「何だと!?」
 予想を上回る台詞に驚愕し、ヴェノマニアは悪魔に飛びかかる勢いで駆け寄り、ふざけるなと怒声を上げる。
「あの話は何百年も前の出来事だぞ!? そもそも、あの絵の悪魔とお前の姿はまるで違うだろう!」
 右腕で背後の絵を示して、悪魔が告げた言葉を否定する。あの絵に描かれている悪魔は黒く巨大な体を持ち、両耳の上からは角が後ろ向きに生えた、怪物や化け物と呼ぶべき姿をしている。腰まで伸びている髪なのか体毛なのか分からない毛の色と、背中の赤みがかった羽は少年悪魔と共通ではあるものの、どう見ても同一の存在とは考えられない。
 ましてや、先祖が命がけで戦って滅ぼしたはずの相手を子孫の自分が召喚してしまうとは、一体何の因果だろう。
「人を見かけで判断するな。……と言いたい所だが、貴様ら人間が悪魔に気を配っているとは考えられんからな」
 人間の知識不足を当たり前のように指摘し、悪魔はからかうような口調でヴェノマニアの疑問に答えを出す。
「俺様は一四二七歳。悪魔の中ではまだ若い方だ」
「せ……!? しかも若い!?」
 信じられないと続けようとして、初対面で「小僧」呼ばわりされた事をヴェノマニアは思い出す。何故年端もいかない少年にそんな風に呼ばれたのか不満だったが、それだけ長い時を過ごしているのであれば納得だ。
「種族や個人によって、見た目にはかなり幅があるな。俺様より年下なのに年寄りの姿をしている奴もいれば、逆に年上で幼い外見の者もいる」
 歳と外見に関しては天使や神も同様だと悪魔は語る。天使は人の姿を取っている者がほとんどだが、悪魔と神は人型以外の姿を持つ者も多い。
「竜や鳥と言った獣の姿をした奴もいる。いちいち気にしていたら話にならん」
「成程……」
 何となくではあるが理解してヴェノマニアは呟く。人間も犬も猫も全て『生き物』だが、それぞれ多種多様であるのと同じように、『悪魔』にも様々な種族がいると言う事か。
「俺様のような人型に共通しているのは、耳が尖っている事だけだな」
 悪魔は髪を無造作に掻き上げ、隠していた耳を露わにする。羽は出し入れ自由であり、現在は仕舞われている。耳と羽を隠し、力を出すような事をしなければ、人間の少年と見分けは付かない。
 彼はそうやって人間の社会に紛れ込み、噂を流したり、人間観察を行ったりしている訳である。
「耳だけなのか? 羽や尻尾はどうなっている?」
 人間が描く悪魔の特徴を浮かべ、ヴェノマニアは疑問と好奇心に押されて尋ねる。自分で考えろと一蹴されるかと思いきや、意外にもあっさり返事があった。
「貴様ら人間は、個人によって髪の色が違う事や、髭が生えない事を異常だと考えるのか?」
 疑問に疑問で返された形になったが、つまりは悪魔にとっての羽や尻尾は、人間にとって髪の長さや服装が違う程度の事らしい。今更ながら、人外の者と会話を交わしている現実に驚きを隠せない。
 しかし不思議と悪魔に好感を持てるのは、自分の話に耳を傾け、口は悪いがきちんと返答をしてくれるからだろう。今まで周りにいた人達は、話を聞く以前にこちらを相手にする気すらなく、聞いたとしても言い分全てを否定する連中ばかりだった。
 そう。彼女すら、そんな連中と同じように……。
「っつ……!?」
 幼馴染の姿を脳裏に浮かべた瞬間、頭の内部に鋭い痛みが走る。
 若草色の髪と瞳を持った、隣の領地を治める家系に生まれた彼女。最後に会ったのは何年前だろうか。子どもの頃はいつも一緒にいるのが当たり前だったのに、成長するにつれて会う機会が減り、いつもは時々になり、時々はたまにと変化して、いつの間にか顔を会わせないのが普通になった。
「……何だ? 危機的状況でも無いのに、潜在能力でも覚醒しそうなのか?」
 小馬鹿にした呼びかけによって我に返り、ヴェノマニアは片手で額を押さえていた事に気付いた。首を軽く横に振って悪魔の言葉を否定し、思い出を振り払う。
 彼女の事は後にすれば良い。現在目の前にある思考を優先すべきだ。
「そんな便利なものがあったら苦労はしない。元の話を忘れるな、あの絵に描かれた悪魔は本当にお前なのか?」
 潜在能力がどうとか言うのも気になるが、最初の疑問をまだ解決して貰っていない。
 ヴェノマニアが最初の話を持ち出すと、悪魔は小さく顔を逸らしてだるそうに返す。
「覚えていたか」
 めんどくせ、と呟き、やる気の無さを隠す様子も無い。自由奔放、気ままな態度は悪魔の特徴なのか、それとも彼自身の性格なのか。どちらにしろ、非常に悪魔らしいとヴェノマニアは分析する。
「力のある悪魔と言うのは二つ以上の別の姿を持つ者もいて、状況に応じて姿を変える事が出来る。俗な言い方をするなら、変身って奴だ」
 人型から怪物型へ。怪物型から人型へ。どれが本来の姿なのかは悪魔によって異なる。
「あの絵に描かれた悪魔は、俺様の真の姿だ」
 ヴェノマニアにそう教えた後、金髪の悪魔は以前この世界に来た時の事を語り始めた。

 遡る事数百年前。無理矢理一つにまとめた魔力で異界への扉を穿ち、強引に高めた魔力で金髪の悪魔を呼び寄せた集団がいた。
 集団の目的は世界を手中に納める事。悪魔の力を利用してそれを為そうと召喚を行った。
 曰く、我々は選ばれし者。曰く、弱った世界を再生させる。曰く、犠牲を伴うのは仕方が無い。曰く……。
 犠牲が必要だと語りながら、自分達はその犠牲になろうともせず、他の何かが犠牲になるのが当然だと考える思い上がった者達。
 奢り高ぶり、己の力量以上の相手を呼び出した鉄鎚は即座に下された。悪魔はその場で真の姿に変化し、召喚の儀式を行った者達に死にも勝る恐怖と絶望を味あわせて滅ぼした。
 召喚とは自身や道具に秘められた魔力と同等、もしくはそれ以下の者しか呼び出す事しか出来ない術である。奴らは多人数の力を無理矢理まとめてその欠点を解消したつもりなのだろうが、強引に一つにした力など何の意味も無い。人数が多かった故、一人か二人は取りこぼした可能性もあるが、悪魔にとってはさしたる問題ではない。
 その後、悪魔召喚の噂を聞き付けた騎士や小隊などを人の姿で返り討ちにしていく内に
「悪魔のように強い少年がいる」
「ベルゼニア国で悪魔が現れた」
 と言う小さな噂が立った。噂とは伝わる内に尾ひれが付き、真実が変化していくものである。いつしか『この世界を我がものにしようとする悪魔がやって来て、手当たり次第に暴れている』と歪んだ情報が広まり、人々にとってそれが真実になった。
 金髪の悪魔にとっては、自分に襲いかかって来る人間を区別なく蹴散らしていただけの事だったが、本人の預かり知らぬ所で『凶暴な悪魔』の話が独り歩きしていた。

「なら、悪魔が争いと災厄を振り撒いたと言うのは嘘なのか?」
 話が一段落付いた所でヴェノマニアが質問すると、悪魔は「さあな」と肩をすくめる。
「悪魔が現れたと言う噂と、現に俺様と戦った者がいた以上、人間共は相当混乱したようだな。人間同士の紛争やら戦争やらはそこら中で発生していた」

 患者や町の住人を二度と目覚めない眠りに落とした医者の娘。毎夜暗殺を行う道化師。被告人を無実の罪で陥れる裁判長。
 賄賂や殺人などの事件が日常の一つになる程、あの頃の人々の心は荒廃していた。そうなる原因が、悪魔が現れた事によるものであるならば、現在に伝わる話は間違いではない。
 しかし、人間の心が荒れようが国が消えようが、金髪の悪魔の知った事ではない。間違った情報を広めたのは人間、それを信じて悪魔に攻撃してくるのも人間。知識の間違いを指摘してやる義理はない。
 凶暴な悪魔を倒そうとする一団の話が人々の間で広まった頃には、金髪の悪魔はこの世界にいる事に少々飽きていた。そろそろ魔界に戻ろうかと考え始めた頃、ベルゼニア帝国家の者を中心とした一団が悪魔の元へ到着した。

「……それで、どうなった?」
 肝心な所はここだとヴェノマニアは問う。今目の前に立つ悪魔は、己に襲いかかる者や邪魔な者を全て蹴散らして来た。勇者の一団だけを見逃したとは到底思えない。むしろ、悪魔討伐と言う明確な目的を持った者とは戦いになるのが順当ではないだろうか。
 だが、当時と規模が違うと言え、ベルゼニア帝国は今も存在している。勇者と共に戦った者の三人の内、一つの家系は歴史の闇に消えてしまったものの、ヴェノマニア家も含めて二つの家が現在でも残っているのも事実だ。それを否定する事は出来ない。
「当然戦いになった。だが、貴様らの信じる伝説のような激しい戦いになどならなかった」

 一度交戦して程無くしてから、一人の人間が悪魔の元へやって来た。見覚えのある姿に攻撃を仕掛けようとした悪魔だったが、その人間は全く戦う意志を見せなかった。
 意図的に外したとは言え、先に悪魔が攻撃をしても逃げる素振りを見せず、正々堂々と悪魔の前に立ち、戦う力で屈服させるのではなく、言葉で悪魔を説得する事を選んだ。
 金髪の悪魔は、強大な力を目にしながらあえて武器を放棄した気概と、怯む事無く悪魔と言葉を交わす姿勢を持った相手に感心していた。
 人間でここまで度胸の座った者はそうそういない。大体は悪魔だと分かると問答無用で攻撃を仕掛けるか、必要以上に怯えるかに二分される。どちらにも偏る事も無く、悪魔と対等に接した勇気と真っ直ぐな姿勢に免じて、金髪の悪魔は魔界に帰る事にしたのだった。

 悪魔が語り終えるか否かの内に、ヴェノマニアは部屋の中心に置かれたソファに力無く腰を落とした。
「俺様が当事者として話せるのはここまでだ。後の事はこの国の貴族であるお前の方が良く知っているだろう?」
 今まで当たり前だと思っていた歴史と伝説を覆す話を聞いた衝撃は大きい。悪魔の嫌味とも取れる言葉は、ヴェノマニアの耳を右から左へと通り過ぎただけだった。
「嘘だったのか……。今まで僕達が信じていたのは虚構のものだったのか……」
 頭の隅で、悪魔の言う事など真に受けるなと叫ぶ声がする。奴は悪魔だ、人間じゃない。嘘をついている可能性の方が大きいじゃないか。
 半月前の自分ならば、その声に素直に従っていただろう。悪魔は邪悪なものだと信じて疑わなかったのだから。
 召喚で呼び寄せた少年悪魔は、好戦的な性格と口の悪さ、横暴で自分勝手と言う非常に悪魔らしい人物ではあるが、案外義理堅い所もある。かつて自分の事を嘲った者達の方が悪魔に見える程だ。
 深く息を吐いて落ち着きを取り戻したヴェノマニアは、覇気の無い声で悪魔に質問する。
「これだけははっきりさせたい。勇者の一団には、僕の先祖が本当にいたのか?」
 戦いが苦手だったらしい先祖が勇者と共に戦ったと言う話も疑わしくなって来た。実は嘘だった、そんな奴はいなかったと言われても驚かない。
 諦めきったヴェノマニアの暗く沈んだ表情とは対照的に、悪魔は特別何でもなさそうな表情で返した。
「いたぞ? 例の一団と初めて会った時、わざわざ全員名乗りを上げていたからな」
 一人が発した口上が妙に面白かったので一応最後まで聞いた後、そいつが武器を抜いた瞬間、魔力を四人の前にぶち込んでまとめて吹っ飛ばした。
 笑える台詞を聞かせて貰った礼として少しばかり手加減したので、多分全員生きていただろう。個人個人の怪我の程度までは知らないが。
「まあ、『手も足も出せず、魔界に帰らせるのが精一杯でした』よりも、『自身も仲間も重症を負いながらも悪魔を滅ぼしました』の方が勇者や国にとっては箔が付くからな。誰がそうしたのかは知らんが、全く見事なものだ」
「……確かに、な……」
 呆れよりも感嘆が強い悪魔の言葉を全て否定する事は出来ない。事実この戦いの後、ベルゼニア帝国は世界を救った国として急速に力を付け、他国を併呑して領地を広げ、大陸を支配する大国にまで成長した。

 歴史とはそんなものなのかも知れない。真実なんてものは、その時その場所に生きていた者にしか分からないのだから。

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二人の悪魔 3

 ほとんど説明の回。主人公だろうと敵だろうと、戦闘前の口上はお約束。 ヴェノマニア、ビビりながらも悪魔の事をきちんと見て判断してます。

閲覧数:365

投稿日:2011/09/14 18:38:34

文字数:4,949文字

カテゴリ:小説

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