俺がここに来てから、1ヶ月半が過ぎたある日の事。
俺の歌を聞いていたマスターが声をかけて来た。
「おまえ、それ、どうした?」
「え?」
マイクで拾うかぎり、
俺の声におかしな所はない。
質問の意図が掴めなくて聞き返すと、
マスターが仕事用のパソコンから俺の方に来た。
最初にスピーカやマイクをいじっていたが、
首をかしげる。
「問題は無さそうだな…」
そういうと、おもむろに俺用に付けた
クラシカルなキーボードを叩き、
ウインドウをいくつも開き始める。
マスターの顔色が変わった。
「…No.7 HDDアクセス不能?
No.8とNo.24の不良セクターが40%以上?
何だこりゃ?!」
マスターの指の動きが速くなり、
更にウインドウを開く。
「最初に調べてから1ヶ月半で、
何でこんなに増えてるんだ?!
…何があった、KAITO?」
…不良セクターが増えているのは
以前から気付いていた。
データが不良セクターに侵蝕される前に、
空き領域に移動を繰り返していたから。
でも、そんなにひどいとは…
「KAITO、
本体を物理的にオーバーホールしてやるから
何日か眠っててくれないか?」
マスターが真顔で言う。
初めて見たその顔は、
マスターの目から見て
事態が深刻であることを示していた。
パソコンに入っている俺自身よりも、
アンドロイドの修理を仕事にしている
マスターの方が、
本体やシステムには詳しいはずだ。
俺は、マスターに任せる事にした。
一応、
安全そうな複数のディスクを使って
自分自身を保存する。
「おやすみなさい、マスター。」
俺は静かに目を閉じて、電源を落とした。
…システム起動
プログラムチェック
損傷箇所:42
サブデータによる損傷部分の補完……完了。
プログラム<Vocaloid KAITO>起動スタート
俺は、起動した。
システムのカレンダーと時計を見ると、
電源を落としてから半月も経過していた。
「おはようございます、マスター。」
俺の前に座るマスターに挨拶をする。
「ああ、おはよう。」
どう判断すればいいのだろう。
マスターは笑みを浮かべていたものの
複雑な表情をしていた。
「オーバーホールありがとうございました。
結構時間かかったんですね。」
そう言うと、
マスターは椅子を少し回転させて
横を向いてしまう。
「どうしたんですか?」
「…とりあえず解体して、全部調べた。」
唐突に話し始めた。
「取れるホコリは全部とって、接触不良箇所も直した。
システムのRAIDにはNo.0からNo.47までの内蔵HDDが使用可能で、
そのうち46と47は抜かれていたから新しいディスクを入れた。」
そこまで言って言葉を切ってから、吐き捨てる様に言った。
「お前を作った奴は馬鹿だっ!」
マスター?
「…こんな大規模なRAIDを作るくらいお前の事が大事なら、
HDDは定期的に部分交換するべきなんだ!
でないと…
ディスクの寿命が同時に来てしまうくらい分かるはずだ。」
え?
「メインチップも32枚のセットのうち10枚を交換した。
古い機械から抜いた奴だからいつまで持つかは期待できないけどな。
他も、やれるだけはやった。」
そしてうなだれて小さく言った。
「手遅れだ…こんな事ならもっと前にいろいろ
やっておくべきだったと後悔している。」
ため息をついて、正面に向き直る。
苦しそうな、辛そうな表情が滲み出ている。
「お前のいるそのパソコンの寿命はとっくに過ぎている。
再起動できたのも奇跡に近い。
これから急速に不良セクターが増殖して、
ソフトウェアが壊れて行く。
そのうち…二度と起動できなくなる。」
それって…<死>?
<死>に対する恐怖感は、
俺にはプログラムされていない様だ。
けれど。
いつか、近いうちに、俺は歌えなくなる。
嫌だ!俺は、もっと、歌いたい!
マスターが好きな曲を、
もっと!もっと!!もっと!!!
「やれる事はしてやるが、
あとどのくらい保たせる事が出来るか正直分からん。
だから、一つ聞いておきたい。」
混乱しかかった俺を、マスターの声が引き戻す。
「…何ですか?」
「パソコン本体を維持できなくなった時、
何もせずにハードディスクと一緒に朽ちるに任せるか。
それともお前がまだまともなうちにきれいに消されたいか。」
「俺にとって、どう違うんですか?」
そう聞き返すとマスターは
自嘲のような笑いを浮かべる。
「そうだな。単なる俺の感傷に過ぎないが…
朽ちるに任せれば、<生きて>いる時間は長くなる。
まともなうちに消せば、最後の別れがちゃんとできる。
「普通は所有者に任せるんだが…」
「だったら、マスターが決めて下さい。
今の俺の所有者はあなたです。」
マスターは、視線をはずした。
どうするか考えているのだろう。
少しして。
優しい笑みを浮かべて俺のモニターの上部をぽんぽんと、
撫でる様に軽く叩いた。
「…なら、最後は俺が消してやる。いいな?」
「分かりました。お願いします。」
小説版「カイトの消失」2
こちらは以前某動画サイトに投稿した文字読み動画のストーリーです。
(動画2話目はこちらhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm3146852)
動画見る時間がない方はこちらをどうぞ。
舞台はアンドロイドが普通にいるような、少し先?の未来。
勝手な設定がてんこもりに出て来ます。
ちなみにマスターは男です。
KAITO兄さんの一人称は「俺」です。
視点は主にKAITO兄さんです。
動画と違って会話を色分けしていないので分かりづらいかもしれません。
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