時は流れて、裏社会にある噂が流れ出す。
それはとっても恐ろしい噂だ。
闇夜に響く幼い歌声。
やさしく闇夜に響き聞くものを魅了する、その歌声を聴いたのならば確実に命を落とす。
『セイレーン』と呼ばれ恐れられている殺し屋の噂だ。


深夜0時丁度、月が綺麗な空の下、とある海辺の倉庫街の一角にジェシーの姿があった。
右耳には無線通信用のインカム、右手には愛銃が握られている。
「リン、準備は良いか?」
押し殺した声で無線に向かって話し掛ける。
「問題ありません、いつでもいけます」
リンは倉庫の屋根から下を見下ろしている、暗闇に溶け込むように黒いフード付きの小さなコートを着ている。彼女の目は、暗視装置となり眼下の光景を静かに眺めていた。
「ターゲットの状況は?」
ジェシーからの通信でリンは眼下の状況を伝える。
「人数は、ターゲットを中心に護衛が8人円状に展開。武装は護衛がP90を所持、ターゲットは手ぶらですが、服の下に膨らみがありますので銃を形態していると目されます」
リンは目を望遠鏡のように近い視点に変えたりして、状況の分析をする。
「伏兵とかはどうだ?」
「現状確認できません」
「なら、この前追加した赤外線で見て見ろ」
「了解・・・」そう言うとリンの目の色が現状、水色だったのが緑色に変化する。
「伏兵確認、三人です。マスターの近くに一人。ターゲットから二時の方向と五時の方向に居ます。展開範囲は約25ヤードです」
「意外と広範囲だな・・・、了解。始めてくれ」
「イエス、マスター」
リンは目をつぶる、一呼吸おくしぐさをしてから大きく口を開いた。
歌を歌う、幼き少女の声で。歌は「アヴェ・マリア」。
やさしき旋律はジェシーの狙うターゲットの男と護衛の男たちの耳に届く。
「こ、これは・・・歌?」「どうした、体が言うこときかねぇ!!」「くそ、噂の奴か!?」「セイレーン・・・」様々な言葉で騒ぎ立てる男達。現場は混乱の渦に飲み込まれていく。
その混乱に乗じてジェシーが飛び出す。一人、また一人と一発の弾丸で護衛の男達を倒していく。
冷や汗を流しながら、やっとの思いで懐から銃を取り出したターゲット。しかし、時は既に遅い。銃の撃鉄にジェシーが指を掛けて銃身をしっかりと掴む。これではいくらトリガーを引いても弾は出てこない。
「残念、よくがんばったな・・・」
そう言って、ターゲットの額に銃口を向ける。
「てめぇかよ・・・、道理で今までやられた連中がの歯が立たない訳だ・・・」
倉庫の外筒の光でジェシーの顔があらわになり、それを見たターゲットは観念したように苦笑いを浮かべる。
リンが最後の旋律を歌いきった所で、銃声が響いた。


ジェシーの名前はいつしか薄れて行き、『セイレーン』の名前が大きくなっていった。
しかし、それはジェシーが殺し屋として足を洗った訳ではない。
ジェシー自身が『セイレーン』の一人。
リンの歌声には特殊な周波数が組み込まれ、聞いた人間の感覚神経などを麻痺させる。それが『セイレーン』の歌の真の目的。歌声により一時的な混乱を引き起こしてジェシーがその混乱に乗じて敵を掃討するという形だ。これにより、今までパワードスーツで体をいじめる事も無く楽に仕事が出来るようになった。
殺しの成功確立は跳ね上がり、いつしか殺し屋最強とまでささやかれていった。


そんなある日の出来事。


「マスター、私には歌だけできちんとマスターの役に立っているのか心配です」
昼下がり、ジェシーは自宅のソファーで珈琲を片手にタバコを吸っている時に、リンが急にそんな話を切り出す。
「お前の歌があるから、俺は自由に動けるんだ。それで俺は満足だぞ」
リンはジェシーの隣に寄り添うように座る。
「でも、前線に立っているのはマスター。一番危険です」
リンは心配ですと言いたげな顔でジェシーを見つめる。
「大丈夫だよ、お前は何も心配しなくていい」
そう言って、リンの頭を撫でる。リンは嬉しそうな表情を浮かべる。
(そう、お前は心配しなくていい・・・)心で強く考える。
「私だって、銃の撃ち方もきちんと覚えましたし・・・」
呟くようにリンが言う。
その言葉にジェシーは苦笑いで返す、「護身の為だよ」と言って。

アマンダとの一件の後、リンは戦闘用としてカスタマイズを受けた。骨格フレームは強度の高いものに交換され、関節のモーターは高い負荷にも耐えられる物になっている。目は暗視装置、赤外線過視化装置や視界情報の解析装置などのバリエーションに飛んでいる。
武器内臓などのカスタマイズは無いものの、ジェシーに叩き込まれた戦術論は今では単体での仕事も可能になってる。生身とロボットという事をふまえるとジェシーよりはるかに優れているといえるだろう。
しかし、ジェシーはリンを前線には立たせる事はしなかった。

ライセンス

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奏でる想い歌~捧げるは賛美の歌か鎮魂の歌か・・・~5

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投稿日:2009/06/16 20:22:42

文字数:1,995文字

カテゴリ:小説

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