そうして翌日の朝。雅彦は起き、ベッドの上でぼおっとしていた。今日は朝食当番ではないので、もう少し遅くに起きても良かったが、何となく目がさめたのである。昨日、ミクの胸の中で泣き、さらに幸田にも心配をかけていたことが分かった。今、雅彦は自分がどうすべきかを考えなければならない。その脳裏に、今までに雅彦が出会った人の顔が去来する。
(今の僕は、多くの人々との出会いの上に成り立っている…)
ミクたちもそうだが、それらの人々なくして今の雅彦はなかっただろう。そして、それらの人々から、雅彦は多くのものを得た。
(…だけど、僕はそれらの人々にこだわりすぎて、過去ばかり見ていては、きっと駄目だろうな)
確かに人々との出会いは重要だが、それにこだわると、過去に縛られてしまう。それは、雅彦が出会った人々は望まないだろう。
(僕はきっと、未来に向かって歩いていくことを求められるだろう)
そう思う雅彦。自らパラダイムシフトを起こし、その経過を見届けてきた。今までの人生の中で、全く後悔がないといえば嘘になる。確かに、自分の決断が良かったのかと思う時もあった。判断を悔いたこともある。しかし、決断は取り消せない以上、後悔した所でどうしようもないし、非生産的だと思っていた。雅彦には前を向いて歩く選択肢しかないのだ。
(…だけれども、僕がどう生き、どう決断を下し、その結果世界がどうなったかは、残していかないとな)
自分が世界にパラダイムシフトをおこし、世界が変わっていった過程は、後世に残していかないといけないといけないとはおもっていた。歴史という分野は、雅彦の門外漢だが、恐らく、雅彦が助けを求めれば、幸田のように、しかるべき人物が手を差し伸べてくれるだろう。
そうやって色々と考えていた雅彦はベッドから起き、自分の机の引き出しを開ける。そこには古びた腕時計が入っていた。その腕時計は、かつて雅彦が野口にプレゼントし、野口の臨終の時に雅彦に託された野口の遺品である。
(時間ってのはこの時計の針と同じで、進むことしかできねえんだよ。たとえマサがどれだけ頭が良くても、時計の針は戻せねえ。か…)
野口の言葉がよみがえる。野口は雅彦にとってはミクや他のボーカロイドと同じくらいの重要人物である。雅彦にボーカロイドの知識のイロハを教えてくれたのは野口だったし、それ以降も、野口が存命の間も、彼から色々なことを教わった。野口なくして今の雅彦はなかったといっても決していいすぎではない。その時計は、いまだ時を刻んでいる。しかし、ここまでの間長期にわたって動いているのは、製造メーカーの想定外かもしれないので、いつ止まってもおかしくない。
(…一度、この時計を見てもらったほうが良いな)
ちゃんとした専門家に時計を見てもらい、場合によってはメンテナンスや部品の交換が必要になるかもしれない。このような、メーカーが生産を打ち切って長い期間がたった古い時計でも、メンテナンスしてくれる業者は存在するらしいので、そういう所を頼ったほうがいいだろう。
(…野口先輩、僕、頑張ります)
決意を新たにする雅彦。そうして朝食を食べるために部屋を出た。
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