男は生来、身体が強いほうではなかった。病弱と言うほどあからさまではなかったが、インフルエンザなどの流行り病には必ず罹ったし、不精をすればすぐに体調を崩した。
食料が満足に供給されない現状では、男が体調を保つことは酷く難しい話なのである。
先の会話をしてから、幾日も立たぬうちに床に伏してしまったマスターを、KAITOはベッドの横でじっと見ていた。
何をするにも、慢性的に物資不足の上、空気も良くなく、降る雨があらゆるものを溶かす現状ではろくに出歩けない。
最後の艦が飛び立って久しく、世界は絶望に満ちていた。最後に他の人間にあったのは何時であったか。
暴動も前はあったが、最近は聞かない。何をしようと変わらないと思い知ったのか…想像するしかないが、少なくとも諦めと言う言葉をかみ締めたのだろう。
自分達を作り出した人類は、確かに頭が良かったのだろうが、生きていく上での何かが欠落していたのではないかと時々KAITOは考える。
生きていることで十分それは素晴らしいことなのに、さらに世界に何かを求めるなど。自分達は何も与えず、奪うばかりでは、いずれ大きなものを失うに決まっていたのに。
と言っても、己はその欲望で生み出されたに過ぎないのだから、こうして考えているということはすなわち自分の存在意義を否定することになるのだけれど。
つらつらと考えていると、細く小さな、けれど耳慣れた声が聞こえてきて、KAITOはマスターの方へとにじり寄った。
枕の横に両手を置いて、やつれた顔を覗き込む。
薄汚くなったマフラーが零れ落ちるも、特に気には留めない。ベッドとてお世辞にも綺麗とは言いがたいものだった。
「…なぁ、KAITO…」
「はい?」
「お前に限らず、俺達人類が作り出したものは、この地上に残るだろう。俺はね、それが希望だと思っているよ」
「きぼう?」
それは、今KAITOが考えていたこととは大分かけ離れた言葉である。
不審を露に、KAITOは細い眉を寄せて首を傾げて見せた。
「そう。俺達がここに居たという、ここにいることを許されていたという証拠。そしていつか、戻ってこれるかもしれないという希望」
「…マスター」
「この星が元に戻って、いつか花々も再び咲き誇り、鳥が鳴いて空を舞う日が来るだろう。そんな日が来たら、教えておくれカイト。おまえのその綺麗な歌声で」
「僕達機械が、人類の希望だなんて…あなたくらいですよ、そんなことを言うのは」
「そうかな。他にもいるかもしれないぞ?俺達は身体の構造上朽ちて消える。この地球に残るのは、無機質なお前たちだ」
「それが原因でこうなったんですよ?ついでに言えば、補償もない」
全てを溶かす雨にさらされて、いずれ何もなくなっていくに違いない。
「それでも、俺達より長い。もしかしたら、この星の再生まで持つかもしれない」
やはり、途方もない話だ。改めてKAITOは思う。希望とは思えないし、叶えられるかもわからない。
それでも、いつもの優しい眼でお願いされてしまえば、自分は叶えるという道しか選べない。
それはマスターも承知のことで、KAITOにとっても、それは当然の事に過ぎなく大きな問題でもない。ただ、男の思うように動く。その事実を認識することが少しだけ寂しかった。
いつものことである。それ故に。
今回でそれが最後なのだ。もう、男がKAITOに何を言うこともない。つまり、この願いを基軸に、後は自分自身で動いていくしかない。もう二度と、彼のお願いを聞くことはない。
それは酷く寂しいことであった。
to be continued...
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