きっとこれが一目惚れってやつなんだろうな。…いや、一耳惚れか。
-ミク…キミの歌を聴いたあの時から、キミは僕の『特別』だよ…-
~キミの手 KAITO side~
◆
大学へ向かういつものだるい登校途中、聴こえた美しい旋律。思わず足を止めてあたりを見渡す。朝早く人気のない公園に少女が一人。高校生だろうか?ブレザーにスカートという出で立ちをしている。風でなびく緑のツインテール、端正な顔立ち…そして何よりその歌が綺麗で、つい見とれてしまった。
ふと歌が終わり我に帰る。これじゃまるで変質者だ…
慌ててその場を去った。しかし大学の授業中でも彼女が頭から離れなかった。帰り道もあの公園を通って姿を探してしまう。ストーカーのようだと自分でも思いながら『彼女』探しをやめられなかった。
朝大学の授業がなくても、雨が降っている日でも、僕はあの時間あの公園を通る。…おかげで授業は無遅刻無欠席だ。『彼女』探しの成果はというと、3日に一度見かける程度だった。名前も知らない少女だけれど、彼女の歌を聴くことが、彼女の姿を見ることが僕の楽しみになっていった。
ある日、いつもの時間いつもの公園。今日は彼女はいない。
(今日の授業は午後からだったな…)
大学に向けて一歩踏み出した瞬間
「おにーさん♪」
後ろから可愛らしい声。振り返って僕は固まった。…あの少女がそこにいた。
見覚えのある制服姿に緑のツインテール。…間違いない。ただ彼女は僕を知らないはずだ。不自然にならないよう取り繕う。
「えっと…何かな?」
…十分不自然かもしれない。今にも心臓が飛び出しそうだった。
「いつもこの時間ここを通るでしょ?」
少女はニコッと笑う。気づかれていたのか…。犯行を指摘された犯人の気分だ。
「バレてたか…ごめんね?気持ち悪かったよね…」
これでこの子に会うのも最後かぁ…。そんなことを思ったりした。そんな中聞こえる少女の笑い声。
「気持ち悪い人に1人で声かけに来ると思う?」
可笑しそうに少女は笑う。…確かに言われてみれば可笑しな話だ。ストーカー相手にわざわざ声をかけているようなものだし。…実際そうだけど。
「私もいつもあなたを見て…話してみたかったの。」
少女は照れたように俯く。緑の髪の隙間から見える頬が桃色に染まっている…気がした。
「私はミク!あなたは?」
「カイト…」
突然顔を上げた彼女にどぎまぎしてしまう。
「よろしくね♪カイト!」
「うん…よろしく」
すっかり彼女の…ミクのペースにされてしまった。
4つも年下の女の子に最初からタメ口を使われていたと気づいたのはそれから少ししてからだった。
◆
それからミクは毎朝公園に現れた。たとえ雨が降っていても彼女はそこにいた。
「寒いでしょ?」
ピンクの傘の下で小さくなるミクに声をかける。
「…遅い」
上目使いで微笑む。傘を持つ手が白く震えている。
「手…握っても良いかな?」
ミクは少し驚いて顔を上げてから、ふっと笑った。
「いいよ」
荷物を左腕にかけて、左手で傘を持ち右手を空ける。
「冷たっ」
つい本音が出た。右手で包んだミクの左手は想像していたよりもずっと冷たくて…。
「カイトの手は…あったかいね」
ミクは右手に持っていた鞄を腕にかけ、手を僕の右手にかぶせる。
「だから冷たいって!」
「あはは♪あったかーい」
2人で笑う。
-あれ以来何度も握ったキミの手。
「あったかい」
そう言って笑うキミの笑顔が大好きだよ…-
◆
それから僕らはつき合うようになった。でも会うのはきまってあの公園。
「ぷっ…あはは!」
ある休みの日。いつもの場所に現れたミクの姿を見てつい大笑いしてしまう。珍しく髪をおさげに結っていたが、慌てていたのか三つ編みのあちこちから髪が飛び出している。
「ひどい!頑張って結んだのに!」
顔を赤らめて怒るミク。その姿が可愛くて柔らかい髪をクシャクシャに撫でる。
「ちょっとぉ!髪崩れる!」
「もう崩れてる」
ふくれるミクをよそに頭を撫でる。三つ編みはもう過去の姿になっていた。
「ここ座って」
公園にあるベンチにミクを座らせる。その前にしゃがみこみ髪をほどき手櫛で整えてから、三つ編みを編む。
「うわぁ…カイト上手」
「ミクが不器用なだけ」
感嘆をもらすミクに手を休めることなく答える。
「…ちょっと編み方きつくない?」
もともとのゴムで止め直すとミクが編み目を触って言う。
「ミクにはこれくらいじゃないとすぐ崩れるから」
「もう…」
不満気に目をそらす。その間にポケットに入った小さな袋を開け、その中のものをミクのゴムの上からつける。
「?」
「止め終わるまで動かない」
「はーい」
振り向こうとするミクを止めると、彼女もなんとなく予想がついたのかその体勢のまま目を閉じた。
「もう良いよ」
「わぁ!可愛い!」
僕がつけたのは白いゴムにガラス玉のようなモチーフがついた髪ゴム。ミクに似合うと思い買っておいたものだ。
「これもついで。」
ミクの首にネックレスをかける。髪ゴムとセットのデザインのものだ。
「こっちは本物のガラス玉だから気をつけなよ?」
ミクは優しく掬うようにガラス玉を手の平の上で転がしている。
「ありがとう、カイト」
顔を上げて微笑むミクと目があって初めて、その近さに驚いた。それはミクも同じだったらしくパッと顔を赤くして目をそらす。
「…ちょっと何か買ってくるね!」
言うなり立ち上がり走り去る。仕方なく空いたベンチに座る。熱くなった頬を冬に向かう秋風が冷やしてくれた。手持ちぶさたでつい手を組む。こんな外気の中でも暖かい。
昔から他人よりも暖かい…らしい。今まで特に得したことはなかった。むしろ「手が冷たい人は心が暖かいんだよ」なんて言葉に居心地の悪さを感じていた。…アイスもすぐ溶けるし。でもミクが微笑んでくれる。ただそれだけで初めてこの手を好きになれた。
(ミク遅いな…)
そう思い立ち上がった時、コンビニの袋をさげたミクの姿が見える。ついそのままミクに駆け寄る。
「座っててくれて良かったのに」
隣に行くとミクが笑う。
「探しに行こうとしたら見えたから、つい。」
「ごめん。ちょっと悩みすぎた」
ミクは困ったように微笑む。右手を伸ばして袋をさげていない左手を握る。
「ふふ、あったかーい」
嬉しそうなミクを見て僕も微笑む。やっぱりこの笑顔が大好きだ…
「ミク…今何月?」
先ほどまで座っていたベンチに二人で座り、コンビニの袋の中身を見てとっさに一言。
「10月だよ?…あっ私こっちね。」
ミクはパッとメロンアイスを手にとる。取り残されたバニラアイス。
「カイト、アイス好きでしょ?」
スプーンをくわえて、アイスの蓋を開ける。…ここで食べる気満々だよ…。
「ありがたいけど…ミク後でお腹壊してもしらないよ?」
確かに僕はアイスが好きで、一年中食べている。だから真冬にアイスも食べられるが…ミクは大丈夫なのだろうか?常に冷たい彼女の体がこれ以上冷えることが心配になった。
「壊しませーん」
子供みたいに言い切ってアイスを一口。
その姿に少し苦笑いをしながら、ありがたくバニラアイスをいただくことにする。
うん、やっぱりおいしいなぁ…。
「ふふ…」
隣から小さな笑い声。見るとミクが小さく肩を揺らしている。
「…何?」
なんとなく気まずい。
「だって…そんな大切そうに食べなくても」
ミクの笑いは止まらない。…いったい僕はどんな顔をしていたんだろう。
「ほら、ぼーっとしてるとアイス溶けちゃうよ」
そうだった。他人よりも僕の手はアイスを早く溶かすんだった。
…隣で止まない笑い声はもう気にしない。
アイスを食べ終わる頃にはミクは小さく震えていた。…だから止めたのに。
「寒くなったから帰るね」
ミクが立ち上がる。寒くなった原因の6割ほどは自分自身にあると思うけど…。
「じゃあね、カイト」
「うん、また明日」
何気なく手を振る。
「……うん、また明日」
ミクはこちらに笑顔を作ってから去っていく。…なぜだろう、今の笑顔が『作っている』と思ってしまったのは…。
-ごめんね、ミク…。僕は君のことを‘知らなすぎた’-
キミの手 ~KAITO side~ 1/3
自作歌詞http://piapro.jp/t/xamFの小説版です。
ミク16歳、カイト20歳のイメージです。
これくらいの長さがあと二つ続きます。。。そしてその後にミク視点があります←
もしよろしければお付き合いくださいませ><
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