第二章 ミルドガルド1805 パート1
もう、四年も経ったのね。
丁度一年ぶりに訪れた旧黄の国の王都、四年前にカイト皇帝によりゴールデンシティと改名されたその街に訪れたのは、桃色の髪を持つ妙齢の女性、ルカであった。手にしたバスケットの中にはハルジオンの花束と、丹精込めて焼き上げられたブリオッシュが収められている。カイト皇帝のこの四年間の治世に評点をつけるならば、まずまずの評価というところであるだろうか。ゆっくりとしたペースではあったが、ゴールデンシティの経済状況はとりあえず上向きに推移している。もっとも、比較すべき対象が酷過ぎた、ということも言えるわけではあるが。
そのルカは、毎年恒例となっている行事を済ませる為に南大通からゴールデンシティを一周している環状通りを比較的のんびりとしたペースで歩いてゆくことにした。馬は既に南大通沿いにある宿舎に預けている。馬で目的の場所まで向かっても良かったが、久しぶりにゴールデンシティを歩きたいと考えたのである。煉瓦造りで統一された、均整のとれた街を歩くこと二十分余り、ルカはようやく目的に場所に到達して、僅かに瞳を細めた。その場所は街の北側に位置している。静かな、そして神聖な場所であった。
墓地である。
この墓地の一角にその遺骨が納められている、リン女王とされる人物の墓を彼らの誕生日に訪れることがルカの毎年の習慣となっていたのである。今はルータオ修道院で静かに暮らすリンとハクリが丹精込めて作ったブリオッシュとハルジオンの花束だ。きっとレンも喜んでくれるだろう、とルカが考えて墓地に踏み入れようとした時、背後から声が掛けられた。
「ルカ殿。」
思わず振り向き、そしてその姿を確認してルカは僅かに眉をひそめた。四年ぶりの再会になるのか。瞳にまず飛びこんでくるのは燃える様な赤髪。そして腰にした大剣。元赤騎士団騎士団長であり、現ゴールデンシティ副総統であるメイコであった。
「メイコ殿、どうしてここに。」
今更戦うこともないだろうが、それでもルカは慎重に身構えた。事情はどうであれ、メイコは黄の国を滅ぼした張本人であり、そしてまだ発覚はしていないだろうが、ルカは最後の女王であるリンを逃亡させた人間なのである。
「私も、リン女王の墓参りに同行させていただければ、と考えまして。」
どうやら戦う意思を持たないのはメイコも同じらしい。柔らかな笑顔を見せたメイコは、そのままゆったりとした調子でルカに近付いてくる。戦意を削がれた様な格好でルカは僅かに肩を落とした時、ルカの近くに歩みを進めたメイコが、小声でルカに向かってこう言った。
「リン様を逃がして頂き、ありがとうございました。」
その言葉に、ルカは険悪な表情でメイコを睨みつけた。なぜ、そのことを知っているのか。場合によっては、ここでメイコと戦ってでもリンを守って見せる。そう考えてルカがメイコから距離を取ろうとした時、メイコが続けてこう言った。
「大丈夫です。リン女王が生存されていることは、私以外に知りません。」
その言葉はルカにとっては意外な表現であった。
「どうして?」
まだ疑いが晴れない、という様子でそう告げたルカに対して、メイコは寂しげな表情を見せながらこう言った。
「私も、黄の国の騎士でしたから。」
その言葉に、ルカは小さく溜息をついた。一体、半年以上続いた一連の戦乱は一体何を残したと言うのか。そう考えたのである。それまでの歴史を百八十度変えてしまった戦だったにも関わらず、誰もが何も手に入れることが叶わなかった空しい戦。メイコもまたその一人か、とルカは考えて、メイコに向かってこう言った。
「なら、一緒に行きましょう。」
その言葉に真剣な表情で頷いたメイコは、以前よりも大分色香を増してきたように思える。恋人でもいるのかしら、とルカは考えたが、敢えてそれには触れずに墓地の中を歩きだした。長年の間魔術を極めて来たルカであっても、この場所に来れば厳粛な気分に陥る。人が与えられた人生を懸命に生きた証。それがこの様々な形をした墓石に刻み込まれている。中には、不本意にその人生の終了を宣言された人間も存在するけれど。レンは、その中でも最たる者の一人だろう、とルカは考えながら、通い慣れた様子で墓地の内部に設置された道を踏みしめていった。メイコも無言のまま、ルカの後ろを歩いて来る。おそらく、メイコも私と同じような感覚を味わっているのだろう、とルカは考える。その二人が目的としている場所は墓地の一番奥、黄の国の歴代国王と王族が眠る一角に用意されていた。最後の女王であるリンに対して用意された墓石はそれほど大きなものではない。寧ろ、敗戦国の国王としては最上級に値する様な扱いを受けているともいえるかも知れない。その為にメイコとアレクが相当に尽力したらしいという噂はルカも耳にしていたが、その礼を述べる気分にはどうしてもなれず、ただルカは無言のままでリン女王の墓石へと至る最後の角を曲がった。だが、その場所に似合わぬ存在を視界に収めて、ルカは思わず背後のメイコと顔を見合わせたのである。
誰か、倒れている。
リン女王の墓の前に、黄金の髪を持つ少女が倒れ込んでいたのである。だが、その服装はどうにも奇妙ないでたちであった。妙齢の女性がハーフパンツにシャツという格好で自身の肌を公衆に晒す訳がないのだが、その少女は若々しく、そして潤いの溢れる自身の脚をはしたなくもさらけ出している。そのハーフパンツも、見たことの無い布地であった。見るからに履き心地が悪そうな硬い生地に、青色の染料で染め上げられたパンツをルカは今まで見たことがない。オリエント辺りからの旅人かしら、とも考えたが、ともかく放置するわけにもいかない、と考えてルカはバスケットを一度地面に置くと、その少女を抱きかかえようとした。その時、ルカが驚愕に瞳を硬直させた。直後にその少女を覗き見たメイコも同様であった。
その少女は、リンと良く似た顔立ちをしていたのである。まさか、こんな場所にリンがいるはずがない。リンとはルータオで一週間前に別れたはずだ。なにより、こんな奇妙な格好をしているはずがない。
「ルカ殿、リン様は?」
メイコがそう訊ねて来た。そう、先ずそう疑うのが人情だろう、と考えながらルカはこう答えた。
「リンならルータオに置いてきたわ。」
「では、この少女は?」
「私が知りたいわ。」
ただの他人の空似かもしれないとは考えたが、まるで瓜二つ、鏡に映し出したかのように顔立ちが似た人間が生まれることなどあるのだろうか、ルカはそう考えながら、未だに目を覚まさない少女の肩を軽くゆすった。その行為で少女がゆっくりと瞳を開ける。
「金髪蒼眼・・そんな、馬鹿な。」
メイコの声が遠くで響いた。そう、そんなことがあるはずがない。何かの見間違いではないのか。金髪蒼眼は黄の国の王族の特徴。そして残された王族はもうリン一人しかいない。
「貴女、お名前は?」
何かを確かめたくて、ルカはまだ焦点が合っていない様なぼんやりとした瞳をしたままのその少女に向かってそう訊ねた。少女はなんのことだろう、と言いたげに僅かに瞳を細めた後に、ルカに向かってこう言った。
「リーン、よ。貴女は誰?」
小説版 South North Story ⑲
みのり「ということで第十九弾、第二章のスタートです!」
満「物語の時代が一気に逆行する。『ハルジオン』で宣言した通り、あの時から四年後のミルドガルドだ。」
みのり「時間軸が複雑になるけど、皆ついて来てね☆」
満「で、次回分だが。」
みのり「今週はこれで最後かな・・?もしかしたらもう一つ投稿出来るかもしれないけど、これから出かける用事があるので。」
満「ということで、次回もお願いします。」
みのり「またね☆」
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