……これは一体どういう状況なんだろう?
真っ赤なアフロがトレードマークのピエロをイメージキャラクターに据える、某ファーストフード店。お昼のピークを過ぎたとはいえ、店内ではまだ沢山の客が食事をとっている。
そんな店の隅の席で、俺と彼女は向かい合って座っていた。机の上にはドリンクの紙コップが二つ。不思議な事に、これは彼女のおごりだったりする。
……誤解のないように一応弁解しておこう。俺は、自分の分はちゃんと自分のお金で買うつもりだった。なのに彼女ときたら「話に付き合わせるのだから、これくらい出させろ」の一点張り。仕舞いには「男のくせにたかが100円ぽっちでごちゃごちゃ気にするな!」と一蹴され、そこまで言われてしまったら反論の余地もないので、大人しく好意(?)を受けることにしたというわけだ。……対応する店員の視線が痛かった事は言うまでもない。
お互い無言で向き合ったまま、ストローに口をつける。緊張でカラカラになった俺の喉は、どれだけ水分を通しても一向に潤う気配がない。コップの中で揺れるアイスティは、シロップをたっぷり入れたはずなのに、甘味どころかその味すらわからない。
どこか難しそうな顔をしながらアイスコーヒー(しかもブラック!)を飲んでいる彼女を、視界の端でこっそりと窺う。頭のリボンは外出用なのだろうか、普段学校に付けていくものとは形が違うようだ。シンプルなデザインのチュニックは淡いオレンジ色で、彼女の髪によく似合っている。ん?そういえば俺、彼女の私服姿見るの初めてじゃないか?うわ、なにこれラッキーかも。星占いなんて普段見ないけど、今日の山羊座の運勢は1位に間違いない。だって、友人を待ってたら偶然憧れの彼女が現れて、話しかけられて、そしてこうやって向かい合ってる。しかも貴重な私服姿を拝めるなんて……。こんな幸運、そうそうないだろう!?今年の運勢使い果たしたんじゃないか、俺。
―――そう、普通に考えたらこれは滅多にない幸運なんだ。嬉しくて舞い上がってるはずなんだ。…なのに、さっきから漂っているこの妙にピリピリした空気は、一体何なんだ……?
彼女は相変わらず黙ったままで、何かを話し始める気配はない。寧ろこのまま会話もせず1日が終わってしまいそうな雰囲気すら漂っている。席に着いてからまだそう時間は経っていないはずなのに、30分以上はこうしているかのような疲労感。………要するに、非常に気まずいです、先生。
そもそも、彼女はいったいどんな話があって俺を呼びとめたのだろうか。
考えられるのは、いきなり馴れ馴れしく関わろうとした俺を非難するため…とか。うわ、それ自分で想像して相当へこむ。
俺たちくらいの年代の女子は細かい事にうるさいから、ちょっとした事でも気にしたり嫌がったりして大変なんだ、なんて事をクラスの誰かが言っていた気がする。その枠組みに彼女が含まれないとは言い切れない。…でも、なんとなく、彼女はそんな事で人を責め立てるような子じゃない気がする。なんとなく、だけど。
そうでなかったら、(一応)顔見知りの俺を見掛けたので、挨拶がてら声をかけた…といったところだろうけど、それだとわざわざ「話がある」と呼びとめる必要は無いしなぁ。
というか、ただの顔見知り程度の認識だったら、軽く会釈するとか、面倒だから気がつかないふりして通り過ぎるといった反応をするんじゃないだろうか。少なくとも彼女は、そういった相手に深く関わろうとするタイプではなさそうに見える。これもなんとなく、だけど。
だとしたら、俺に何らかの価値があって声をかけてくれたって解釈しても…いいよな?一言二言交わしただけの俺の事も覚えていてくれたんだし、それなりに興味持ってくれた…のか?寧ろそうであってほしい。
とりあえず、黙っていては何も始まらない。この気まずい沈黙から脱却することが先決だ。レッツ・コミュニケーション!
「えっと、久しぶりだね!まさかあんな場所でまた君に会うなんて思わなかったよ。凄い偶然だよね…!」
「…………そう、ね」
あれ、なんかすごく微妙な顔。俺まずい事言ったかなぁ…?
いやでも!話しかけられた事に対しては嫌そうでもないし、とにかく会話を続けることだけを考えよう!なにか話題、話題は………。
「そういえば今日は眼鏡、かけてないんだね」
「あぁ…あれは本を読むときにしかかけないから……」
「そう…なんだ……」
会話終了。再び沈黙が落ち、店内BGMが奏でる気だるいピアノの音と、周囲の人間の話し声だけが耳に入る。
くっ……これは想像以上の強敵だ。たったこれだけ会話をするのに、俺の精神HPは残り半分近くにまで削られてしまっている。このまま長期戦に持ち込まれると、俺に勝ち目はない。というかもう既に色々限界だ。頼む!切り落とすんだったらいっそひと思いにバッサリやってくれ!!
「この間の話だけど」
と、突然俺の思考をさえぎって彼女が話し始めた。思わず身構える。……さて、吉と出るか凶と出るか、どっちだ!?出来れば吉の方であってくれ…!!
「改めて……定期届けてくれてありがとう。誰にも気付かれないままだったら、改札出られなくて困っていたところだった。助かったわ」
「い、いや!気付いたのは本当に偶然だし、大したことしたわけじゃないから、そんな気にしなくてもいいよ」
ま…まぁ、ここまでは挨拶の範疇だ。重要なのはその後だ後!さて、彼女はどう出る……?
「……で。別れ際にあんなこと言っちゃって、悪かったわ。他意はなかったのだけど……気を悪くさせてたら、その…ごめんなさい」
そう言って軽く頭を下げて。それきり、彼女の口から続きの言葉が発せられることはなかった。
な…なんという変化球。まさかこう来るとは思っていなかったから、俺は返す言葉もなく呆然とするしかなかった。プラスちょっと脱力感。
……ん?ちょっとまて。まさか……
「……えっと、もしかして話って、それ…だけ……?」
「?……そうだけど……」
恐る恐る問いただしてみたところ、他に何があるんだ?とでも言いたげな不思議そうな眼を向けられて、更に言葉を返せなくなる。
えーと、なんだ。つまり、彼女は彼女でこの前の事気にしていて、それを謝るためだけに俺を呼びとめたのか?俺自身に特に関心があったわけではないのか…? そ、それはそれでかなりへこむ……。ちょっとでも不安になったり期待したりした自分がバカみたいじゃないか!いや実際バカみたいなんだけど…!!
そんな俺の心境には気が付く由もなく、彼女は再びストローに口をつける。こっちはこっちで、完全にすっきりしきった顔なんかしちゃって。「伝えるべきことは伝えた、もう話す事はない」…なんてセリフが聞こえてくるようだ。
この紙コップの中身が空になったら、彼女はここから立ち去るだろう。当然だ、彼女の用事は済んだのだから。そして、何か特別な事でもない限り、今後俺と関わろうとする事もないのだろう。
それが、今の俺と彼女の距離。頭の片隅にすら足を踏み入れさせてはもらえていない。
このまま終わりにしていいのか…?いや、よくないだろ!二人っきりで話すチャンスなんて二度と訪れないかもしれないんだぞ!!なにか、彼女を振り向かせるだけの威力を持ったとびきりの一手は……。
「………君って歴史とか得意?」
まてまてまてまて、いきなり何を言い出すんだ俺は!!ほら、彼女もすごい怪訝そうな顔してるし!うわぁ、マジで逃げたい……。
「苦手ではないけど…」
逃げたい…けれど、ここで何もせずに後悔だけはしたくない。こうなったらもう成行きに任せてやる!大丈夫、既に一度当たって砕けてるんだ。これ以上砕け散ったとしても、痛くも痒くもないさ!
「…じゃあさ、もし迷惑じゃなかったら、この後で俺の課題を少し手伝ってくれないかな?元々ここへはその課題の資料探しに来たんだけど、俺…歴史だけはどうも苦手でさ…」
「課題なんでしょ?自分でやらなきゃ意味ないじゃない」
俺の渾身の笑みを、無表情の正論で突き返す彼女。…はい、それはもうおっしゃる通りです。返す言葉もありません。
……って、いやいやそうじゃなくて!ここで正論に負けてどうする鏡音レン!?滅茶苦茶なのは承知の上、押して押して押しまくるんだ!
「いや、確かにそうなんだけど、ちょっと期限が近くて。俺も出来る限り力を尽くすつもりだけど、俺よりできる人に指導してもらえたら、その分はかどりそうだから…!」
ここで一旦息を吸って、心を落ち着ける。そして、最後のひと押し。
「君が手伝ってくれたら、凄くうれしい」
止まっていた時間がいきなり動きだしたかのように、周囲の騒音が耳に付く。紙コップの中のアイスティーは、氷が解けて薄くなってしまっていた。
俺の言葉を聞いた彼女は、しばらくの間驚いたように目を瞬かせていた。その表情に、戸惑いの色が浮かぶ。
……さあ、俺の前に現れる運命の女神は、優しく微笑むのか。それとも惨めだと嘲笑うのか。
その答えは、彼女の言葉に。
「……別に、いいけど…」
飛び乗った急行列車の行き先を、俺は知らない。けれど、ここで途中下車する気はさらさらない。
辿りついた場所に何が待ち受けていようと、後悔はしない。止まらない列車に揺られて、何かが変わるのを心待ちにしている、そんな風に感じていた。
願わくばその先の終着点に、君の姿もあらんことを。
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あふれいど
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