の家々が?」
「ええ」
「狭くて小さくて、汚らしいだけじゃないの。あんなつまらない場所を見たいと思う、あなたの気が知れないわ」
馬鹿にしたようにリンが言い放つ。
その様子を見ていた青年が、小さな王女に目線を合わせて屈みこんだ。
首を傾げるようにしながら、少女の目をじっと見つめる。
「あなたは興味がないというよりも、まるで城下を厭っているようです。行ってみたいと思う場所は、ひとつもないのですか?」
虚を突かれたように彼女は黙り、そして、ぽつりと小さく呟いた。
「・・・あるわ。ひとつだけ」
「彼は置いてきて良かったのですか?」
「私がレンを連れていないのは、そんなにおかしいかしら?」
不機嫌なようにも聞こえる堅い声が、小さく区切られた空間に響いた。
箱型の馬車の中には、車輪が道を転がる音と振動とが絶えず伝わってくる。
座席に向かい合う二人の間に、会話は少なく途切れがちだった。
「レンはあくまで私の召使よ。連れて来る来ないは、私が決めることだわ」
強気な言葉とは裏腹に、常に傍から離さない召使ではなく、求婚者の青年だけを伴った王女は、ひどく神経質で落ち着かない様子を見せていた。
何度も馬車の外を覗いては座席に戻り、しきりに指を組み替えている。
どれほど同じ動作を繰り返した頃か、王女の手が窓際に下がる紐を引いた。
鈴の音と共に、小さな嘶きがして馬車が止まる。
「着いたわ。・・・ここよ」
御者の手も待たずに扉を開け放ち、彼女は石畳の上へと降り立った。
行く手には高い塀と、そして真昼にも関わらず堅く閉ざされた門扉、門の向こうには貴族の館と思しき建物が覗いている。
後から馬車を降りた青年に続くよう指で招き、彼女はその閉ざされた門へと向かった。
「門を開けなさい」
まっすぐに歩み寄ってくるなり居丈高に命じた少女に、見張りの若い兵士は戸惑った顔を向けた。
「・・・ここは何人たりと立ち入らないようにとの厳命です」
「その命令をしたのは私よ。私が開けろと言っているの」
「しかし・・・」
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ぱっくりと口を開き、少女の顔と青年とを交互に見やる。
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小さな声で囁き、彼は兵士の肩を叩いた。
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やがて、どれほどぶりか、長い時間を思わせる軋んだ音を立て、開かれた門は訪れた者たちを招き入れた。
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第13話】前編
年末ギリギリ更新です。お兄様と王女様、お忍びデート(違)
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http://piapro.jp/content/wjwjqy6s6jfdko3c
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