裂かれる双子

 行きたくない気持ちはあるものの、中庭から王宮に入るにはあそこを通るしかない。レンは内心の不安を誤魔化しながら、リンと一緒に大人達の方へと進んで行く。
 出入りが偶然重なっただけだ。通して欲しいと言って王宮に入れば良い。レンは自分にそう言い聞かせていたが、違和感は強まるばかりで治まる気配が全く無い。
 頭の中に冷たい水を入れられたような感覚がする。胸の奥がざわめいて、心臓の音が酷く大きく聞こえる。王宮へ、正確には大人達に近づくに連れて鼓動が激しくなる。
 何だ? 何なんだ? この嫌な感じ。
 大人達がこちらに目を向ける。心を読まれたのかと思い、レンは思わず足を止めた。
「レン、大丈夫?」
 振り向いたリンの向こうから、貴族達がこちらに迫って来るのが見える。首筋の毛がまた逆立つ感覚がした。さほど経たずに大人達に前を囲まれる。嫌な感じがまた強くなった。
「こんな所にいましたか、レン王子。それから、リン王女」
 大人達の視線がリンに集中する。その目には優しさなどはなく、王子のついでに王女を見ているようだった。明らかにリンの扱いが悪い事に苛立ちを覚え、レンは嫌悪を宿した目で相手を見上げる。
「何でそんな言い方をするんだ」
 姉を庇うように移動して言い返す。自分よりもずっと大きな人に囲まれて正直怖い。しかし、まるでリンを邪魔者のように扱うのが許せなかった。
 後ろから僅かに服を引かれる。レンがちらりと視線を送ると、心配そうな表情をしているリンと目が合った。
 駄目だよ、レン。そんな事をしたら。
 口には出さなかったが、リンがそう伝えているのが分かる。王子であるレンが家臣達ともめ事を起こしたらいけないと言っているのだ。
 父も母も亡くなった今、この国を治めているのは上級貴族の大人達である事はレンも理解していた。王族だけど子どもの自分達が何も出来ない事も。
 分かってる。でも……。
 レンも目だけで話す。敵わなくても、リンが受け入れていても、納得できないものは納得できない。
 いじらしいその様子を、二人へ最初に声をかけた貴族はにやりとした笑みで見下す。他の大人達もわざとらしい笑顔を張り付けてリンとレンを見下ろしていた。
「これは失礼致しました。我らは将来の国王である王子殿下を第一に考えております故」
 慇懃な物言いで神経を逆撫でする事を言われ、レンは歯を食いしばる。
 僕の事なんかどうでも良い。リンに謝れ。リンは僕の姉様で、この国の王女だ。王子のおまけなんかじゃない。
 レンが我慢出来ずに反論するより早く、貴族が口を開いた。
「つきましては、この国の為にリン王女を貧民街に追放する事に致しました」
 特別何でもない、世間話をするような口調で言われる。リンとレンが言葉の意味を理解するのに少々間が空いた。
「え?」
「は?」
 呆然とした声を出した時には、既に大人達が二手に分かれてリンとレンの肩を掴んでいた。繋いだ手を離されそうになった所で我に返り、レンは必死でリンの手を握りしめ、自分の肩を掴んでいる大人に向かって叫ぶ。
「何するんだ! 放せ!」
 リンもレンと繋いだ手に力を入れる。この手を離されたら終わりの気がした。後ろにいる大人に向かって声を上げる。
「止めてよ! 放して!」
 大人達がリンとレンを引き離そうと力を込める。二人は限界まで粘っていたが、繋いだ手が解けるのはすぐだった。
「レン!」
「リン!」
 お互いの手の感触が消え、二人は限界まで腕を伸ばす。指先が一瞬だけ触れたのを最後に、リンとレンは大人達によって強引に引き離された。レンの肩を掴んでいた大人がなおも暴れるレンを両腕で押さえ付ける。
「放せ! 放せよ! 何でリンが追放されなくちゃいけないんだ!」
 レンは拘束から逃れようともがく。本気でじたばたしても前に進めず、体に回された腕が緩まない。
「この国の為です」
 真上から聞こえた静かな声。やけに落ち着いた口調が耳に入り込み、レンは徐々に暴れるのを止める。
 何で? どうしてリンを追い出す事が国の為になるんだ? どこが国の為なんだ? 僕とリンが一緒にいたらいけないのか? 何で? どうして?
 同じ事を言われたのか、肩と腕を掴まれているリンが呆然としている。貴族は肩をすくめて、大人しくなった二人に説明を始めた。
「リン王女とレン王子。どちらが次の王になるのかを話し合っていたのはご存じでしょう? 度重なる議論の結果、次期国王はレン王子に決定しました」
 それが何なんだ、とレンは思う。自分が第一王位継承者である事は両親から教えられていたし、父と母が亡くなってから王宮内が少し嫌な空気になっているらしいのはリンから聞いていた。
「僕が知りたいのはそんな事じゃない! 何でリンが追放されるんだ! どうして貧民街に行かなくちゃいけないんだよ!」
 前に父から教わった事がある。王宮からは見えないが、王都外れにある貧民街には今日のご飯にも困っている人や、家が無くて冷たい道端で寝るしかない人がいる。働いても少ないお金しかもらえなくて、盗みをしなくちゃ生きていけない人だっているのだと。
 初めて話を聞いた時は信じられなかった。王宮内にはその事を話している人はいなかったし、たまに王宮を抜け出して街へ遊びに行った時にも、そんな人達を見た事が無かったから。正直、父が嘘をついていると疑ったくらいだ。
 その時隣にいた母の体験を聞かなければ、父の話を信じる事は出来なかったと思う。
 母が王妃になる前。つまり父と結婚する前に教会で働いていた時の事。街中で袋叩きに遭った子どもが教会に運び込まれた。治療はしたものの、子どもは一晩着き添っていた母の前で息を引き取った。
その子どもは頼れる身寄りも仕事も無く、パン一つを買うお金も持っていなかった。空腹に耐えられなくて食べ物を盗み、それがばれて袋叩きにされたらしい。
 母の話は衝撃的で、絶対に忘れてはいけない事だと肌で感じた。
 この国にはそんな人だっている。それを知りもせずに王様になってはいけない。王様の仕事は、貴族などの上流階級が更に贅沢出来るかを考える事じゃない。家も仕事も無く、その環境から脱出する好機すら貰えない人達を助け、下から押し上げるのが役目だと父は言っていた。
「お二人は知らないようですが、この国には古い、とても古い言い伝えがあるのですよ。王室と、貴族の中でも上級の者達しか知らない言い伝えが」
 下級の貴族や国民は知る由も無いと話す貴族に、レンは吐き気がする程の不快感を覚えた。向こう側にいるリンも不審を露わにしている。
 絶対ろくなものじゃない。双子が同じ事を考えていると、貴族は二人に一瞥もくれずに口を開く。
「男女の双子は呪われている。災いの証である、と」
陛下はその言い伝えを迷信だと一笑していたと貴族は言い、リンとレンを見ないまま話を続ける。
「陛下が亡くなり、レン王子が次期国王になると決まった後、言い伝えを信じる者や王子派の人間はリン王女を消すべきだと主張していました。しかし、我々はリン王女が殺される事だけは何とか避けようとしました」
 自分達は王女の命を守ろうとしているのだと話す貴族に、レンは再び強烈な不快感を覚えていた。
 あくまでリンを助けようとしているのだと言っている。だけど、それが都合の良い嘘を並べているようにしか聞こない。表向きを綺麗にして、裏にある汚いものを誤魔化しているような感じがするのだ。
「お互いがなんとか納得する方法が、リン王女を貧民街に追放する事だったのです。レン王子、リン王女、ご理解……」
「何だよそれ……」
 子ども特有の高い声が貴族の発言を遮る。黙って話を聞いていたレンが、大人に捕まったまま怒りを露わにしていた。
「呪いとか、災いとか、そんなはっきりしない事を信じてリンを追い出すのか!? 僕はそんなの信じるもんか!」
 言い伝えは嘘だ、でたらめだ。顔を赤くして叫ぶレンに返って来たのは、大人の無慈悲な言葉だった。
「これはもう決まった事です。リン王女が王宮にいてはまた混乱を招く事になります。レン王子、王族ならこの国の為に受け入れて下さい」
貴族がレンに背中を向けて歩き出す。それを合図にして、リンを捕まえていた大人が動いた。
「レン!」
 担がれたリンが悲鳴を上げて手を伸ばす。レンも手を伸ばしたが届くはずも無く、姉弟の姿が足早に遠ざかって行く。押さえ付けられて駆け出す事も出来ない中、レンはまだ痛む喉で片割れの名前を呼んだ。
「リン!」
 目が熱くなって視界がぼやける。頬に涙が流れるのを自覚しながら、レンは小さくなるリンへ必死に伝える。
「迎えに行くから! 絶対に、いつか迎えに行くから!」
 すぐには無理でも、必ず迎えに行く。距離が離れて答えが聞こえないが、泣きながらリンに約束する。
「だからっ、げほっ!」
 連日泣き続け、治す暇もなかった喉が焼け付くように痛む。これ以上叫ぶなと体が訴えていたが、レンは掠れ声を張り上げた。
「だからっ! リン――!」

 生きて。
 もう聞こえる距離では無いはずなのに、リンにはレンの最後の言葉が届いていた。
 大人に担がれて体が揺らされる中、とっくに小さくなったレンを見つめる。何をしているかは遠くて分からないけど、きっと自分と同じように泣いているはずだ。
 すぐにでも駆け出して、レンの所に戻りたかった。だけど、精一杯もがいても体に回された腕が緩む事は無く、疲れた上に大人の機嫌を悪くさせただけだった。
「往生際が悪い。いい加減諦めたらどうですか、リン王女。いや、もう王女では無かったな」
 傍を歩いていた貴族から不愉快そうに言われ、リンは恐怖で体を強張らせる。
 両親が亡くなる前から、上級貴族の一部が自分を嫌っていたのは何となく感じていた。はっきり言われたとか、邪魔者扱いをされた訳ではないけれど、向けられる視線や雰囲気が冷たい事がたまにあった。
怖かった。話したらもっと酷くなるかもしれなくて、誰にも言えなかった。父や母、レンに心配をかけたくなくて、言いたくなかった。
「全く。陛下は何を考えていたのやら……」
 貴族の呟きを聞き、リンは体を震わせる。
 自分を守ってくれる人も、傍にいてくれる人もいない。これからはレンに会う事すら出来なくなって、ひとりぼっちで生きなくちゃいけない。

 頭にその考えが浮かんだ瞬間、リンは心が締め付けられる感覚を味わっていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒲公英が紡ぐ物語 第4話

 大人たちの勝手な都合全開。

 喉が結構やられてる、大人たちの動きがやたら速い等のせいで、レンの「迎えに行くから!」はリンに聞こえていないです。

閲覧数:336

投稿日:2012/03/04 11:56:18

文字数:4,305文字

カテゴリ:小説

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