第四話 馴染みの顔

 この世界には、「四季」という概念がある。
魔界にはそんなものなかった。

 晴れ、曇り、雨、雪、雷、それはあったけど、季節。
これはなかった。

 人間界で言うところの、ずっと春だったのだ。

 
 そして、早いことに実習に来てもう1年が過ぎた。
しかし、まだ課題は少しも進んではいない。

 まず、私の課題は遭遇困難だからだ。
遂行しようがない。


 そして、私は江戸で2度目の秋を迎えた。




 「れん、こっちも手伝っておくれよ」

 

 そういうのは、ここ、白粉屋「寿々屋」の、おかみさん。
私は1年たって、だいぶ仕事ができるようになったと思う。

 道だって完璧に覚えた。
 言葉だってもう、一人称が変わってしまうほどに、馴染んだ。
 習慣はもう――言わなくてもわかってくれるだろう。


 私は、完全に「江戸の世に数いるただの一人の奉公人」になっていた。


 店の品物を綺麗に並べる。
こういう、白粉は、綺麗に並んでいるほど、使ってみたくなるものだと思う。

 日々若いおなごが、白粉や、紅を求めてやってくる。
そのおなごたちにもよくしてもらっている。


 忘れかけていた。

 自分がヴァンパイアだということ。
あの人や、あの子のこと。


 


 「―――随分と、働き者じゃないの、レン?」





 何所か聞き覚えにある声が、店表でした。
気になって、そちらへ振り向く。




 「―――あ――――」




 立っていたのは、この辺では見かけないおなご
けれど、見たことはあった。



 「―――ぐみ―――?」


 

 その私が「ぐみ」と呼んだおなごは、にやりと口元で笑った。
そして、店の中へ。



 「久し振りね、レン」


 「ぐみ……」



 品を並べていた手が止まる。
ああ、今日は常連の家へ持っていかなければならない品があるというのに。

 どうしたことだろう。

 どうしてぐみがこんなところに―――?



 「れん?どうしたの―――お友達―――?」


 おりんさんが、私に訊く。
急に手が止まったから、心配してくれたのだろう。

 
 「は、はい。里の―――古い友達でして―――」

 
 「――そう、お友達が来てるのに、仕事なんていいわ。奥の客間でゆっくり話してらっしゃい」


 本当におりんさんは良い人だ。


 私はぐみを連れて、奥の客間へと、足を進めた。



 唐紙をあけて、畳に座る。


 先に口を開いたのは、ぐみだった。


 「あんた。課題、終わったの?」

 「―――まだだけど」

 ふっと、ぐみが息を零した。


 「―――早く帰ってきなさいよ、レン」

 「――――でも……」


 どうしても、帰りたくはない。
どうしてだろうか。


 帰りたくないんだ。


 「―――はあ―――。そっかそっか、もうちょっと穏便に済ませてあげても良かったんだけど……アンタがそういうなら、仕方ない。―――力尽くでも、連れ返す」


 「え―――?」



 ぐみは一つ、にやっとした後、自分の手首に懐から取り出した刃をあて、そっと引いた。


 ―――どく……


 心臓が大きく、そしてゆっくり、跳ねた。


 駄目だ、見てはいけない。
これ以上見たら、私は―――私は――――!!!


 どうしたらいい――わからない。


 ぐみの手首から次第に、流れ出す、赤い液体。




 ――――どく…ん





 「――あ……あああ……あう…え――――ぐ、み―――やめ―――」


 「言ったよね、力尽くでも連れ戻す。現にほとんどの生徒が課題終えて帰ってきてるの。あとは実質、あんただけよ。もう、落ちこぼれなんて言われたくないんでしょ、目を―――逸らさないで―――」




 “ここのことは、誰にも秘密―――”

 “秘密?”

 “そう。私のことがこの世界にばれたら、きっとあなたは殺されちゃう―――”




 蘇る。
幼い記憶。

 何も知らなかった、愚かだった。




 “お前が、責任を負って、やれ”




 “嫌だ!僕は―――”




 “ごめんね―――私の所為で”










 
 僕の、所為だ。

 あの日、僕がそうしていなければ。
違う未来になったのかな―――。



 あの人と―――笑っていられたのかな―――。



 今はもう、わからないけど。



 あなたのことを、思い出すのを忘れてた―――ごめんね―――。
思い出すのが怖かったんだよ。


 僕は、臆病だ。


 臆病で卑怯で無知で、泣き虫で弱虫で、何にもなくて空っぽで―――。







 だからこの世界で出会えた、貴方に似ているあの女のことは、笑って暮らしたかった。
笑ってたかった。






 いつか、この思いが誰かに打ち明けられる時がきたなら。




 君に聴いてほしい―――。








 その時は。









 きっと――――――。
























ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ノンブラッディ

閲覧数:181

投稿日:2012/09/15 09:42:34

文字数:2,112文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連動画0

  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    グミちゃんが素敵!w
    もう、レンのこと気にしまくりじゃないか!ww
    もう、くっつけ←いやいや、だから

    2012/12/22 08:37:41

    • イズミ草

      イズミ草

      ですです!
      ツンツンですww

      2012/12/22 16:34:02

  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    レン…いったい何があったのか。
    闇がレンの過去をのみこむような。

    2012/09/17 14:41:16

    • イズミ草

      イズミ草

      ターンドッグはん。
      それを言っちゃあ、おしまいよぉ。

      だんだん、あきらかにしていく
      予定です。ww

      2012/09/17 15:07:33

オススメ作品

クリップボードにコピーしました