「お兄様」
軽いノックの音に続けて、少女は扉の隙間から室内を覗きこんだ。
「お忙しい?今入ったら、お邪魔かしら」
扉から半分だけ顔を出し、遠慮がちに声をかける。
その声に、調べ物のために自室に篭もっていた彼女の兄は、手にしていた書物から顔を上げた。
いつも穏やかな蒼い瞳がこちらを向く。
「そんなことないよ。どうしたの? そんなところに隠れて」
「ふふ」
首を傾げるカイザレに悪戯な笑みを浮かべ、ミクは隠れていた扉の陰から、勢いよく部屋に飛び込んだ。
勢いついでに部屋の中央で、くるりとターンも決めてみせる。
ドレスの裾がふわりと広がり、上等な生地を使ったそれは音もなく静かに足元へと沿った。
「今夜の夜会のドレスよ。ねぇ、似合うかしら」
突然のことに驚いたのか、目を見張ったままの兄に問いかける。
つかの間、彼は初めて見るもののように妹を見つめ、それから目を細めて微笑んだ。
「よく似合ってるよ。でも、今のはレディの作法じゃないな」
からかう声に、ミクはむっと唇を尖らせ、それから今度はドレスの裾をつまんで、出来る限りの優雅なお辞儀をして見せた。
「今度はいかが?」
「合格。見事に一人前の貴婦人だね、ミク。見違えたよ」
「やっと社交界に出られるんですもの。今夜はお兄様が私のエスコートをしてくれるんでしょう?」
褒め言葉に、嬉しさを隠さない声音が弾む。
軽やかな足取りで兄の傍に駆け寄り、ミクは差し出された手に引かれるまま、その膝に乗った。
それこそレディのお行儀ではないが、促したのが当の兄なのだから今度は文句もつかないだろう。
温かい胸に背中を預け、しっかりと支えてくれる腕に甘える。
「もちろん。他の誰にも任せられないよ」
「良かった。お兄様が相手なら、ダンスだって絶対に失敗しないわ」
ミクは振り返り、満面の笑顔で兄の顔を仰いだ。
「それでね、実はお願いがあるの、お兄様」
「得意技が出たね。何だい?」
思わず、といったようにカイザレが笑み零した。
「後で髪を結い上げたら、髪飾りの代わりに生花を使おうと思ってるの。そのお花を選んでくれる?」
「また、難問だな」
「何だって良いのよ。お兄様が私のために選んでくれるのが大事なの」
「だから難問なんだよ。ありふれた花は選べないだろう。・・・ああ、そうだ。それなら――」
ふと思いついたようにカイザレが伸ばした手が、小さな机の脇に飾られた花瓶の中から一輪の花を抜き取った。
黄色い薔薇だ。
ミクは首をかしげた。
薔薇はともかく奇妙な色だ。今夜のミクのドレスは薄紅の絹に細かな金糸の刺繍をあしらったものだ、鮮やかな黄色が合うとも思えない。
「お兄様?」
問いかけるように兄を見上げる。
ゆっくり立ち上がる動きに合わせて、その膝から滑り降りれば、足元に流れ落ちたドレスの裾が揺れた。
黄色い薔薇を手に彼は優しく微笑んだ。
まるで愛しい者を見るように花を見つめ、彼はミクの存在を忘れたかのように背を向けた。
「お兄様・・・!?」
「・・・君に最も相応しい花を」
乞うように差し出される手の先は――
「やめて―――!」
その先の光景を拒絶するように、ミクは声の限りに悲鳴を上げた。
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第14話】後編
やっとここまで書けた・・・!ちょっとだけカイミク編。
長らくお預けを食った分、私にしては甘々にしてみましたv
とりあえず、今回の話で自分的宿題(笑)が消化できて満足です。
明日から仕事始めなので、次回更新はちょっと間があくかもしれませんが・・・
第15話に続きます~。
http://piapro.jp/content/v951yqjom2n7movd
コメント3
関連動画0
ブクマつながり
もっと見る「街が見たい?」
怪訝な顔で王女は聞き返した。
「街って、城下のこと? そんなものを見て、何が楽しいの?」
「その土地にあった生活のための優れた工夫というのは、私の国にとっても勉強になりますから。それに、良く出来た建築や都市の景観というのは、それだけで美しいものですよ」
また訳のわからないことを言う...「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第13話】前編
azur@低空飛行中
おぼつかない足取りで自室へとたどり着く。
「ミク様?どうなさいました」
扉を押し開き、出迎えてくれた侍女の優しく気遣う声に、ミクは糸が切れたようにその場に座り込んだ。
「ミク様!?」
「ローラ・・・お兄様が」
どこか呆然としたままの声音に、駆け寄った侍女の顔に動揺が浮いた。既にどこからか知らせを聞き...「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第10話】中編
azur@低空飛行中
もう間もなく結婚式が始まる。
ここ、シンセシスの若き国王と、その王妃となる人の結婚式だ。
式典までの半端な時間を、リンは式典の行われる広間ではなく、程近い中庭で過ごしていた。
広間の中では大勢招かれている他の賓客たちが口々に主役の二人の噂話で盛り上がっている。
若い国王の美男子ぶりや、そのくせ浮いた...「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第2話】
azur@低空飛行中
乗り合いの馬車を拾って、次に連れて来られたのは大きな広場だった。
中央に芝生を設け、いくつかの噴水が点在し、そこらに鳩が群れている。のどかな眺めだ。
「あれは?」
広場の奥まった所に、一際目立つ豪華な佇まいの建物がそびえている。
「あれはこの街で一番大きな劇場よ。ところでメイコ、教会ミサ曲の安息の祈...「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第0話】後編
azur@低空飛行中
「お兄様が・・・、クリピアの王女に求婚・・・」
届いたばかりの知らせを、ミクは緩慢に繰り返した。
簡単なはずの音の羅列が上滑りして、まるで頭の中に入ってこない。
全身をすっぽりと薄い膜に覆われて、周りの全てが遮断されてしまったかのようだ。
目の前で安堵に沸く閣僚達の姿さえ、ひどく遠い景色に思える。
...「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第10話】前編
azur@低空飛行中
「随分と回りくどい真似をされる」
夜の闇に沈む部屋に、ひっそりとした声が落ちた。
室内の明かりはない。窓の外、時折雲間から顔を出す微かな月明かりだけが、僅かな光源だった。
「何のことだ?」
静かな声を返す部屋の主は、暗闇を気に止める様子もない。
暗い色の髪は周囲の闇に溶け込んで、その輪郭も定かではな...「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第12話】
azur@低空飛行中
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
azur@低空飛行中
ご意見・ご感想
やだなぁ、Sなんかじゃありませんよ・・・(微笑)
ご感想ありがとうございます~v
ドキドキして頂けましたか~。嬉しいお言葉ありがとうございますv
ラストまで緊張感を保っていきたいです。しかし、せっかくドキドキして頂いてるのに、その方向がちっとも色っぽい方に向いてない気がするのはどういうことだとは、書いている自分が一番ツッコみたいところ(笑)。
本ですか~。それは考えたことなかったです。実はこんな長編を書いたのは、自分でも初めてなもので。さすがに、こんなに長くなるとは夢にも・・・(汗)
ブクマもありがとうございます~!
兄さんがあまりにもボッコボコにならないうちに、続きを頑張ります~(笑)
2009/01/10 12:08:26
痛覚
ご意見・ご感想
ちょ!え?!
良いところで次回なんですか?!
azurさんってSですか?;;
いつも展開にワクワクさせて頂きながら拝見させていただいております。
それにしても、話の運び方がうまいですね!!読んでてドキドキします!!
いっそのこと本とか出しちゃえばいいと思いますよ♪
それくらい好きです。
次号をお待ちしています
それまで兄さんを脳内フルボッコしまくります(笑
かなりいいところなのに・・・!!
いち早く気づけるようにユーザーブックマークさせていただきます。
2009/01/09 16:41:30
azur@低空飛行中
ご意見・ご感想
ふふふ~、まさかのおあずけですv
いやぁ、美味しいところで、待て次号!って感じのを、いっぺんやってみたくてですねー(笑)
とはいっても、あまりお待たせしないように頑張りますので、最後の最後でつれない兄さんを脳内フルボッコにしつつお待ちくださいませ(笑)
待て次号!<次週じゃない辺り・・・
2009/01/07 17:41:27