「随分と回りくどい真似をされる」
夜の闇に沈む部屋に、ひっそりとした声が落ちた。
室内の明かりはない。窓の外、時折雲間から顔を出す微かな月明かりだけが、僅かな光源だった。
「何のことだ?」
静かな声を返す部屋の主は、暗闇を気に止める様子もない。
暗い色の髪は周囲の闇に溶け込んで、その輪郭も定かではなかった。
「最初の求婚で王女を怒らせたのはわざとでしょう」
一人掛けのソファの傍らに膝を突く影が、顔を上げた。
「単に国家間の和平を持ちかけても、王女は政治には興味がない。ところが己の結婚となれば話が違う。良い印象にしろ、悪い印象にしろ、王女の興味はあなたを向いた。それは、シンセシスにいるミクレチア様から視線が逸れたことを意味する」
ちょうど雲間に隠れていた月が出たのか、窓から差し込む青白い光が、闇に浮く白銀の髪と紅い瞳とを照らす。
同様に照らし出された若き主の口元は、仄かに笑んだまま開かれることはない。
無言の中の答えを汲み取り、ハクはやれやれとため息をついた。
「だからと言って、よくあの我が侭王女の相手が出来ますね。普通は怒りますよ。あの傲慢で身勝手で分別のない態度ときたら・・・」
側近が恨めしげに垂れ流す愚痴を、カイザレは慣れた様子で聞き流した。
「あのくらいは可愛い我が侭だ。うちのお姫様と大差はないよ」
「ミクレチア様とですか?」
「そうだな。彼女はミクの小さい頃によく似てるよ。我が侭加減といい、押しの強さといい」
「・・・・・・そうでしょうか」
不服そうな腹心に小さく笑う。
「我が侭を我が侭と相手に思わせないのがミクの特技だが、あの王女は驕慢さがかえって魅力になるタイプだな。敵も多いが崇拝者も多いだろう」
「あなたはどちらです」
カイザレが口端を持ち上げた。
「求婚者としては後者だろうな」
「それを本気でこの先も続けるつもりなんですか」
ハクの声には、明らかな不満が篭もっていた。
「このまま、この国に留まり続けるのは危険です。あの王女は、国の体面や政治のバランスなど、まるでお構いなしだ。気まぐれな子供の機嫌ひとつで、あなたの身にも危険が及ぶかもしれません」
強い警戒を含む忠告を、けれど主人は意にも介さなかった。
「どうとでもなるさ。それよりミクの安全の方が先だ。王女の気を逸らしている今の内に、ボカリアへ連れ戻す方法を考えないと」
「何度、機会を作ったところで、ミクレチア様ご自身のご意思がなくては難しいでしょう。あれほどの口実を設けても、なお、あの国に留まることを選ばれた。それが、あの方の答えでは?」
「――では、ミクを見捨てろと?」
もどかしさから、つい無遠慮なものになるハクの進言に、カイザレの声の温度が下がった。
怯みはしたものの、ハクは退かず意見を続けた。
「大公はそのおつもりでしょう。このままでは、あなたまでご不興を買いますよ。ただでさえ、大公の御名で強引にクリピアを煽ったことを、大公は不快に思われています」
「お前が父の機嫌を気にするとはな。保身を考えるなら、今すぐボカリアに戻るといい」
素っ気無く言われ、ハクは主へ戸惑う視線を向けた。
「・・・お怒りではないのですか。ミクレチア様のご選択を」
「ハク」
名を呼ぶ声音に、はっと口をつぐむ。
「ミクが私の意志に背いたから、それで私がミクを見捨てるとでも?お前、まだ分かっていなかったのか?」
カイザレの細めた蒼い瞳に、暗い影が揺らいだ。
「怒っているとも。この上なくな。あれがあの男の傍を望んだからといって、そう簡単に手放してやれるとでも思うのか」
平坦な口調の底に激しいまでの苛立ちを篭めて、カイザレが吐き捨てる。
そこには少女へのものだけではなく、己や父への苛立ちをも含んでいた。
シンセシスとの婚姻がほんの一時の芝居であると思えばこそ、カイザレは渋々ながら父の案を飲んだのだ。
こんな結果になるとわかっていたら、頷かなかった。絶対に。
「・・・出過ぎたことを申し上げました」
短い謝罪を口にし、ハクは主の足元へ頭を垂れた。
「ご命令を。私の仕事があるからこそ、この国へお呼びになられたのでしょう」
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第12話】
短いですが第12話です。
なんだか珍しく兄様が偉そうな(笑)
年内でもう一話進めたいところです・・・。
第13話に続きます。
http://piapro.jp/content/86nlw1fpmy17e152
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もっと見る「街が見たい?」
怪訝な顔で王女は聞き返した。
「街って、城下のこと? そんなものを見て、何が楽しいの?」
「その土地にあった生活のための優れた工夫というのは、私の国にとっても勉強になりますから。それに、良く出来た建築や都市の景観というのは、それだけで美しいものですよ」
また訳のわからないことを言う...「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第13話】前編
azur@低空飛行中
おぼつかない足取りで自室へとたどり着く。
「ミク様?どうなさいました」
扉を押し開き、出迎えてくれた侍女の優しく気遣う声に、ミクは糸が切れたようにその場に座り込んだ。
「ミク様!?」
「ローラ・・・お兄様が」
どこか呆然としたままの声音に、駆け寄った侍女の顔に動揺が浮いた。既にどこからか知らせを聞き...「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第10話】中編
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「お忙しい?今入ったら、お邪魔かしら」
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