ゆっくりと上を見上げる。見上げた先には光が漏れている。
光は徐々に近づいてくる。エレベーターが作動音とアラームを轟かせ、私を暗い地下から明るい地上へと連れて行ってくれる。
やがてエレベーターはゆっくり止まる。そして、まっすぐ見つめた目線の先には、雲ひとつない青い空!
ああ、今すぐこの背中にあるこの翼で思いっきり舞い上がりたい!
わたしは準備ができたことをヘッドセットのマイクに向かって言った。
次に耳に聞こえる言葉が待ち遠しくてたまらなかった。
◆◇◆◇◆◇
とある海域一万五千フィート上空…。
<<こちら空中警戒機ゴッドアイ。空戦テスト参加各機へ、データ収集対象のFA-1が離陸した。残りおよそ五分で所定位置に着く。許可が下り次第テストを開始せよ>>
「了解。」
遥か上空の空中管制機から届いてくる無線に、俺は律儀に応答する。
<<しかし隊長。本当に俺たちと「あれ」が戦れるのかねぇ。しかも二対一。そんでこっちは最新鋭機なんだぜ>>
部下の機体からつまらなそうに無線が入る。
「対空戦闘能力は実証済みだ。俺たちでもどうなるかわからないんだよ。」
そんな部下の発言に、俺は律儀に対応した。だが、俺も部下と同じ気持ちだった。
日本防衛空軍水面(みなも)基地第302戦術戦闘飛行隊の戦闘機乗りである俺達は 今、空にいる。今日空に上がったのは、新型汎用戦闘機と呼ばれる機体の空戦テスト、いわゆる模擬戦のためだ。例の対戦相手は無人機だが、その性能は数機の第五世代戦闘機をも余裕で相手にできるといわれている。しかし、その機体を目にした俺は、いやそれを目の当たりにした誰もが、目を疑うだろう。本当に戦闘機械なのかと。なぜなら……。
<<こちらゴッドアイ。テスト機が所定位置に着いた。ヘッドオン。高度差なし。テストを開始せよ>>
その無線と同時に、俺はグラスコックピットのレーダー警戒装置に視線を向けた。小さな光点が遥か前方からやってくる。あれだ。
「了解。ソード1、交戦。」
俺は戦闘開始を告げた。
<<ソード2、エンゲイジ!>>
続いて部下も。
「空対空モード。シミュレーション用仮想AAM準備。」
俺はすでに前方にわずかに見える黒い標的に照準をあわせていた。ヘッドアッドディスプレイに標的を表す緑の四角形の枠が表示される。それにひし形の赤い枠が重なる。アラームが鳴り出す。
「ターゲット、ロック……フォックス2!」
◆◇◆◇◆◇
「始まりましたよ。博士……。」
まるで王様のようにふんぞり返った様子で椅子に座る彼が、僕に声を掛けた。
高級将校の制服を着ている、しかし青年ほどの若い男性。細い顔で、白髪を後ろで結び長い前髪で右目が隠れている。加えて目つきも悪い。その容姿は決して他人に好感を与えられはしないだろう。
彼の爬虫類のような鋭い瞳は目の前にある超大型ディスプレイに向けられていた。
ディスプレイには今回のテストのデータを収集している空中警戒機からテストの様子がリアルタイムで送信されていた。
「おお。ご覧ください博士。彼らが苦戦していますよ。たいしたものです」
常に丁寧語ではあるが、どこか人を見下しているアクセントだ。
「僕は……。」
出かけた言葉を、一度飲みこむ。一度に全部言う気にはなれない。
「ん?」
「僕はこんな……こんなことのために彼女をあなた達に預けたんじゃない。」
「こんなこと?こんなこととは人聞きの悪い。一度お伝えしたでしょう。我々の研究に彼女を使わせていただくと。ですからこういうことももちろんあるのですよ博士。」
彼がの顔が不愉快極まりない笑みを浮かべる。
「それにこれは彼女が心から望んだことでしょう。ここにきたことも実験を受けたのも。あなたの娘に等しい彼女の希望じゃないですか。彼女が喜ぶことは博士にとってもよいことでしょう。私達は彼女の希望もちゃんときいてあげていますよ。」
「じゃあ、それが兵器になるということでもですか! 彼女は何もしらない!」
僕は堪えきれず、声を荒げた。こいつの話し方は本当に腹が立つ。
「だから約束したでしょう。兵器になどしません。データが手に入ればいいのです。」
「データを手に入れた後、彼女をどうするんです。」
「さあ。それはまだまだお知らせできませんね……。網走博士。ご自分の待遇を今一度思い出されてください。」
◆◇◆◇◆◇
<<くそっ!なんだありゃあ!!ミサイルもガンもあたらねぇじゃねぇか!!>>
部下の怒鳴り声とともに何かを叩く音が聞こえた。部下の機体の方に首を向けると、キャノピーを殴っていた。
テストはすでに終了していた。そう。俺達が負けた。しかも僅か2分で。
あらゆる機体を遥かに凌駕する性能を持つ戦闘機と、それを操縦するために改造手術をうけた精鋭パイロットである俺達が二機で相手をしても勝てなかった。
俺達を一瞬で敗北させた無人機。それは、飛行用ウイングを付けた、戦闘用アンドロイドだ。
赤と黒の塗装を施された猛禽類の翼のようなウイングと、それと同じカラーの重厚な鎧。アーマーGスーツ。その姿はまるで悪に染まった堕天使を連想させた。とにかくそいつは高速で飛行中あらゆる方向に軌道を変えるため背後を取ることができずロックオンすることさえままならなかった。そしてやつは両肩に搭載された兵装で俺達をいとも簡単にロックオンした。ディスプレイにシミュレーション上撃墜されたことを示す「LOST」が表示されたときは、何が起こったか、理解できなかった。
「そう怒るな。麻田中尉。あれは・・・しょうがないことだ。」
<<何でそんなことが言える。>>
「あいつが俺達より強かったってことだ。」
<<……>>
部下の途絶えた仮に俺の言葉が正論だったとしても、彼も俺も、この敗北という結果に納得できるはずはなかった。
「こちらソード1。テスト終了。基地へ帰投する。」
<<ソード2、帰投する>>
<<こちらFA-1帰投する>>
「!」
すっかり忘れていた。さっきまで私語の話題にしていた例のアンドロイドは俺の真横にいたのだ。
<<やあ>>
こっちに向かって手を振っている。のんきなものだ。
<<なかなか楽しかった。>>
そういってやつは俺達を追い抜いて飛び去っていった。
FA-1。空にいるときは皆あれのことをそう呼ぶ。コールサインだ。
戦闘用アンドロイド。あれは俺達が駆る戦闘機となんら変わらない。
しかし、なぜ?
あれには感情があり、感覚があり、嗅覚、味覚もある。なぜ戦闘機械が、そんなものをもっている? あれは人間の少女の姿をしている。どうしてそんな必要がある?
あれには型番ではなく名前がある。「雑音ミク」という名が。
<<総合司令部へ。こちら空中管制機ゴッドアイ。テスト終了。これより本機も帰投する。>>
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