そのままどれだけの月日が経ったのだろう。ただ牢の中で無為に思考を巡らせる日々。だんだんと何も考えていない時間が増えたように思う。新しい情報はなにも与えられず、生きているというより、そこにただ在るような存在になっていった。
少し空気が柔らいだ頃、リンが牢へ来た。何ヵ月かぶりに見たリンは憔悴しているように見えた。目は鈍く光り、何日も眠れていないようだった。目線は床に落としたまま、いつかの夜のように僕らは無言だった。しばらくして、僕はリンに話しかけた。あんなに重い沈黙を破るのはとても勇気がいった。けれど、言葉は素直に出た。
「リン、大丈夫?」
言ってしまってから、怒るかなと思った。けれど、少し顔を上げただけだった。僕と目が合うと、その目から涙が溢れた。
「…誰か、あたしを見てよ!」
そのままリンはそこで泣き崩れた。女王のように振る舞っていた子供はやはり子供だった。僕と同じように。
リンはしゃがみこんで声を上げて泣いていた。地下の石に反響してそれは悲痛に響いた。僕の中にリンの苦しい気持ちが流れてきて、もう一度繋がったと感じた。共有する感情は、以前は当たり前のことだった。懐かしい感覚。その瞬間、ミクの最後の言葉が浮かんでくる。リンを止める。そうだ、僕はミクと約束したのだ。
僕は立ち上がり、リンの傍に膝をついた。冷たい鉄の柵の間から手を出して、リンの頭を撫でた。触れた一瞬、息を飲んで、リンは更に泣きじゃくった。僕はリンの分を引き受けるように、自分の分を引き渡すように頭を撫で続け、涙をこぼした。
リンの気持ちがおさまり、泣き声がやんでも、僕はリンの頭から手を離さなかった。僕らは繋がっている、とリンに理解させたかった。
「レン、もう、どうしたらいいのかわからないよ…。」
「うん。一緒に考えよう。」
「このままじゃあたし、殺されちゃうよ、お母さんみたいに。」
「うん。僕が守るよ。」
「でもあたし、レンに酷いことした。」
「それでも、リンは僕の姉さんだよ。」
「レン…」
リンの顔が歪んで、その目からまた涙が溢れた。床にすがり付くようにうなだれ、絞り出すように言った。
「…ごめんなさい…。」
憐れな女王。彼女がこんなに苦しむとわかっていたなら、産まれた時に戻り、僕がそれを引き受けたい。リンは召し使いの仕事に不平を言うかもしれない。でも僕はそれをひたすら聞いてあげるのだ。そして、リンに僕の服を貸して、たまに美味しいものを食べてもらうのだ。そんなささやかな毎日を僕が守りたかった。
静かに、リンは立ち上がった。
「鍵を開けて。」
扉の向こうから兵がやってきて、牢の鍵を開けた。
「レン、寒かったよね。誰か、彼にお湯を沸かして。」
さすがにリンは女王だった。扉をくぐるとしゃんとした顔をした。そうして弱いところを見せないようにずっとやってきたのか。毎日僕が見ていた不満げな顔も、次から出てくる愚痴も、きっと誰にも見せられない、本当のリンだったのだ。リンも女王という嘘を生きていた。それに今頃気づくなんて。
「レン、着替えたらあたしの部屋に来て。全部話すから。」
リンから聞いた戦況は酷いものだった。クローチェオは序盤、ヴェルデッツァを押したものの、水と食糧の不足で勢いをなくし、国境線でまだ小競り合いが続いているという。ただし、こちらの兵力の損耗は激しく、いつ押し返されるかという状態だった。ミクの訃報を聞いたチェレステの王子カイトはチェレステ王の意向もあり、話を白紙とし、クローチェオにもヴェルデッツァにも加担せず、高みの見物を決め込んでいる。
そこまで聞いて、僕はまだ傷口が開いているのを確認する。彼女の両親は今も悲しみに暮れているだろう。あの日、僕は軍にお願いをして、彼女を両親に返した。
「守れなくて、すみませんでした。」
そう言って、膝を折ったけれど、多分彼らには聞こえていなかっただろう。目の前の変わり果てた娘の姿に、誰とも知らぬ人間がなにか言ったところで聞けるはずもない。僕はそんな彼らに抱かれたミクに別れを告げて、国へ戻された。
僕が牢に移されて、不穏な動きが出てくる。革命だ。民衆はメイコという女剣士をリーダーに、ヴェルデッツァへの侵攻停止と王政の廃止を訴え始めた。
こんな状態ならば、侵攻を止め、民衆を鎮めるのが最良の策と思うが、リンの話では大臣と軍の将軍がそれぞれのメンツを守るため、力押しを続けているという。最早リンの言葉など届かず、信頼をなくしてリンは僕の牢に来た。
状況はわかっても、打開策はなかった。僕はもう頼れる相棒を亡くしてしまった。彼女ならどうするだろうか。
「リンはこの国がどんな国になったらいいと思う?」
「え…毎日、みんなが幸せに笑える国かな。」
「そのために女王は必要だろうか?」
「うーん。こんな、なにも役に立たないならいらないね。」
リンは自嘲気味に笑った。それで僕の腹は決まった。
「よし。リンは革命軍のアジトを秘密裏に探すよう命じて。でも絶対に攻撃してはいけない。」
「わかった。」
「大臣にはなるべくワガママを言ってほしい。水でもジュースでもお菓子でもねだるんだ。ただし大きな金額にならないこと。」
「はい。」
「将軍には革命軍の強襲に備え、ヴェルデッツァに配備している人員を国内になるべく多く戻すよう伝えて。でないと自分たちの命が危険だと脅すんだ。もしくは女王を守れと命令してもいい。」
「そんなことして国境は大丈夫かな?」
「こちらが引いたところで、少なくともヴェルデッツァが攻撃してくることはないよ。向こうにもそんな体力はないはずだ。そもそも守るために戦っているだけだし。」
「それから先はどうなるの?」
「まだ僕らの動きがどう作用するかわからないよ。それから少しずつ考えよう。」
そう言ったけれど、本当は検討がついていた。でも、それをリンに話すことはできない。言えばリンは反対するだろう。当たり前のことだ。これは女王がなくなるためのシナリオなのだから。
僕は両親を奪い、ミクを奪ったこの国を憎んでいた。僕がクローチェオを正しい方向に導くのはもう無理だった。大人たちは自分の都合で動いている。その統率を取るには、僕はあまりに幼く、リンには力がなかった。ならばせめて、同じことが起こらないように。新しい形になるように、一度全てを壊してしまおうと思った。
そして事態は予想通りに動いていた。リンは日増しに不安げな顔を隠せなくなっていった。
「レン。ねぇ、これになんの意味があるの?私、どんどん悪い噂が広がって。このままじゃ革命軍に殺されちゃうよ。」
リンに不安を強いるのはとても心苦しかった。けれど、それも彼女へのペナルティだった。後世に残る汚名も、ミクと同じように、未来を奪うことも。
侵攻軍を国内に戻してからは、女王の傍若無人ぶりを噂に流して革命軍が成長するのを待っていた。城からは情勢を理解した頭の良いものが次第に城を抜け始めた。本来脱走兵は懲罰の対象だが、放っておくようリンに指示させた。
いよいよ衝突の機運が高まった夜中、僕は城を出た。あらかじめリンに探させた革命軍のアジト付近に身を潜め、リーダーのメイコが現れるのを待った。
月明かりの中、メイコが夜の道を歩いてくる。僕は路地に身を隠していた。シャッと剣を抜く音がする。
「そこのお前、私になにか用か?」
姿は見えていないはずだ。それでも彼女は僕がいるのをわかっていた。
「明日、城を少し空ける。午後3時。全軍を投入してほしい。」
「お前、何者だ?信用できんな。」
僕は月明かりの下にその身を晒した。頭にかぶったフードを取り去る。メイコが息を飲んだ。月明かりに僕の金の髪が照らされていることだろう。
「僕はレン。世界から消された、双子の弟だ。この国には恨みがある。」
「まさか。女王は双子だったというのか?」
「その通り。ただし知る者は少ない。証拠は、この顔で充分だろ?」
この髪と瞳の色。顔立ち。僕らは男女で産まれた双子だというのに、本当によく似ていた。
メイコは困惑していたが冷静だった。剣は構えたまま、思案していた。
「先程の話、捨てられたお前に何ができる。」
「女王は僕を信用している。大臣も将軍も彼女の信頼をなくした。今彼女は僕の示した道を歩く他ない。」
「なるほど。子供のくせによくやったな。裏切ったら容赦せんぞ。忌み子。」
僕はそれでひとつ安堵した。メイコは疑心暗鬼ながらも明日の攻撃開始に応じた。あとひとつ。
「ひとつお願いしたい。姉さんはその場で殺さず生かして捕らえてほしい。」
「なんだ。兄弟の情か。」
僕は目に力をこめる。これだけは予定通りでなければならない。
「いや。後に厳正な裁判と制裁を。」
「女王お得意の見せしめか。」
「この国に女王はもういらない。メイコ。次の世はみんなで作ってくれ。」
「お前はその後の世に参加する気はないということか?」
「僕が参加すれば結局は王族の血を持ち込むことになる。それに僕にはその前にやることがある。」
メイコは剣を引いた。鞘に納めながら言葉を続けていた。それでも、どこにも隙はなかった。
「そうか。幼いが頭は良いな。惜しいことをした。お前が王であったならば少しは国のありようも違ったかもな。」
「ありがとう。約束してほしい。姉さんを乱暴に扱うことのないように。」
「いいだろう。よく言い含めておく。」
その言葉を聞いて僕はその場を去った。決戦は明日。今夜は城の者はまだ何も知らない。少し緊張した、だが今までとかわらぬ夜を過ごしているはずだ。リンも自室で寝ていることだろう。
そう思って城へ戻ると、リンが僕を待っていた。
「どこ行ってたの?」
「革命軍のアジトだよ。」
「明日、なにかあるのね?」
やはり双子のつながりはやっかいだ。余計なことまで伝わってしまう。
「うん。リンは絶対守るから、協力してほしい。」
「なにがあるの?」
「この国が終わる。」
リンは一瞬たじろぎ、うつむいた。ここまできて、この先を話さない僕を疑っているのかもしれない。
「本当にそれであたしたちは大丈夫なの?」
「うん。予定通りだ。」
「あたしは何をしたらいいの?」
「明日話すよ。今日はもう寝よう。」
リンは迷ったままの不安な目線を僕に残して、目線を外した。ふっと顔をあげるとことさらに明るい声で言った。
「レン…じゃあ今日は一緒に寝よ?昔みたいに。お願い。」
「昔は父さんにバレて怒られた。」
「もう怒る人いないよ。」
「わかったよ。じゃあ後で部屋に行くから。」
そうして、その夜はリンのベッドで眠った。ゆっくり風呂に入ったこともあり、ぐっすりと心地良い眠りだった。隣にリンがいたからかもしれない。朝方には父さんと母さんに会った。幸せな夢だった。僕は間違ってないだろうか。あなたたちに顔向けできるだろうか。
とても天気の良い日だった。青空が澄んでいて、洗濯日和の穏やかな朝だった。リンの身支度を手伝い、いつも通りの朝食を食べてもらった。朝食のあと、リンに女王としての最後の仕事だと、詳細を伝えた。リンは驚いていたけれど、諦めたように言った。
「レンは本当にこの国を壊すつもりなのね。」
城の広大な庭に軍人も政治家も城のメイドも、全ての人間が集められた。召集をかけた時、大臣や将軍になにをするつもりかと止められたが、リンは女王命令だと一蹴した。覚悟を決めた顔をしていた。城のバルコニーから、リンが姿を現すと、皆静かになった。
「皆、聞け。今日、革命軍がこの城を攻める。そういう情報が入った。」
一気にざわめきが広がる。軍人はさすがに動揺はしなかった。
「ここは戦場になる。戦う意思のない者は去りなさい。足手まといになる。午後2時がリミットよ。戦闘準備か退去準備か今決めて動きなさい。」
それだけでリンには下がるよう言ってあった。しかし、リンは少し迷ってもう一言だけ言った。
「皆、今までありがとう。」
余計な一言だ、と思った。これで女王に同情するものが出れば、戦力が増えてしまう。ただ、逆にあの一言に状況の悪さを悟った者もいたかもしれない。言葉の作用を測るのは難しい。
僕はとにかく城に残る人数を少なくしたかった。そうすれば、ぶつかる人間の数は少なくなる。犠牲者も減る。同じ国の人間同士がなぜ戦わなければならない?それでも、その人が大事にしているものがなにかはわからない。もしかしたら城を守るという使命かもしれない。王族を仰いでいる者もいるかもしれない。それを奪いたくもなかった。
リンは案の定大臣と将軍に責められたようだった。しかし、リンはもうその二人の言葉に揺らぐようなことはなかった。保身の二人に言った言葉は。
「あなたたちは、ここで死にたいの?」
それでその二人も退去を決めたようだった。
議会と軍のトップが去り、城に残る者はわずかだった。統率は崩壊していた。これで良い。
不安はあった。計画とは破綻するものだ。ミクを助けようとした時もそうだった。綿密に計画を練り、絶好のタイミングで実行したはずだった。それでも失敗したのだ。どこかに綻びはある。そう思っていた。
けれど、なにかを守るのはとても難しいのに、壊すのはあっけなかった。簡単にここまで来てしまった。
犠牲を少なく、最も効率的に国を壊すには革命軍の力を借りるのが手っ取り早い。国民の理解も早い。一から国を作るのは大変だろうが、とにかく壊さなければ先には進めないと感じていた。そしてたどり着いた。
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