「くそっ……遅かったか……っ!!」
悔しげに、レンが破壊された町の門を叩く。
リン、レン、鳴虎がその町の入り口に到着した時には、既にそこは惨状と化していた。
破壊され、鉄屑と化した戦車や戦闘機。
零れた燃料が独特のオイル臭を撒き散らし、そこかしこで引火し燃え広がっている。
そしてその合間に、目を背けたくなるような惨状―――――
「……やっぱり、何度見ても慣れないわ」
リンが思わず吐き気を覚えて視線を逸らす。
いくら各地の戦場や、『魔蟲』の蹂躙した跡地を3年にわたり見続けてきたといっても、決してその光景に何も感じなくなってきたわけではない。
何といっても元はただの少女なのだ。病気で14年間、外に出ることなく臥せっていた。
とてもではないが、この地獄絵図に慣れろというのは酷な話であった。
それはレンも同じであった。
リンよりはある程度の覚悟ができていたものの、それを直視するのは厳しいものがある。
表情を歪めて目を伏せる。
「……まだ新しい。ここを通過したのは恐らく十数分前……だけど、奴等の脚じゃどれだけ進んでいるかわかんないわね」
唯一その惨状に近よって、冷静な情報分析をし始めたのは鳴虎だ。
元国防軍所属の彼女にとって、決して遠い世界の話ではない戦場。
その世界に柔軟に対応できていた。
「わかるんですか?」
「当たり前でしょ。あたしを何だと思ってんの。……幸いにも、奴等の進んだ方向は大体わかる。メッチャクチャに破壊されているからね」
鳴虎の指さす方向は、まるで嵐か何かが通りすぎたかのようにズタズタにされている。
それはまさしく、超自然的な暴威が吹き荒れたことをあらわす爪痕だ。
「……こんなの、早く止めなきゃ……!」
「ああ……!鳴虎さん!早く、早く行きましょう!」
「ええ、そうね――――――――――」
レンに促された鳴虎。
辺りを見回しながら、破壊されたその先へ進もうとして―――――
その表情が、みるみる間に絶望に彩られて行った。
「あ……ああっ……!!」
「……!?メ、鳴虎……さん?」
突如として震えだし、喉の奥からそれを認めたくないとばかりに声を押し出す。
一体何を見たのか―――――鳴虎の視線の先に目を移すリンとレン。
そこには、血まみれで倒れる、軍服を着た3人の人影。
しかして、その姿は明らかにただの人間ではない。
どう見ても一人は巨大な熊手状の腕、1人は全身にヒョウ柄、1人は鱗に覆われた爬虫類の肌をしていた。
「……あれって、獣憑き……だよね」
「ああ……って、待てよ?確か鳴虎さんの役職って―――――」
そこまでレンが言葉に出したことで、ようやくリンも気づいた。
鳴虎の国防軍時代の役職名は、『第一戦闘部隊『獣憑小隊』隊長』。
即ち、獣憑きで構成された小隊の隊長。
こんなところで倒れている、軍服を着た獣憑きがいるとすれば―――――
「あ……あああっ!!アンッ!!彩羽っ!!リュウトぉっ!!!」
涙を浮かべ、悲痛な叫びを上げながら、鳴虎がその3人の獣憑きの元へと駆け寄る。
そして熊手の様な手をしたモグラの獣憑き―――――ビッグ・アンの体を優しく抱えた。
「アンっ!!しっかり!!しっかりなさいっ!!」
『………………う……ああ……』
その声は彼らにとって、幻聴とも取れるような存在だったか。
だが、確かにそれは、彼らに最後の力を、恩人に全てを伝える力を与えた。
『……隊……長……?』
「そうよ!!アン!!私よ、メイコよ!!」
ゆっくりと、ビッグ・アンがその眼を見開く。
ほぼ同時に、ジャガーの獣憑きの猫村彩羽、コモドドラゴンのガチャ・リュウトもうっすらと瞼を上げた。
『……姐さん?姐さん……なの……?』
『あ……はは……夢か?幻覚か……?』
「んなわけないでしょう!?本物に決まってるじゃないっ!!」
ビッグ・アンを抱え上げたまま、倒れ伏して動けない二人の元へと駆け寄る鳴虎。
どちらも全身ズタズタだ。体中に刺し傷があり、そしてその周辺が黒紫色に染まっている。
加えて彩羽の腹部は大きく風穴が空き、リュウトは右の脚が切断されていた。
明らかに―――――致命傷だ。
「くそっ……まってて皆、今すぐ治療を――――――」
『隊長』
すぐにその傷を診察しようとする鳴虎の腕を、ビッグ・アンの手が掴む。
その力は弱々しくとも、込められた強い意思は鳴虎の動きを止めた。
「……アン?」
『……俺たちは……もう、助かりません』
「な……!」
『だから』
震える声を絞り出し、虚ろな焦点の合わない目で、それでも力強く鳴虎に視線を投げかけるビッグ・アン。
そして、意思を届ける。敵を追い続ける、『恩人』であり『憧れ』であったかの獣憑きに。
『……奴等の、情報を……貴女に……貴女の、勝利を願って』
「……っ!!」
彼は語り出す。数分前、ここで何が起きたのか――――――――――
『『昆虫少女ミク』は―――――暴走を、始めました』
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
深紅の、不気味な色に染まった虫の翅が、未来の背に広がった。
それは蜻蛉とも蟷螂とも、飛蝗とも甲虫とも、どの虫の翅とも似るようで似つかない、余りに歪な翅。
そしてその眼は、今までとは比にならないほど凶悪で、残酷で、冷徹で、だがどこか悲哀を秘めていた。
溢れる涙は濁った血色。果てしない悲しみが、そこに込められていた。
余りに異様な変化に、その場の全員が驚愕と混乱で動きを止める。
『獣憑小隊』の3人はもちろんのこと、流歌ですらも衝撃で体が動かなかった。
その一瞬のスキが、『獣憑小隊』の運命を決定づけた。
突如、目にも止まらぬ速さで真っ黒な光線が迸る。
否、よく見ればそれは、濁った黒に彩られた、恐ろしく長い昆虫の腕。
ギラギラと鈍い光を跳ね返す、どろりとした黒さの“ヤンバルテナガコガネ”の腕。
元来の深緑の美しさなどなにもない、ただただひたすらにどす黒いソレは―――――
『がふあっ!?』
他2人がそれを『虫の腕』と認識するより遥かに速く―――――猫村彩羽の腹を貫いた。
腕の棘がぞりぞりと肉をえぐっていき、鮮血で軍服が染まっていく。
ズタズタに削られた腹に更に追い打ちをかけるように、腕をねじりながら挿し込んでいく未来。
ジャガー―――――がっしりとした体格と大型の頭骨から繰り出される咬筋力は、いかなる獲物の骨をも砕く力を持つが、それは全身に力を込められるからこそ発揮できる力。
腹部を無残にも抉られた彩羽では、それを発揮することはできない。この時点で、彩羽は戦闘不能に陥った。
コンマ数秒遅れて、それを認識した2人。
先に動いたのは、コモドドラゴンのリュウトだった――――――――――――――
『キ、キサマ――――――――』
『ギイィイイイィイイイィイイイイィィイイイイイイイイッ!!!!』
――――――――――――が、それよりも早く、超速でその眼前にまで迫った未来が、リュウトの右足に真っ黒なカマキリの鎌を振り下ろした。
切り裂くというよりも引き千切る様な、耳を塞ぎたくなるほどの皮と筋肉が断裂する音を響かせ、リュウトの右脚が零れ墜ちる。
獲物の動きを鈍らせ、狩りにおいて強力な助力となるコモドドラゴンの口内に存在する毒―――――一咬みでもできれば間違いなく後続の助けとなったであろう能力も、活かされることはなかった。
絶叫がリュウトの口から吐き出され、支えられなくなった身体がずしゃりと地に堕ちると、未来はその狂いに狂った双眸を呆然としているビッグ・アンへと向けた。
その瞳には純然たる怒り。それはビッグ・アンにはどこから来る怒りかはわからなかったが、ただ一つ、それがもたらすものだけは理解できた。
即ち、全てを滅ぼさんとする意思――――――――
『う……うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』
恐れを吹っ切るように、その爪を突き立てようと突撃するビッグ・アン。
しかしそれをあっさりと回避する未来。
当然といえば当然―――――モグラの真価は土の中で発揮される。
それを地上で振り回したところで、到底その力が活かされることはない。
そして、それに当てつけるかのように、未来が姿を消した。
『っ!?』
どこへ行った?
回避後、後ろへ回り込んだところまでは視認していた。
次の瞬間、未来の姿が消えていた。
辺りを見回すビッグ・アン。
余りにも、余りにも迂闊だった。答えは文字通り、自分の中にあったのに。
そう、土の中を高速で移動できる生物は、何もモグラだけではない。
よく似た腕を持つ―――――『昆虫』が存在した。
『ゴハッ!?』
ビッグ・アンの顎を、恐ろしく硬いものがかち上げてきた。
それは熊手状の、黄土色をした『腕』。
それは―――――土の中を住処とする昆虫、『ケラ』の前足―――――!
ぐしゃり、と倒れ込むビッグ・アン。
間髪入れずに、飛び出してきた未来が馬乗りになり、その尾を昆虫の腹へと変える。
黄色と黒の縞に彩られた、誰もが一度は見たことのある『日本最強の毒虫』の腹部だ。
その先端に、液体滴る針を覗かせながら、急所に狙いを定めている。
そしてビッグ・アンは見た。
その少女が、憎々しげに、だが悲しげに、怨嗟の言葉を吐き捨てるのを。
『……獣の分際で……人に愛されたお前らが……憎い……!!』
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
『……オオスズメバチの毒。それを彼女は……きっちり致死量……我ら3人に打ち込んでいったのです』
ビッグ・アンの独白。
それにより判明した『昆虫少女』の暴走。
そして―――――彼女の悲しみ。
『……あの少女は……誰かに愛されないことに対し……深い恨みを……抱いていたのでしょう……だからこそ……貴女に愛され、貴女を愛した我々が……憎かった……』
「……そうでしょうね」
『……悲しみと怨みと怒りに振り回された彼女は……あとどれだけの間……正気を保てるか……保てなければ……何もかもを破壊する怪物に……なりかねない』
「……っ」
『……あれを止められるのは……現段階では恐らく……貴女だけです……隊長。早く……奴等の……所に……はっ……はぁっ……がはっ!!』
ビッグ・アンの体が小刻みに痙攣し始める。
呼吸も不規則になり、身体を脂汗が覆う。
いよいよ毒が全身に回ったのだろう―――彩羽とリュウトも、同様の症状で弱っていた。
「アン……!!彩羽……!!リュウト……!!……ごめんなさい……あたしが軍を離れなければ……貴方達を生かしてあげることもできたかもしれないのに……っ!!」
鳴虎の目から、キラリキラリと滴が零れる。
頬を流れるそれを、もはや力を感じられない手で、ビッグ・アンがそっとぬぐった。
そしてその手で、鳴虎の手を握る。
それに続いて、彩羽も、リュウトも、静かに手を握った。
『……何言ってるのよ……こうして……最後に遭えただけでも……満足よ……姐さん……』
『俺たちは……最後まで貴方のために戦えた……それだけで幸せです……』
『……隊長。貴女の勝利を願って……我らは獣に還ります……御武運を……』
最期の言葉が紡がれて―――――静かに、その手がずり落ちる。
「アンっ!!彩羽っ!!リュウトっ!!」
鳴虎の涙声に反応するかのように、静かに3人が笑って―――――
その体が、突如光に包まれた。
「っ……これは?」
眩いばかりの輝きに目を細めたリンが、誰ともなく訪ねる。
それに対して、レンが震える声で尋ね返した。
「なんだ……リンはまだ見たことが無かったか?」
「何をっ……」
「ならよく見ておけ」
「これが―――――獣憑きの『死』だ」
3人の体から、青白く光り輝く半透明の動物たちが浮かび上がる。
モグラ、ジャガー、コモドドラゴン。
静かにゆらりと浮かび上がった動物たちは、各々が宿っていた肉体に食らいつく。
ジワリと光がなじんでいくと、その亡骸はあっという間に分解され、光の中へと消えていく。
骨も、血も、何一つ残すことなく。
光の中へと還っていく。
自らが存在した証拠を何もかも全て、今まで共に生きてきた獣の魂に捧げる―――――それこそが、生きとし生ける全ての獣憑きに待ち受ける、避けられない最期なのだ。
やがて、3人の亡骸は全て光に還元されて動物たちの中へと消えていった。
3匹の動物の魂は、一瞬だけ、いつくしむような表情を鳴虎に向け―――――そして、静かに天へと昇っていった。
「……め、鳴虎さん……」
遠慮がちに、鳴虎に声をかけるリン。
もしかしたら、心に傷を受けて、立ち上がることなどできないかもしれないと感じたから。
だが―――――その心配をよそに、鳴虎は力強く立ち上がった。
そして、強い決意を秘めた目を、リンとレンに向ける。
「……『獣憑小隊』は3つの部隊から成る」
「「え……?」」
「陸上部隊、空中部隊、水中部隊……大洋のど真ん中、洞窟の中など特殊な状況下でもない限り、必ず3つの部隊は揃って出撃する」
「っ……じゃあ、まさか!」
いち早く鳴虎の言わんとしていることに気付いたレンが声を上げると、鳴虎はそれを肯定するように頷き、そして踵を返して走り出した。
「どうか……間に合って……!!」
その頃―――――虚ろな表情で、両手を血に濡らした未来が、不安げな流歌の視線を浴びながら、徐に天を見上げていた。
その左手には、3種の異なる鳥の羽が、握られていた。
【※流血表現強め】四獣物語~魔蟲暴走編③~
狂い虫の舞、鮮血の華狂い咲き。
こんにちはTurndogです。
この辺りからそろそろピアプロの規則に抵触しかねないレベルの流血表現が増えてきます。
やんでれ要素は含んでないですし、とりあえずタイトルにも注釈はつけますが、もしダメを喰らったら……まぁ、その時は大人しく書き換えるしかないですねw
自分がみんなから疎外されているのに、皆から愛されるような人がいたら、妬ましくて仕方ない。
小学時代はそんなことがありました私ですが、その頃の想いを倍プッシュしたらだいたいこんな感じ。
未来さんの悲しみはマリアナ海溝の様に深い。
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Soyman
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