雅彦は家に帰って、そのまま部屋に直行した。部屋に入り、机に備え付けられた椅子に座った。椅子に座ったまま、そのまま何をするともなしにぼおっとしていた。ミクがワールドツアーに出かけてから、こんな風に部屋で何をするともなしにぼおっとすることが多くなっていた。
(…ミクのいない家って、こんなに空虚だったんだな…)
そんなことを考える雅彦。二人の休みが重なった日で、どこにも出かけない日は、雅彦とミクはどちらかの部屋で話をすることが多かった。話すことはお互いの仕事の話や、日常でのあれこれと言った、本当に他愛のないことばかりだったが、二人にとってはそれでも十分楽しかった。雅彦とミクはKAITOとMEIKO程スキンシップをすることもなく、誰から見ても、いわゆる清い交際をしていたのだが、二人はそれでも十分満足していた。色々と考えていた雅彦は、この家に雅彦が住むと決まって、初めて今の自分の部屋であるこの部屋を案内された時のことを思い出した。
…
「…ここが雅彦君の部屋よ。気に入ってくれたかしら?」
MEIKOが尋ねる。恐らく何部屋かあるゲストルームを雅彦の部屋にするために家具などを追加したのだろう。雅彦は部屋を確認した。部屋としては十分な広さがある。今まで雅彦が住んでいた住環境からすると、格段に恵まれているといっても良い。
「はい、気に入りました」
部屋を確認して満足そうに雅彦が応える。
「それじゃ、確か引越し屋さんが来るのは明後日よね。見てのとおり、ここで暮らすための家具は揃っているから、今雅彦君が使っている家具や食器なんかは処分してしまって良いわ」
「はい、家具については話を聞いていたので、引越し屋さんに処分してもらえるようお願いしています。食器については、いくつか気に入っているものもあるので、それは続けて使いたいんですが、構いませんか?」
「もちろんよ。ただ、食器がダブると困るから、どの食器を持ってくるかはリストアップしておいてね」
「はい、分かりました」
「雅彦さん」
振り返る雅彦。見るとミクが部屋の中に入って来ていた。
「ミク、どうしたんだい?」
「これから、私たちは家族ですね」
「…そうだね」
「私、嬉しいです」
「僕もだよ」
「…それじゃ、私はコーヒーの準備をしてくるから」
「はい、MEIKO姉さん」
そう言ってMEIKOは部屋をあとにする。二人きりになったが、椅子は一つしかないので、雅彦は迷ったあげくベッドに腰かける。
「…いよいよですね」
「そうだね。でも、ボーカロイドでもなんでもない僕が、ミクたちと家族になって良いのかな?」
「雅彦さん、雅彦さんだって幸せになる権利はあるわ。これは家族みんなの総意なの。だから、雅彦さんは何も心配する必要はないわ」
少し心配そうに話す雅彦に、笑顔で応えるミク。
「そうだと良いけど…」
「そうよ、みんな雅彦さんと一緒に暮らせるのを楽しみにしてるわ。特にレンは喜んでいるはずです」
「レン君が?」
「はい、レンとKAITO兄さんは結構年齢が開いているから、色んなことを相談しづらいみたい。年齢だと私が近いですけど、同性じゃないときっと相談できないこともあると思うの。雅彦さんはレンとかなり年齢が近いから、レンは色々と雅彦さんに相談しに来ると思います」
「でも…、僕なんかでレン君の相談相手がつとまるかな?」
「大丈夫です。自信を持って下さい」
「僕は理詰めで解決できることなら何とかなると思うけど、それ以外のことはちょっと難しいかもしれない」
「もし、分からなければ、私やKAITO兄さん、MEIKO姉さん、ルカ姉に相談すれば大丈夫ですよ」
「そうか…、頑張ってみる」
「二人とも、コーヒーが入ったわよ」
MEIKOが二人を呼びに来る。
「はい…、雅彦さん、いきましょう」
「分かった」
…
(僕にだって幸せになる権利はある…、か)
昔のことを思い出した雅彦はそう考える。
(確かに僕は幸せになった。でも、ミクを傷つけてしまった。こんな僕が、ここにいて良いのだろうか?)
雅彦がボーカロイド一家と一緒に住むようになったのは、昔、雅彦の生い立ちがあまり恵まれなかったことをミク、KAITO、MEIKOの三人が調べて、ボーカロイド一家が相談した結果決まったことである。雅彦はそのお礼ということで、自分にできることは何でもした。要領が良かったため、家事全般の腕前はあっという間に上達した。ボーカロイド一家で特に家事を担当するMEIKOやルカはスケジュールの関係で生活が不規則になりがちで、必然的に家事をする時間も十分に取れないこともあった。そういう時には積極的に家事をすることで、ボーカロイドから感謝もされた。しかし、雅彦の生活の中心はあくまでミクである。そのミクとの関係を雅彦自身がぶち壊しにしたのだ。そういう考えに至るのは当然のことだろう。
(みんな、何もいって来ないけど、出ていったほうが良いのかな…)
雅彦の思考は、袋小路へと迷い込んでいた。
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