第十一章 リグレットメッセージ パート6
夜になると、それまで看病していたルカと入れ替わる様にハクがリンの私室に現れた。まだ熱が下がりきってはいないが、それでも身体は随分と楽になっている。昼間に飲んだルカの薬湯が効力を発揮しているのかも知れないし、それ以上に久しぶりにゆったりと休んだからかも知れない。そういえば、王宮で反乱が起こってからもう一週間以上も経過しているのか、とリンは考え、そしてレンのことを唐突に思いだした。これまでは逃避行に神経を削られるばかりで、落ち着いて考える余裕もなかったのである。野宿を経験するのも初めてであったし、旅人が食べる様な粗食もリンには初めての経験だった。それ以上に、万が一青の国がリンの逃亡に気が付いたら、と考えると夜もろくに眠ることができなかったのである。なのに、この場所にいると不思議とそんな不安が霧散してゆくような気分を味わう。ハクが心を込めて調理した料理は下手な王宮の食事よりも美味しかったし、それに何も気にすることなく身体を休めることが出来る。だから、精神が落ち着いた途端にリンはレンのことを思い出したのである。リンのベッドの脇、丸椅子に昨日と同じように腰かけているハクの存在を忘れて泣きだしそうになった自らを戒める様に、わざとらしくハクから視線を逸らせて何もない白い壁を見つめたリンに向かって、ハクが心配した様子で声をかけた。
「まだ、具合は良くないのかしら。」
慈愛に満ちた、優しい声。記憶に薄いけれど、まるでお母様みたい、と感じながらリンはこう答えた。震える声に気付かれないように、少しだけ声を落としながら。
「違うわ、大丈夫。」
そう告げたリンの言葉にハクが微笑む気配がリンにも伝わって来る。続けて、ハクはリンに向かってこう言った。
「ハルジオン、好きなの?」
唐突に投げかけられたハルジオンという言葉に、リンは今年の春にレンと一緒に摘みに行ったハルジオンの花畑の様子を思い起こした。まだ一年にも満たない期間に、あたしはどれだけの罪を犯して、そしてどれだけのものを失ったのだろう。緑の国を滅ぼし、忠臣を処刑し、そして民から略奪を働いた。その代償として、あたしは王宮を失い、そして大切な人間を失った。今は枕元に置かれている、ハクが昨晩拾い上げてくれたハルジオンの栞。そして今もあたしの右腕、長袖の下に巻きつけられている、黒地に桃色のラインが走っているリボン。レンはこの二つだけをあたしに託して、あたしの代わりに殺された。レンはあたしの為にどれだけのことをしてくれたのだろう。それはあたしの兄だったからだろうか。レンがいつからあたしとの関係を認識していたのかは分からないけれど、王宮から逃亡する直前、レンが告白した言葉。
『本当は僕達、双子なんだ。』
あの言葉が嘘だとはどうしても思えなかった。だって、レンとは深い何かで繋がっているような気持ちがあったから。そういえば、もう半年近く前、夏の遊覧会であたしが殺したミク女王はこんなことを言っていなかったか。
『或いは王族の方ではないかと考えていたのです。』
ミク女王はあたしとレンの関係について何かを察することがあったのだろうか。それはレンの態度だったのだろうか。それとも余りに似すぎているあたし達の姿からそう推測したのだろうか。今となっては訊ねたくても訊ねることが出来ない。どうして、あたしは一時の怒りに任せてあんな命令を出してしまったのだろうか。カイト王とミク女王の不倫を疑った時からずっと見ていた悪夢から覚めた様な感覚をリンが抱いた時、もう一度ハクが戸惑った様子でこう言った。
「マリー?」
その言葉に、いけない、思案に夢中になって返答をしていなかったわ、と軽い焦りを覚えながらも、リンは短く、こう答える。
「好きよ。」
ハルジオン。あたしの髪と同じ、見事な黄色の花弁を持つ花。だけど小さくて、自己主張をしない花。全てが黄色のタンポポではなくて、白い花びらに囲まれたハルジオンを好んだのは或いは自身の矮小さを無意識のうちに理解していたからか。リンがそう考えていると、ハクが再び口を開いた。
「あたしも、ハルジオンが好きなの。」
ハクはそう言いながら、リンの枕元に置かれたハルジオンの栞を手に取った。その栞を愛おしそうに眺めながら、更に言葉を続ける。
「あたしの髪と同じ、白い花弁を持つから。それに、羨ましくて。あたしみたいに小さな存在なのに、あたしとは違ってとても美しいから。」
その言葉に、不意にリンはハクの表情を眺めた。粉雪のようにさらりとした長く綺麗な髪。白磁の様な艶をもつ、白く透き通った肌。そんなハクの顔を眺めながら、リンはハクに向かってこう言った。
「ハクだって、ハルジオンと同じように綺麗だわ。」
リンがそう言った時、ハクは驚いた様子で瞳を見開いてリンの蒼い瞳をまじまじと眺めた。一体どうしたのだろうか、とリンが考えていると、ハクは嬉しそうに目元を緩ませてからこう言った。
「ごめんね、マリー。昔同じようなことを言ってくれた人のことを思い出したから。」
「同じようなこと?」
「ええ。あたしの髪を綺麗だと言ってくれた、あたしの大切な友人。もう、遠い所へ行ってしまったけれど。」
ハクがそう告げた時、ハクの瞳が悲しげに沈んだことをリンは見逃さなかった。遠い所。それは物理的な意味だろうか。それとも比喩的表現だろうか。もしかしたらハクはあたしと同じように、とても大切な人を失ったのかも知れない。そう考えて、どのように答えたら良いのだろうか、とリンが思考を巡らせた時、ハクが申し訳なさそうにこう言った。
「ごめんね、変な話をして。それよりも、今日はお誘いがあるの。」
敢えてその人のことを思い起こすことを避けているのだろ。多分、とても辛い思い出になるから。リンがそう考えながら、ハクに向かってこう尋ねる。
「お誘い?」
「そうなの。ねえマリー、生誕祭はご存じ?」
「生誕祭?」
それなら勿論聞いたことがある。といっても、黄の国の王宮での出来事ではあるけれど。普段以上に豪華な食事に、いつも以上に着飾ったドレス。そんな王宮の暮らしと、そしてもう一度、優しい笑顔でリンの傍に控えていたレンの姿を思い出してリンは思わず唇を軽く噛みしめた。そうしなければ嗚咽が漏れてしまいそうだったからだ。まさか、ハクの前で泣く訳にもいかない。そうしてリンが感情を抑えていると、ハクが少し上気した口調でこう言った。
「ルータオで一番大きなお祭りなの。二週間後に予定されているわ。あたしもまだ参加したことはないけれど、とても綺麗なお祭りだと聞いているの。マリーにも、是非参加してもらいたくて。」
楽しげにそう言ったハクに対して、リンは暫くの間思考を巡らせた。独断で参加すると言ったら、今は私室に戻っているルカが何と言うだろうか。今日の昼、ルカと話した限りでは当初の目的であった港町、ルータオには到達しているらしい。この後どうするかはあたしの体調次第だと言っていたけれど、少しは我儘を言ってもいいだろうか、とリンは考えた。なにより、看病をしてくれた恩人のお誘いを無下に断ることも気が引ける。リンはそう判断して、ハクに向かってこう言った。
「是非、参加するわ。それまでに風邪を治さないとね。」
リンがそう告げると、ハクは心から嬉しそうな笑顔を見せて、そしてこう言った。
「ありがとう、マリー。じゃあ、今日はゆっくり休んで、早く風邪を治してね。」
そのハクの優しい笑顔に、リンもまた自然に零れた笑顔で返した。レンが処刑された時以来、初めて見せる笑顔だった。
ハルジオン69 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第六十九弾です!」
満「夜分に済みません。」
みのり「暑くて眠れないので何となく続きを書き出したら投稿出来るくらい書けたので投稿します☆」
満「もう少し投稿ペースを上げたいんだが、どうしても時間が取れない。先週から少し部署が変わって、仕事の時間が長くなった。コメントの返信が遅れるという事態が今後も発生するかも知れません。ご了承くださいませ。」
みのり「レイジさんどこでサボってるのかな~?なんて思った時はツイッターをご覧ください!呟きはほぼ毎日しているので♪ツイッターへのリンクはレイジさんのプロフィールをご参照ください!」
満「ということで、ようやく週末が始まった感じです。」
みのり「続きをお楽しみください☆それでは次回投稿でお会いしましょう!」
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心の温度 今 ここで伝わるから
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sakagawa
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ご意見・ご感想
紗央
ご意見・ご感想
ハク・・
鈍感すぎだ。。
リンはミクとカイトの事を
後悔しているんですね。
ちょっと安心しました^^
お母さん嬉しいっ!(ちげぇよ。
次回も楽しみにしています^^
2010/05/23 09:17:52
レイジ
一度キャラ設定をするとなかなか変更できない罠^^;
ハクは暫くこのままだぁね。。
リンはちゃんと反省と後悔から立ち上がるのです。
多分。
そういう話しにしたいなぁ・・。
ということで、次回分もお楽しみくださいませ☆
2010/05/23 13:49:02