弾むように軽やかに。その足取りは迷いなく目的地へと少年を導いていた。過ぎ去る風は心地のいい温度。それに揺らめく金色の髪は、やや強い日差しを浴びて輝いていた。駆けていく少年のリズムに合わせ、短く束ねた髪が小さく揺れる。規則正しく整えられている後ろ髪に反するかのように、長めに伸びた前髪はラフに散り分けられ、そこからはペールターコイズの瞳を宿した幼さ残る眼がのぞく。光に映え、明るい未来を見出しているかのように輝きを灯して。
 走り抜ける街並みは幼いころから変わらず、賑やかだ。石造りやレンガ造りの建物が美しく並ぶ姿は、少年のお気に入りだった。すっかりなじみのある通りだが、気持ちの高揚も相まって、一層華やかに見える。
 身体が勝手に覚えてしまう程、何度も往復したルート。百回? 二百回? いやひょっとしたら千回は超えているかもしれない。
 少年はそんなことを考えながら、坂道へと進んでいく。やや小高い丘になっている先に、ひと際大きな屋敷があった。そう、ここが目的地だ。
 屋敷の正面は、豪華な装飾が施された大きな門が、一般人を拒絶するかのごとくそびえ立っている。門の両端には護衛が一人ずつ。いずれも強面である。
 しかし少年は正面からではなく、裏へと回る。
「こんにちはー!」
 元気よく挨拶をし、裏口扉を躊躇なく開けて入っていく。
「おお、君か。今日も元気だね。坊っちゃんなら、お庭にいるよ」
 柔和な笑顔で、裏口に立っていた初老に出迎えられる。これも、いつもの事だった。
「ありがとう!」
 笑顔で返し、急ぎ庭へ向かう。裏口からはそう遠くはない。
 この屋敷の広さも、最初こそ迷いまくっていたが、今となってはすっかり我が家のように熟知してしまった。
 まもなくして渡り廊下にたどり着き、そこから庭へと出る。そしてすぐにその姿が見えた。
「カイトー!」
 叫びながら駆けよる。その声に、彼――カイトは少年の存在に気づき、顔を向け笑顔を見せた。
「レン! 久しぶりだね!」
 にこやかに少年を迎えた彼は、王国貴族の長男である。屋敷に違わずその身なりも、シックだが細部まで丁寧に仕上げられた品質高い衣服を纏い、地位の高さをうかがわせている。
 少しつり気味の眼には丸いロイヤルブルーの瞳。同色の髪は、輪郭に沿って綺麗に整えられていた。その端正な身ぶりは高貴さを漂わせつつも、どこか人懐っこい雰囲気を感じる。
 少年――レンは、カイトに近寄ると、
「――カイト、さんっ。お久しぶりです……」
 唐突に畏まり、萎縮する。原因は、レンの視線の先――。
 カイトのそばに、鋭い目つきをした女性が二人。彼のお世話係である。
 レンも貴族階級に値する一族だが、カイトは王族の親戚にあたり、そもそもの立場が違いすぎていた。貴族間では、上下関係はとてもシビアだ。
 カイトを慣れ慣れしく呼び捨てした事により、明らかに不快の目で睨みつける二人に気づき、慌てて慣れない敬語で話しかけたのだ。
 レンとカイトの仲は、両家とも認め合っており、交流に何も支障はないのだが、世間体を保たなければそれを嫉む者もおり、やっかいなのだ。
「……悪い、外してくれないか。久しぶりに会えた友人と、ゆっくり話がしたい」
 カイトは、二人の世話係にそう言い、レンに近付いて行く。
 二人の女性は、何か言いたげな表情であったが、カイトに逆らうことはできず、一礼をして去っていった。
「すまない……せっかく会えたのに」
 レンのそばで立ち止まり、一転悲しげな表情で謝るカイト。
「カイトは悪くないよ。油断してたオレのせい」
 カラカラと笑って見せる。
「それに、ちょっと慌ててたし」
「ああ、どうしたんだ?」
 その様子を感じ取っていたカイトは、素直に話を促す。
 待ってましたと言わんばかりに、右手に持っていた紙を広げて、
「じゃーん! 見てよ! 第一級騎士団の合格通知!」
 とびきりの笑顔で見せつけるレン。
 特別な装飾で縁取られたその紙には、『ノルクトン王国 第一級騎士団入団許可証・合格通知』と書かれ、下には国王のサインが入っていた。
「……!」
 それを手に取り、しばらくそれに見入っていたカイトは、驚きの表情から徐に明るい笑顔に変わっていく。
「すごいじゃないか! やったな!」
「うん! これでオレもカイトと同じ騎士団の仲間入りだ!」
「そして、正式に俺の部下ってことになるのか……」
 再び表情を陰らせる。カイトは第一級騎士団特別隊の隊長でもあった。
「嬉しいけど、ちょっと複雑だな……」
 苦笑交じりに、カイトは呟く。
 彼は、堅苦しい貴族世間をあまり好んでいなかった。身分なんて、時の運。人が人である事になんの変りもないと、そう思っていた。
「でも、強くなれって言ったのはカイトじゃん」
「ああ。今の時代、いつ襲撃を受けるかわからないからな」
 そう言って、カイトは空を見上げた。
 二人が住むノルクトン王国は栄え、財力も軍事力もある。しかし、近隣の国々では領土争いの戦乱が絶え間なく起こっていた。
 もちろん、この国も何度か防衛のために兵を出している。
「自分の身は、自分で守らないとな」
 再びレンの目を見据えて、カイトが言う。
 その言葉は、カイトとレンが初めて会ったときにも聞いた言葉だった。
 レンの髪がまだ黒かった――孤児時代だった頃だ。
「そして男なら、自分の大切なものを守ってこそ、真の騎士である。でしょ?」
「その通りだ。リンちゃんや、ミクくんを守れるのは、レンしかいないだろう」
 少し含みのある笑顔で、カイト。
 リンは、レンの姉に当たる存在だ。養子として迎えられたレンを本当の弟のように世話をしてくれた。何も知らない平民だったレンが、堅苦しい貴族階級の世界に馴染めたのも、彼女のおかげだった。ちなみに、ミクはリンの従姉である。
 大切なもの――自分の故郷という意味で言ったつもりが、突然リンとミクの名を出され、
「カ、カイトだって、大切な大切なメイコさんを守らなきゃだろ!」
 顔をやや赤らめて、どもりつつも言い返す。
「大切……確かにそうだな。メイコは俺の半身だ。彼女を守れなくては、自分を守れないのも一緒だ」
 レンとは違い、動揺ひとつせず、目を細めて呟く。
 メイコは隣国のヴェスリトン王国に住む王族の娘だ。カイトは産まれる前からメイコとの婚約が決まっていた。国家差別を好まないカイトの一族と、同じ志を共有するメイコの一族が、両家の友好の証として決めたものだ。最初はその婚約に反発していた二人だったが、実際に会った瞬間、お互いその婚約を承諾したという。
「メイコは俺の存在意義そのもの。産まれる前からの伴侶だからな」
臆面もなく真剣に語るカイトに、レンは半ばあきれ顔で、
「……ほんと、ミク姉が不憫だ」
 カイトから視線をそらし、小さく呻いた。
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもない」
 間髪いれず、レンは言葉をかぶせてごまかす。
 従姉のミクは、カイトに憧れと恋心を抱いていた。そんなミクの気持ちを知っていた為、ちょっと複雑なのだ。
 ミクだけではない。カイトは貴族平民問わず人気だった。その容姿もさることながら、誰にでも優しく接するその志と剣術の腕が評価され、男女ともにファンが多い。おかげで、親友として仲のいいレンの知名度も上がったほどだ。
 カイトはレンの様子を見て訝しげに小首をかしげるが、まあいいかと表情を緩め、改めて合格通知を見やる。
「しかし、強くなれとは言ったが、同じ騎士団に入れとは言ってないぞ?」
 レンに合格通知を返しながら、困惑の表情でカイトが言う。
 レンはそれを受け取り、大事に懐へしまった。
「うん……でもいざという時、カイトと一緒に戦いたいって思ったんだ」
 戦争が本格的に始まれば、第一級騎士団は当然出兵することになる。レンは、一人この国に残されるのは嫌だった。
 真剣なまなざしで、カイトを見つめて続ける。
「カイトに剣を教えてもらって、実際どれだけ自分が強くなったのかなんて分からなかったから、第一級騎士団の試験で実力を試したかったんだ。それに、入団できればもっと稽古を積めるしね。でもそれよりも、オレはカイトと一緒に戦って、この国を守りたいって思ったんだ。だから、入団試験を受けたんだ」
 レンの言葉に、カイトはやさしく微笑んで
「……ありがとう、レン。嬉しいよ、すごく。でも俺としては、上下関係よりも、レンとは親友でいたかったから、なんとも複雑な気分だ」
 これから会って話す機会は増えるだろうが、今以上に外面を固めなければならなくなる事に、カイトは戸惑っていた。
「うーん。まあ、こうやってまた遊びに来るし。ちょっと我慢するだけだよ」
カラカラと笑ってみせ、軽い口調で言う。
 平民から貴族になったことで、レンはそういう切り替えに慣れっこになってしまっていた。素の自分でいられる時間が少しでもあれば、レンはいくらでも我慢できた。
「……そうだな。じゃあ、レンがどれだけ強くなったのか、手合わせ願おうかな」
 そう言って、カイトは腰に携えていた剣に手をかける。
「ホントに! やったあ! お願いします!」
 ぱっと目を輝かせ、レンも腰の剣に手を伸ばした。カイトの剣よりやや短めだ。
「急に敬語になるなよ」
 苦笑しながら、剣を抜くカイト。
「第一級騎士団特別隊の隊長様に手合わせしてもらうんだから当然だろ? 騎士道ってやつ?」
 からかいつつも、レンは剣を構える。
「ふざけていると、怪我するぞ?」
 カイトもそれに合わせて、構え、レンを見据える。
 瞬間、微動だにしなくなり、二人の目の色が落ちる。そのまま、時が止まったかのようだ。ただ、僅かな二人の呼吸音だけが時を刻む。静まり返った中に、ゆるく風が流れた。
 お互いの瞳に、お互いの色が映り込む。張り詰めた空間は風船と変わらない。小さなきっかけさえあれば、あっという間に崩れてしまう。
 風に乗って、木の葉一枚――
 キィィンッ!!!
 高い鍔競音は、広い庭全体に響き渡った。
 動いたのはほぼ同時だったが、僅かにレンが先のようだった。勢いを殺さぬよう、立て続けにレンは切り返して行く。
 一方、受け身のカイト。その顔に色はなく、無感情にレンの攻撃を受け流している。
「……」
「はあっ!」
 気合い一発。レンは全力でカイトに切りかかっていく。しかし、カイトは身軽に避け、あるいは剣で受け流すのみ。
 そんなやりとりが何度か続いた後――
「っ! ちょっとは反撃しろよ!」
 一歩引いて、仕掛けてこないカイトにレンが叫ぶ。
「……そんなに続けて来られちゃ、反撃の隙なんかないさ」
 ふっと表情を緩め、カイトが言う。
「ふーん? その割には余裕そうだけど?」
「余裕ではないな。でも……」
 再び表情をなくし、構えるカイト。
 レンは慌てて、剣を持ち直すが――
「遅い」
「!!」
 一瞬だった。カイトはすでにレンの真横に回り込んでいた。そして、その頭上には彼の長い剣。
「チェックメイト」
 空いてる手で、レンの頭をポンっと叩く。
「いてっ」
「集中力が持続しないな、相変わらず」
 剣を鞘へしまいながら、微笑んでカイトが言う。
「むうー」
 不満げに口を尖らせるレン。少しはカイトを圧す事ができるんじゃないかと思っていただけに、悔しかった。
「やっぱカイトは強いなー。くっそー」
「レンも、充分強くなったよ。技術は申し分ない。第一級騎士団の試験に通っただけはある。そこは自信もって大丈夫さ」
 親友の成長に、素直に喜びを露わにして言う。しかし、レンの表情は晴れない。
「目的は、俺を倒すことじゃなくて、俺と一緒にこの国を守ることだろう?」
「そーだけど……カイトに『さすがレンだな』とか言わせてみたいんだよなー」
「なんだそれ」
 剣をしまいつつ言うレンに、苦笑交じりにカイトがツッコミを入れる。
「なんていうか……つまりオレの目標は、カイトと同等に渡り合えるくらい強くなるってことだよ!」
 何かをひらめいたかのように、力強く語る。その目の輝きは、まだ無邪気な子供のようであった。
「同等か……それには、ちょっと時間がかかるかもな」
 腕を組み、思案するカイト。
「どういう意味だよ?」
「物理的な意味さ。俺とレンじゃ、背丈が違う。という事は、持っている筋力も違う。これは剣を交えたときにかかるパワーに関係してくる」
「……? 筋トレいっぱいしろってこと?」
「そうじゃない」
 訝しげなレンに、カイトは吹き出しながら否定する。
「切りかかってくる時のレンの力は、油断したら俺だって圧されてしまう程だ。でも、逆に攻撃を受ける時、背丈の差があると力だけじゃなく、体重も上乗せされてくる。そうなると、身体が小さいレンには不利だってことさ」
 コンプレックスを指摘され、レンは少し頬を膨らませる。
 カイトとは年齢差がある故、身長の差はあって当然だが、同年代の男の子に比べればレンは小柄な方だった。
「……大人になれば、もっと大きくなるさ」
「ああ、だから時間がかかるって言ったんだよ。レンは結構力づくで押し切ろうする癖があるから、もう少し相手の力を受け流す練習もした方がいいな」
 そう言って、カイトはレンの頭をぽんぽんっと叩いた。
「受け流すか……意識してはいるんだけどなぁ」
 眉根を寄せて、自分の両掌を見つめる。
「それはなんとなく分かったよ。でも、もう少しその力関係をコントロールできると、格段に攻撃力も上がるはずだ」
「マジで? ちょっとがんばろっ」
 カイトの言葉を素直に受け、レンの目が再び輝く。
 そんな彼を見て、カイトはクスッと笑った。
「さて、今日は時間もあるし、久々に釣りに行かないか?」
「うん! 行く行く!」
 とびきりの笑顔で、レン。カイトも笑顔で返す。
「そうだ。レンの第一級騎士団の入団祝いに、今夜は家で食事しないか? よかったら、リンちゃんやミクくんも呼んで」
「いいの? オレ達はもちろん大丈夫だけど」
 むしろ、ミクに至っては喜び勇んでくるだろう。そんなことを思いつつ、嬉しい誘いにレンは喜びを隠せない。
「なら、決まりだな。じゃあ、給仕に連絡してくる」
「うん。オレもリン達に伝えてくるよ」
「よし。それじゃあ、三十分後にいつもの場所で待ち合わせよう」
 カイトの言葉に、レンはうなずく。
「分かった! じゃあ後で!」
 走り出しながら、レンはそう残し、カイトの家を後にした。 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

[二次創作小説] Lost Destination 「1.築き上げる第一歩」

150P様の「Lost Destination」(レン&KAITO Ver)http://www.nicovideo.jp/watch/sm17436670 に聴き惚れ、PSP版DIVAでエディットPVを作成し、それに付属する小説も書いてしまいました。
※自分の妄想突っ走り小説なので、歌詞の本意とは異なります。
よろしければエディットもご覧下さい。http://www.nicovideo.jp/watch/sm18860092
長いお話ですが、よろしくお願いします。

※文字数の関係で、最後の数行をカットしています。全文はブログに掲載しておりますので、気になる方はそちらへどうぞ。
http://ameblo.jp/mizuho7/entry-11352384762.html

閲覧数:110

投稿日:2012/10/15 14:11:58

文字数:5,961文字

カテゴリ:小説

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