リンがお屋敷で生活し、魚の姿のレンに助けてもらうようになってから、少しずつ、時間は過ぎて行きました。リンは相変わらず厨房でこき使われ、罵声や暴力を浴びせられていました。そしてレンは、そんなリンを見守ることしかできませんでした。
毎晩、リンはレンのところにやってきて、レンと話をしながら食事を取り、明け方まで眠りました。朝が来る度、リンを送り出すのが、レンは辛くてなりませんでした。
お屋敷に来て、三度目の冬がやってきました。初めて会ったころと比べると、リンは背が伸びて、女の子から、少女に変わっていました。レンは成長していくリンを見るにつれ、嬉しいような、淋しいような、そんな奇妙な気持ちになるのでした。
このお屋敷の奥様にも、娘が一人いました。リンより二つ年上のこの娘は、母親の影響を強く受けているのか、腹違いの妹であるリンに、辛く当たりました。リンはどんなことを言われても、何をされても、じっと耐えていました。
リンの異母姉であるこの少女は、きれいな顔立ちをしていました。周囲の人たちも、彼女を美しいと誉めそやしました。そのせいか、異母姉は、毎日のように鏡を覗き込み、わが身を飾ることに余念がありませんでした。
やがて冬が過ぎ、庭に花が咲き乱れる季節となったとき、お屋敷に、多くの人がやってきました。高価な生地を売る商人たちや、様々な装身具を売る商人たち。この家の奥様とその娘は、何時間も商品を眺め、ああでもないこうでもないと、言い合っていました。
「最近騒がしいけど、何かあったの? なんだか、いっぱい商人が来ているみたいだし」
ある夜、レンはリンに訊いてみました。
「あのね、お城で舞踏会があるんだって。だから奥様は、お嬢様を連れて出かけるの。そのために、新しいドレスを仕立てるんですって」
リンは、異母姉のことを「お嬢様」と呼んでいました。どうしてそう呼ぶのか尋ねてみたところ、そう呼ぶように言われたのだという答えが、返って来ていました。
「舞踏会、ねえ……」
レンは、舞踏会がどんなものかは知っていました。当然ですが、城にいたころは、出席させられていたのです。もっとも、当時まだ幼かったレンにとっては、舞踏会というのはひどく退屈な場所でした。あまりの退屈さにこっそり抜け出して、後でしこたま怒られたこともあったくらいです。
「お城で舞踏会が開かれるのは六年ぶりだそうよ。だから奥様もお嬢様もはりきっているらしいの」
「六年ぶり?」
レンの記憶によれば、舞踏会はもっと小まめに開かれるものでした。いったい何があったのでしょうか。
「どうして六年ぶりなんだ?」
「……あのね、なんでも、六年前にお城の王子様が行方不明になってしまわれたそうなの。王様もお妃様も、いなくなった王子様のお兄様の王子様もものすごく心配して、舞踏会どころじゃなくなってしまって、それで開かれなくなってしまったのよ」
リンの話を聞いたレンは、はっとしました。自分がいなくなったことを、両親や兄は心配してくれていたのでした。ルカを呼んだのは両親とはいえ、こんな結果は想像していなかったでしょう。
そして、自分が魚に変えられてしまってから、もう六年も経つのでした。もしかしたら、両親は自分のことはもう、死んでしまっているだろうと思ったのかもしれません。
「どうしてまた開かれることになったんだろう?」
リンは首をかしげました。どうやら、それは知らないようでした。
「それはわからないわ。でもね、みんなうわさしてるの。上の王子様の花嫁さんを探すために、また舞踏会を開くんだろうって」
レンは、ずっと会ってない、兄のカイトのことを考えました。確かに結婚していい年齢です。そう言えば、両親の馴れ初めも、舞踏会でした。話で聞いたことしかありませんでしたが、祖父母も。
「奥様は、お嬢様なら、王子様のお眼鏡に適うだろうって言ってるわ」
「それは、絶対、ないね」
レンは素っ気無く言いました。長い間会ってはいませんが、あの兄が、あんな見てくれだけの少女を選ぶとは思えなかったのです。
「どうして?」
「……王子にだって、趣味ってものがあるよ」
「でもいろんな人が口をそろえて、お嬢様はとてもおきれいな方だって、そう言っているわ」
リンの方がずっときれいで可愛いのに、とレンは思いました。あんなお嬢様なんかよりも、ずっと。汚れ放題の格好のせいで侮られてはいても。
「とにかく、お嬢様のために、最高にすてきなドレスを仕立てるらしいの。ちらっとでいいから、見てみたいな」
「あんな人のことなんか、どうだっていいじゃないか」
リンをいじめるお嬢様のことが、レンは嫌いでした。リンもお嬢様のことを好いてはいませんでしたが、どちらかというと、嫌悪よりも恐怖の感情の方が強いようでした。
「う、うん……そうだけど……ドレス、どんなのかなって、それが気になって」
リンは、夢見るような瞳をしていました。それを見て、レンは、ある可能性に思い至りました。
「もしかして、舞踏会に行ってみたいの?」
「……ええ」
リンは、恥ずかしそうにうなずきました。
「華やかで、とてもすてきな場所だってみんなが言うから、一度見てみたいの。それに、ドレスだって着てみたいわ。一度でいいから、きれいなドレスを着て、舞踏会で踊ってみたいの」
レンははっとなりました。リンだって年頃の少女なのです。きれいなドレスを着てみたいでしょうし、華やかな場所だって行ってみたいでしょう。レンは、目の前のリンを眺めました。灰や脂で汚れていますが、汚れを落としてきれいにすれば、目の覚めるような美少女になるはずです。美しく装って舞踏会の会場に入っていけば、誰もが目を止めるに違いありません。
リンがきれいにしているところを見たいし、リンが喜ぶことをしてやりたい。ルカは、リンにあげたいと思うものなら、なんでも出せると言っていました。実際、その言葉どおり、リンに温かい食事や寝床を与えることができています。でも、それがどの範囲までなのか、それがわかりません。このお屋敷の外でも、魔法は効果があるのでしょうか。
リンはレンが黙ってしまったので、少し困った表情で、話題を変えました。そして、食事を終え、部屋のベッドで、眠りにつきました。
夜が明けると、リンはいつものように仕事に戻りました。レンもいつものように、魔法でリンを見守っていると、お嬢様が厨房にやってきました。真新しいドレスを身にまとっています。つやのある生地に金糸銀糸で刺繍がほどこされた、見るからに高価そうな、美しいドレスでした。
「どう? これで、舞踏会に行くのよ」
ああ、そうですか。と、レンは冷めた気持ちで思いました。厨房で働く人たちは、こぞってお嬢様を褒めそやしています。その褒め言葉を聞きながら「王子に見初められる可能性はないよ」と、レンはつぶやきました。自分の兄がこんなのを選ぶほど物好きとは思いたくないし、これが自分の義姉になるのは真っ平でした。たとえそうなるところを見ることがないとしても。
リンは無言でしたが、うらやましそうにお嬢様に視線を送っていました。そんなリンの様子に気づいたのか、お嬢様は、リンの前に行きました。
「すてきでしょう?」
「……はい」
「これを着て王子様と踊るのよ。あ、触らないでね。あなたが触ったら汚れてしまうわ」
レンは思いました。人の姿で口がきけたら、兄に忠告してやるのに、と。きっと兄の前では、この子は猫をかぶるでしょうから。
リンはというと、何も言わずに、下を向いてしまいました。
「いやしい生まれのあなたには縁のない話ね。それじゃ、わたしはもう行くわ」
お嬢様は行ってしまいました。リンは淋しそうな表情のまま、仕事を続けています。そんなリンの様子を眺めながら、レンがイライラしていると、不意に呼ぶ声が聞こえました。
「王子様、調子はどう?」
すいっと意識が引き戻され、レンはいつもの池の中にいました。どうやら、ルカが様子を見に来たようです。
「僕は問題ないよ。リンも一応、元気にしてる」
「でも何か、気にかかってるみたいね」
レンはルカに、リンが舞踏会に行きたがっているという話をしました。
「魔法で行かせてあげることってできる?」
「ええ、できるわよ。ただ、少し工夫がいるの。そうね……手はずは私が整えておいてあげる。あなたは舞踏会の日が来たら、必要なものを渡せばいいようにしておくわ」
レンは、ほっと胸を撫で下ろしました。どうやら、リンを舞踏会に行かせてあげられるようです。
「……ひとつ、訊いてもいい?」
「何かしら?」
「城は……どうなってる? 僕がいなくなってからのことだけど」
「城自体は、とくにどうとも。あなたがいなくなってからしばらくは大騒ぎだったけど、今は平常よ」
その言葉に、レンは少し淋しくなりました。ルカに魚に変えられてしまった当時、レンはまだ子供で、家族というのは、いて当たり前のものだと思っていました。でもこうして、長い間会えない時間を過ごしたこと、そして、母を失ったリンを目の当たりにしたことによって、少しずつ、家族というものについて、考えることが多くなってきていました。そうなると、やはり、会いたくてたまらなくなる時が、あるのです。
「……そうなんだ」
淋しい気持ちのまま、レンはつぶやきました。でも、今は、リンのことの方が大事です。リンに少しでも、幸せな体験をさせてあげたい。そのためには、ルカの協力が必要なのでした。
「頼みがあるんだけど」
「何かしら?」
「リンにとびきりきれいなドレスを、用意してあげてほしいんだ。ここのお嬢様が着てる奴よりもずっと、すてきなのを」
ルカは何か言いたげな表情になりましたが、「わかったわ。それじゃ、準備があるから」と言って、消えてしまいました。
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