ボーカロイド。人の代わりに歌う為生まれたボーカルアンドロイド。声を用いて音を奏でる彼らは基本主たるマスターを敬愛し、尽くすようにプログラムされている。

 
 二月十四日。世間ではバレンタインデーと称されるこの日、ボーカロイドカイトは生まれた。青いストレートの短髪、青い瞳、白いロングコートに青いロングマフラーと言う真冬の格好をした爽やか系美青年。始まりのボーカロイドである第一期男性ボーカルだ。甘い物が好きで真冬の装いをしているがアイスが大好物。青い人だとか、アイスのお兄さんと呼ばれ、ヘタレ扱いされる事が多い。

 とあるマスターの家でその日を迎えたカイトは窓辺に向かって世間の様子を伺っている。
 「はぁ…」
 「なぁに溜息ついてんだよ、バカ兄貴」
 朝からぼーっと不景気な面構えで外を眺めるカイトに双子ボーカロイドの弟、鏡音レンが声をかけた。
 「あぁ、レン。痛いよ、兄さんの頭チョップするのやめてって何度言ったら…」
 外に向けていた視線を弟に向けるとカイトはその腕の中に目を止めた。
 人間で言えば大学生くらいの年頃のカイトからすると十四歳の弟は随分と小さく見えた。だからある程度の事は自制してきたけれど、今回ばかりは精神的ショックが隠しきれない。
 前髪にボリュームを持たせた少し変わった髪型で、金髪碧眼。男性物のセーラー服を着ており、ベースカラーは黄色。清潔感のある真っ白な生地に黒襟。黄色いラインの入ったセーラーに合う黄色いネクタイ。健康そうな少年を思わせる黒い短パン、それに黒いブーツ。新型だけあってレンのスタイルは抜群に良い。そしてその少し小さい弟の腕の中には大量のチョコレート。
 「ん?あぁ、これ?姉さん達がくれたんだよ。俺、そんなに甘い物好きでもないし、こんなにくれなくても良いのにねー。毎年よくやるぜ、女ってのはさ」
 カイトの視線に気付いたレンが答えた。ツンデレなのか知らないが言っている事とは裏腹に表情はどこか気恥ずかしそうな、嬉しそうな様子だ。
 カイトは自分の演算能力の高さをこの時だけ怨めしく思った。レンの腕の中のチョコレートの数を瞬時に導き出し、どれがどの人物からの贈り物かさえ見極めてしまう。当たり前だ。何せそれぞれの贈り主は一様にカイトにチョコ選びを付き合わせた女兄弟達なのだから。しかしその中に一つだけ見知らぬチョコレートを見つけた。素っ気ない、本当に何の変哲もないチョコレートである。

 毎年の事だ。二月十四日が何の日かなんて聞かれればきっとみんなこう答える。
 「バレンタインデー」
 そう。イベント事が重なると人は往々にして別の事実を忘れてしまう。カイトの誕生日。
 女の子にとってバレンタインは特別だ。好きな男の子にチョコを渡して盛り上がる。友達同士でも渡し合うとかで、とにかく楽しそうだ。普段一緒に居る、まるで家政夫なカイトの誕生日なんてきっと誰も覚えてやしない。マスターも誕生日等あまり気にしない人だから祝ってくれようともしない。他の兄弟達の誕生日だってカイトが準備してやらなければきっと祝う事もないのだろう。
 ある意味一番人間に近い感性を得て成長したのはカイトなのかもしれない。ボーカロイドは身体的成長こそ無い物の音楽と言う感性を最も必要とする仕事をする関係上精神プログラムはかなり充実しており、成長もする。アンドロイドの中でもボーカロイドは特に感受性豊なのである。

 別段なんて事もない。もう慣れた。誕生日を自分で祝うなんて何だか悲しい。それに周りはそれどころじゃないし、もう毎年カイトだけは自分の誕生日を祝う事もないと自覚して、そんな気持ちなんて捨てていた。
だけど…―――

 レンの腕の中、見知らぬチョコレート。もう誰が渡した物かなど考えなくても解る。
 「マスター…」
 カイトの胸は熱くなる。イベント事もあまり気にしないマスターだ。自分の誕生日さえ人に言われてやっと思い出すくらい無関心な人だ。
だから…―――
 
 何故、レンなのですか?何故、僕ではないのですか?せめてこの日くらい、この一日だけでも、レンじゃなくて僕を見て欲しかった。何故レンだったのですか?マスター…
 込み上げてくる物を形にする事はなく、暫く止まっていたらしいカイトの時間が動き出した時、レンの視線に気付いてカイトはふっと笑みを作った。
 「ごめん、兄さんちょっと出かけてくるね」
 カイトは不思議そうな顔をしているレンの頭をくしゃっと撫でて外に出た。もうそろそろ暖かくならないだろうかと思う二月の空は願いとは裏腹にとても冷えて心まで凍り付いてしまいそうだ。まるで自分の心を写すかのようだとカイトは自嘲した。
 
 カイトが向かった先は近所のスーパー。バレンタイン当日にもなって女子達はチョコレートを買いあさる。
 
 哀しくても涙は出ないけど、心に積もる物はある。
 カイトは独り、手作りお菓子コーナーに向かった。
 様々な手作り小物の中からカイトはお目当ての品を手に取り、籠に入れた。
 「マスター…」
 買い物を済ませるとカイトは他には何処に寄る事もなく家に帰った。
 「あ、お帰りカイトにぃ!」
 素敵な笑顔で迎えてくれたのは鏡音リン。双子ボーカロイドレンの姉である。
 双子だけあって良く似ている。金髪碧眼でベースカラーは黄色。セミロング程度のストレートヘアに白いリボンカチューシャをしている。レンと同じく清潔感のある白生地に黒い襟、黄色いラインの入った女性物のセーラー服を着ている。レンの物より更に短いショートパンツをはいており、人間なら寒さに震える格好である。子供は風の子などとは良く言ったものだが間違いない。
 「…カイトにぃ?…」
 反応の薄いカイトの顔を覗き込み、リンは再び声をかけた。
 「あ、あぁ。なんだい?リン」
 精神と時の狭間から抜け出し、カイトは優しく微笑みかけてリンの頭を撫でた。
 「カ、カイト、にぃ…?」
 「あぁ、そうそう。リン、マスターは何処?」
 不思議そうに見上げているリンに質問しておきながらあまり聞きもせず、かぶせるように自分の質問をするカイト。どこか上の空で、「らしくない」と言えばらしくない。
 「マスター?今はお出かけしてるけど、何で?…」
 訝しげにカイトの様子を伺うリンを無視してカイトは一人マスターの部屋に向かった。
 「マスター…」
 呟くカイト。誰に言う訳でもなく、ただ漏れただけの小さな一言。リンが部屋の外からそっと様子を見ている事にすら気付かず、カイトは買い物袋の中から買って来たばかりのモノを置いた。
 「!」
 振り返り、部屋を出ようとするカイトに驚いてリンは咄嗟に身を引いた。あまり背の高くないリンは長身のカイトの視界に入らなかった。普段ならどんな細かい物にだって気付くカイトだが、珍しくこの時は何も目に入らなかった。
 「…カイトにぃ…?」
 上の空のカイトの去った部屋の中、リンはマスターの机の上に置かれたモノを発見した。
 「何してるの?リン」
 リンが机の上のモノに手を伸ばしかけた時、別の声がリンを呼んだ。
 「あ、メイコねぇ。実は…」
 リンはメイコに事情を話した。メイコはカイトと同じく始まりのボーカロイド、第一期女性ボーカルである。茶色い短髪でみんなのお姉さん。カイトとは逆に露出度の高い赤い服を着ている。真冬にこんな格好だと人間なら凍えてしまうだろう。酒好きでこの家のマスターとは酒飲み友達として気の合う仲だ。しっかり者なので誰からでも頼られている。
 「…そう、解ったわ。それじゃぁ…」
 「こんな所で何してるんだ?」
 いつの間に帰って来たのか、部屋の主が二人に声をかけた。
 「あ、マスター。実は…」
 「シッ…何でもないんです。さ、行きましょう?リン」
 訝しげに二人を見つめるマスターを余所にメイコはリンを連れて逃げるように部屋を出た。
 「何なんだ?あいつら…」
 残されたマスターは不意に机の上の見慣れないモノに目を止めた。
 「これは…?」
 皿の上に置かれた小さなプレート。どうやらチョコレートで出来ているらしい。誕生日にケーキの上に乗っているアレだ。横にはご丁寧に珍しい青いチョコペンが置いてある。まるで置き主が誰であるかを主張するように。
 「…くだらねぇ。男が細かい事いちいち気にすんなっつの。大体、男が男にチョコやってどーすんだよ。やらねぇよ」
 独り言。マスターは変な男意識を持っていて、少々頭の固い男だった。案外、そう言う事を言ってしまう人間の方が細かいなんて本人は気付きもしない。
 無地のチョコプレートと青いチョコペンを皿の上に置いて端に寄せるとマスターはパソコンを立ち上げて何やら作業を始めてしまった。
 後ろで様子を伺う、ボーカロイドの陰も知らずに…―――

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

やらねぇよ

本文長すぎて分割しますorz

カイト兄さんお誕生日おめでとう記念です^^

では、続きもちょろちょろお楽しみ下さい?(´・ω-`)せっかくなのでコラボに上げさせて頂きました^^

閲覧数:288

投稿日:2012/02/14 08:11:59

文字数:3,622文字

カテゴリ:小説

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