「沢口さん!」
「雅彦君、ここは病院だよ。静かに」
そう沢口からいわれ、慌てて口を手で塞ぐ雅彦。ここは病院の沢口の個室である。部屋に入るなり口頭一番叫んだ雅彦を沢口がたしなめる。
「すいません。その…、沢口さん…、大丈夫ですか?」
「大事をとっての検査入院だ。だから雅彦君が気にすることはないさ」
「良かった…」
安心する雅彦。その笑顔を見て、沢口は微笑む。
「沢口君にはそんな感じの笑顔が似合うな」
「本当に良かったです。カラオケボックスで沢口さんがうずくまられた時は本当にどうしようかと」
「私だって自分の体に何か不調があったら、それ相応の対処をとる位の分別はあるつもりだ。だから、当然のことをしたまでだ」
当然といった感じでいう沢口。
「そうですよね」
「しかし、病院というのは暇な所だな。部屋も殺風景だし、看護師も応対が事務的だな」
つまらなそうに話す沢口。
「怪我や病気をなおすための所ですから、仕方ないですよ」
「こいつを持ってきて良かったな」
そういって沢口は脇のテーブルからPCを取り出す。それは沢口がいつも執筆に使っている端末だった。
「…沢口さん。たまには仕事を忘れられてはどうですか?」
雅彦が呆れたようにいう。
「私にとって執筆は仕事ではないさ。それに、何もせずにぼーっとしているのは性に合わない。雅彦君だって、私の新作を読みたいだろう?」
「それは否定できませんが…」
「だったら良いじゃないか」
「…ですが沢口さん、せめて病院にいる時位は…、退院すればいくらでも時間はできますよ」
「…分かった。そこまで雅彦君がいうなら…」
あくまで食い下がる雅彦にとうとう根負けしたのか、渋々といった様子で沢口は端末を片付ける。
「…しかし、小説が書けないとなると、どうするかな?ただ単に外を見ているだけ、というのも、性には合わないのだがな」
つまらなそうに話す沢口。
「それなら、僕と話をしましょうか」
「まあ、それしかないな。雅彦君、話につき合ってくれ」
「もちろんですよ」
「それじゃ、この前のボーカロイドのライブの時の話だが…」
「それじゃ、僕は帰ります」
「ああ、気をつけてな」
「そうだ、沢口さんが退院したら、また、カラオケにいきましょう」
「そうだな、また、歌いたいな。ここで入院している時のうさばらしも兼ねて」
「約束ですよ」
「ああ、もちろんだとも」
そう沢口にいわれた雅彦は沢口の病室を出る。ナースステーションで挨拶をしてフロアをあとにした。
「…?」
雅彦は振り返る。しかし、誰もいない。
(何だ…、この感触…)
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