※何度も告げますが、グロテスク表現を含みます。
苦手な方は読まないで下さい。
悪食娘コンチータ 第二章 コンチータの館(パート4)
「今日も、素晴らしいディナーになりそうね。」
薄気味悪い笑みを漏らしながら、バニカがそう言った。今日の料理はオクトパスの焼き物らしい。バニカの目の前に差し出された、原型を殆ど保ったままのオクトパスの瞳は、最早光も輝きも持ち合わせていないにも関わらず、バニカを恨めしそうに睨んでいるようにも見える。
「悪魔の魚は、一体どんな味がするのかしら?」
常人ならば、触手をうごめかす蛸の姿を見るだけで吐き気を催し、神への祈りを捧げる所であろう。今のバニカにはその様な感性は微塵も残されていないらしい。ただ、未知への体感を心から楽しみにしているようにしか、見られなった。
「東方では良く、食材にされている、とのことです。」
給仕を行いながら、マイヴェイが小さく、そう言った。
「副菜も、見事だわ。」
副菜に並べられたものはトカゲの唐揚げであった。形そのまま、固い皮膚だけを切り取られた状態で、プレートに並べられている。それも、五匹も。
「厨房に潜んでおりましたので、先程追加いたしました。」
続けて、マイヴェイが低く、ぼそりとした口調でそう答える。その言葉に口元を緩め、微笑みを見せたのはバニカ。対してレヴィンは、昨日と同じように、生き血のワインをグラスに注ぎながら、無意識にその眉を潜めさせた。リリスも変わらず、腫れ物を避けるような態度で、ただ無言で銀食器をバニカの目の前に添える。
「今日のワインは何かしら?」
並々と、そして生臭いワインを注ぎいれ、デカンタをつ、と持ち上げたレヴィンに向かって、バニカがそう訊ねた。ぽろ、とデカンタの口先から毀れかけた一滴を、手にしたクロスで素早く拭い去りながら、レヴィンが答える。上面だけは、平静を保ちながら。
「地場ワインに、鶏の血を混ぜております、コンチータ様。」
「今朝屠殺したばかりの、新鮮な血ですわ、コンチータ様。」
続けて、リリスが嫌味を込めた口調で答える。その答えに、バニカは心から楽しげにぽん、と両手を叩いた。そのまま、満面の笑顔で答える。
「素晴らしいわ。鶏の血は初めて。きっと美味なのでしょう。」
そう答えて、しなやかにグラスへと手を伸ばす。そのまま口に含み、堪能するようにワインを舌で転がした。鉄臭い、だがそれがよい。生臭さは牛よりも或いは上かも知れない。だが、しつこくはない。バニカはそう評価しながら、そのワインをぐい、と飲み干した。身体に精力が駆け巡るような、神経が震えるような、そんな感覚を覚える。
「美味、素晴らしいわ。」
ワインを飲み干したバニカは、遊戯を与えられた幼子のように、心から無垢な笑顔を見せた。続いて、オクトパスを堪能しようと、ナイフとフォークを手に取る。その時である。
「コンチータ様、本日は特別な調味料をご用意致しました。」
マイヴェイが誇らしげに告げながら、取り出したものは昨日レヴィンに示した小瓶であった。ゆらゆらと、小瓶の内部に液体が揺れている。怪しげな、透明の液体が、ランタンに照らされて、薄く、そして青白く光る。
「それは何物かしら?」
つ、とバニカはナイフの動きを止めると、レヴィンに対してそう訊ねた。
「お食事を更に彩る、魔法のような液体です。」
「素晴らしいわ。流石はマイヴェイ。」
感激したように、バニカはそう言った。そのまま、続ける。
「なら、早速振り掛けて頂戴。オクトパスに添えるものかしら?」
「どんな料理にも合いますが、本日はお試しの意味も含めて、オクトパスに挑戦致しましょう。」
マイヴェイはそう言いながら、小瓶の蓋をこじ開けた。硝子の蓋が、硝子瓶と摩擦を起こし、背筋をざわつかせる、くだんの嫌悪する響きが開封の瞬間にもれた。直後に、酢酸のような甘酸っぱい、小気味の良い香りが小瓶から漏れた。その香りを感じて、レヴィンは成程、珍しくまともな食材を用意したものだ、と考えながら、マイヴェイがオクトパスに液体を注いでゆく様を、半ばぼんやりと眺める。
「少しだけ、なのね。」
バニカが不満を示すように、そう言った。それに対して、マイヴェイが宥めるように、答える。
「いいえ、これだけ塗せば十分でしょう。」
「貴方がそう言うのなら。」
バニカはその言葉に納得した様子でそう答えると、緩やかな、周囲の人間が思わず見入るような程度に美しい仕草で、オクトパスの触手を一つ、切り裂いた。柔らかく、抵抗無く切断できたことにバニカは満足そうに頷き、何切れかを一口サイズに区切ったバニカは、そのうちの一つをフォークで刺して、緩やかな動作で口元へと運ぶ。あんな吸盤、気持ち悪くて仕方ない、とレヴィンが内心に感じ、バニカが一口に蛸足を咥えて、噛み切った直後。
バニカの様子が変化した。が、と声にならない呻き声をあげたバニカがナイフとフォークを取り落とし、床と接吻したフォークが甲高い悲鳴を上げる。そのまま、バニカは喉元を両手で押さえながら、テーブルへと倒れこんだ。そのまま、テーブルに顔を落としたまま、溺れた人間が一本の藁を追い求めるように、激しく、痙攣を見せながら、悶える。何かを掴もうともがく、もがく。
「コンチータ様、どうされましたか!」
悲鳴はリリスのものであった。その声にレヴィンは夢想から覚めたように瞳を見開き、バニカに駆け寄る。どのような処置を施せばよいのか分からない、リリスがしているように必死に、そして勢いよく肩を揺するという方法が正しいのか、まるで分からない。その間にも、バニカは声にもならない呻き声を上げ続けていた。まるで、狂気に毒されたかのように。そう考えて、レヴィンははっとしたように顔を上げた。そして、食堂を見渡す。
マイヴェイの姿が、見えなかった。
直後に、レヴィンの脳裏に最悪の状況が展開する。毒、そう、これはもしや、毒。ならば原因はあの小瓶、そうでは無いにしろ、この料理は全てマイヴェイが調理したものに他ならない。そしてその男が、今この場にいない。
直後に、レヴィンは駆け出していた。許さない、あの男。コンチータ様を裏切った。既に屋敷の外へと逃亡したのか、いや、まだそれほどの時間は経過していない。ならば、まだ屋敷の中にいるかもしれない。そう考えて探し回ったレヴィンが最終的にマイヴェイを見つけた場所は意外な場所、厨房であった。その中で、マイヴェイがなにやら、調理に勤しんでいる。
「何をしているのです。」
怒気を隠さないままで、レヴィンはマイヴェイに向かってそう訊ねた。その声にマイヴェイは何事も無かったかのように振り返り、相変わらず落ち窪んだ瞳でレヴィンを眺める。いや、正しくレヴィンの姿が視界に映っていたのかすらも怪しまれる。何かを見ているようで、実は何も見てはいなかったのかも知れない。ただ、マイヴェイは一言、独り言を告げるように、こう言った。
「デザートの用意を。」
正気か、と考えながらレヴィンはマイヴェイに向かって詰め寄った。怒りに任せるままに胸倉を掴み上げ、そして鋭く、刃の如き言葉を放つ。
「あの小瓶、一体何物ですか?」
「小瓶?」
「とぼけないでください!」
噛み付くような怒声を上げながら、レヴィンはそう言うと、瞬間に手を伸ばした。その勢いで、マイヴェイが身に付けているベストのポケットへと、空いている左手を進入させる。そこにある、硬質な感覚に確信して引き上げた左手には、先程の小瓶がしっかりと握られていた。
「この小瓶ですよ、料理人どの。」
冷たく、凍えるような低い声で、レヴィンがそう言った。その見た目の年からは想像も出来ない程度に、冷ややかな、聞くものに冷や汗を強制させる口調でレヴィンは告げ、そして続けた。
「この中身、一体なんでしょうねぇ?」
レヴィンはそう言うと、胸倉を掴んでいた右腕を無造作に、真正面に突き出した。その勢いに、細身で筋肉の薄いマイヴェイの身体がふらりとゆれる。その隙を逃さず、レヴィンは右肩から力任せマイヴェイに向けて飛び掛った。勢いに抗う術も無いままに、マイウェイが倒れる。片付けておいた食器がマイヴェイとレヴィンの動作に巻き込まれ、落下し、床に散って大きな花と不協和音を響かせた。白磁の欠片と、硝子のきらめきがばさばさと舞い起こり、そして重力と共に落下してゆく。
「暴力は、いけませんねぇ。」
馬乗りになったレヴィンを仰向けに、それも力なく見つめながら、マイヴェイはそう言った。その言葉を無視して、レヴィンは小瓶の蓋を開ける。きり、と嫌な音が背筋に震えたのは一瞬、フルーティに香る小瓶の口を、レヴィンはぐい、とマイヴェイの口元、僅か十センチ程度の上空に固定させた。そして、問う。万が一マイヴェイが逃れないように、両膝でマイヴェイの両肩を押さえつけ、更に両脚できつく、万力のようにマイヴェイの胴を締め付けながら。
「毒味、していただきましょう。」
絶対零度にまで下げられた口調を耳に収めて、マイヴェイは恐怖するように瞳を硬直させた。そしてもがく。唯一自由に動かせる足を無秩序にばたつかせ、逃げる一手を探してもがく。
「安全なものなのでしょう?何しろコンチータ様に提供するくらいだ。」
「それは、その、助けてくれ!」
見苦しい、とレヴィンは思った。どうして、この男がコンチータ様の信用を勝ち得たのか、まるで理解できない。薄汚い、くだらない、生きるに値しない、虫けらのような男。
「ああ、虫けらでも役には立つのか。少なくとも、コンチータ様の食事には足りうる。」
レヴィンはぽつりと、それも無感動に口ずさみながら、意味を成さない言葉を喚くマイヴェイに向けて、小瓶を傾けた。ほんの数滴、最低量だけ。その瞬間、恐怖という恐怖にマイヴェイは表面を染め上げた。そのまま、悶える。吐き出そうと必死に、嘔吐を誘うように震える。その様子を、レヴィンは冷静に、爬虫類をいたぶって殺す程度の感覚で、ただぼんやりと眺めていた。やがて、僅かな痙攣だけを残して、マイヴェイはその言葉を失い、それまで生へ向けていた最後の抵抗すらも無くして、全身を弛緩させた。その経緯だけを確認してからレヴィンは小瓶に蓋を閉め、夢遊病者のようにふらりと、生まれたてのカモシカのような頼りない足取りで立ち上がった。一人殺した、という実感は無かった。ただ、裏切り者を処分しただけ。必要の無い古い家具を焼却処分することと同じ。レヴィンはそう考えた。そのまま、食堂へとその歩みを進めてゆく。次はコンチータ様の葬儀を検討しなければならない。一体、僕はどうすれば良いのだろう。暗澹たる心持ちで食堂に戻ったレヴィンはしかし、眼前に広がる、信じがたい風景を目撃して、その背筋を文字通り、凍らせることになった。
「レヴィン、何処に行っていたの、リリスに探しに行かせるところだったわ。」
バニカであった。何事も無かったかのように、平然と、しかも、毒が振りかけられていたはずのオクトパスを殆ど全て、喰らい尽くしている。その最後の一切れをバニカは口に放り込みながら、そして言った。
「ああ、何と言う刺激!これはオクトパスの味かしら、それともあの調味料の味なのかしら!こんなに激しい刺激、唐辛子ではとても実現できないわ!ああ、美味、美味!」
恍惚した表情のままで、バニカはそう言った。あの毒を、喰った。しかも、美味だという。
自身の口元が、痙攣するように引きつったことは、決して気のせいではなかった。あの小瓶は、間違いなく毒物、しかも瞬時に人を殺めるだけの劇薬だった。それなのに、バニカは。
極度の恐怖を感じた人間は、笑う以外の方法を持たないという。レヴィンはまさに、毒をも喰らうバニカの姿こそ、悪魔に見えた。悪魔の魚が聞いて呆れる。オクトパスですら、バニカの前ではあまりに矮小な生物であることを心から恥じるだろう。その意味を総括するように、レヴィンは言った。小さく、周りには届かない程度の、だが恐怖に震える声を、バニカに向けて。
「悪魔だ・・。」
小説版 悪食娘コンチータ 第二章(パート4)
みのり「ということで、第十一弾です!」
満「前回より気持ち悪くない気がする。」
みのり「虫食べてないからね。」
満「そうだな。ということで解説。曲中にもある、『青白く輝く猛毒』、毒物の知識が殆どないので、ここでは推理小説などで一般的に使われる青酸カリをモチーフにしている。」
みのり「調べたら、なんか甘酸っぱい香りがするらしいです☆嗅いだことないけど。」
満「それから、誤解が無いように伝えておくと、青酸カリは文字とは違って無色の液体なのでご容赦ください。というか青色の毒って調べても引っかからなかった。何か知っている人がいたら教えてください。」
みのり「それから、マイヴェイについてだけど。」
満「実はモデルがいる。『アルミン・マイヴェス』というドイツ人だが。」
みのり「殺人鬼といえばいいのか、食人鬼といえば良いのか・・。」
満「興味のある人は自己責任でググって欲しい。実在の人物だ。というかウィキペディア見る限りまだ裁判中らしい。割合最近の事件だからな。」
みのり「ということで、なんだか猟奇的な話になってすみません。。次回も宜しくね☆」
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ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
青色の毒で水溶液……といったら、真っ先に浮かぶのが「硫酸銅」でしょうか。青くて綺麗☆中学校の理科の実験で、結晶などをつくったりした思い出があります。
口にすると腹痛、吐き気、眩暈などが起こり、肝臓機能や腎臓に障害をのこすこともあるらしいです。見た目は雰囲気たっぷりですが、……バニカ様なら楽勝すぎる相手かもしれない^^;
それにしてもマイヴェイさん……いいキャラでした。
2011/09/04 23:43:26
レイジ
続いてコメ返第二弾!
本当にコメントありがとう?♪
ついでにレスも感謝してます☆
なるほど、そんな毒物があったのか・・。
勉強になります♪
中学校の理科の実験とか全然覚えてないや。。
中学までは理科得意だったんだけど・・^^;
15人目まで料理人出さないと次に進まないから、マイヴェイはさくっと終了☆
とりあえず、歌詞にある「青白く輝く猛毒」を食べるきっかけを作ればそれでマイヴェイの役割は終わりなので・・。
ちなみに、次に出てくる14人目にも少し絡む予定ですけどね。(とっても気持ち悪い状態で。)
ではでは、次回もよろしくお願いします☆
2011/09/05 21:55:38