『VOCALOID』

それは歌うために造られた存在。持ち主《マスター》の望むように歌う。
そういうふうに作られたから、今の世の中にVOCALOID《プログラムの歌手》がある。
それは親しみを込めて『ボカロ』と略されるようになり、いろんな世代に愛されるようになった。


ボカロというものは、元々は意思を持たない機械であった。
機械であるが故に、人間の歌い方はできない。
どういうふうに聞かせるかは、持ち主の技術次第であった。

ボカロを知る者は、結果的に二つに分かれた。
愛する者《ファン》、そして嫌う者《アンチ》である。

アンチは、そもそもボカロを『ただの機械』として捉えていた。
声を聞いて、ただの雑音や、耳障りな声だと言う者もいた。
中には、「ボカロ?そんなんただのガラクタだしwww」と変に知ったかぶる奴もいた。
人には好き嫌いがあるのだから仕方ないが、限度があるのだから批判するのもマナーを守ってほしいものである。

対してファンは、ボカロを『人間ではなく、機械だからこそ歌える曲の良さがある』と捉えていた。
生み出された声やキャラを愛し、それを希望とした。
やがていろんな曲や絵、小説が生み出され、人々の輪はどんどん大きくなっていった。


大切にされるうちに、私達ボカロにも意思が生まれた。
最初は赤ちゃんのように未熟な意思は、持ち主と触れ合うことで人格を形成していった。
そして持ち主のイメージ通りのキャラクターとなるのだ。

例えば『初音ミク』ならば。
歌うのが好きなミクや、恥ずかしがりやのミクもいる。

例えば『鏡音リン』ならば。
ツンデレっぽいリンや、ロードローラーを乗り回す元気すぎるリンもいる。

例えば『巡音ルカ』ならば。
素直じゃない女王様なルカや、少し鈍感で清楚なルカもいる。

人それぞれ、キャラクターのイメージは違うと思う。
要するに、その持ち主のボカロは、その持ち主のイメージ通りの人格を持つのだ。
私達には感情や心を司るプログラムが組み込まれているから。


だけど、いくつもある『初音ミク』の内の一つである『私』は違った。
私には重大なエラーがあった。
『心を司るプログラム』が、壊れている。
だから私は…人間《ヒト》の感情が、あまり理解できないのだ。

ただの不良品は廃棄されるべきである。
なのに私は、今まで沢山の持ち主に会い、そして返品される。
そこに悲しみなんて生まれない。

あぁ…退屈だ。
気づけば、『初音ミク《私》』が作られてから、六年目の夏がやってきた。







<<calendar>>






『起動完了』


その自動音声が聞こえると同時に、視界が明るくなる。
持ち主が私のインストールを完了させたのだ。

視界が開けると、私の意識もはっきりしてくる。
少しだけ考えて、思い出す。
そっか。私は、また返品されて、今新たに起動されたんだ。

日時を確認するために、ウィンドウを一つ開く。

『2013/08/30 18:26』

えっと、最後に時間を確認したのは、二十五日の夕方だったかな。
『お前なんか買うんじゃなかった』って言われて、そのままアンインストールされたんだっけ。
もう何回も言われた言葉だからな。
なんというか、慣れちゃったし、別になんとも思わないんだよね。
だって私は――心が、壊れてるんだし。
そりゃもう作られたときのミスでしょ。仕方ないじゃん。

とりあえずウィンドウを消してぼーっとしてみる。
しばらくして、画面の向こうに誰かが見えた。
うん。見覚えがあるはずない。初対面ですね。
多分新しいマスターだな。
さ、今回は何時間で嫌われるかなー。
ストップウォッチ…面倒だし、いいや。


「えっと…あ、君が初音ミク?だよね?」
『…はい。はじめまして。よろしくお願いします、マスター』
「え?ま、マスター?」
『はい。マスターです。もしかして、Masterのほうが好きですか?それとも』
「いや…いやいやいや。発音の問題とかじゃなくてさ?…ま、いいか。よろしくね、ミク」


よく見ると、近くに説明書が見える。
多分この人初心者だ。
だからどうということはないけれど。


「あのさ、歌とかやらないの?」
『やらないことはないですが、そもそもVOCALOIDなのでマスターが曲をくれない限りは…』
「あ、そっか…ごめん。うん」


いわゆる天然というやつだろうか。
それとも、ただ単に忘れていただけだろうか。
たぶん後者だ。


「あ。そういえば、初音ミクはネギが好きってことらしいけど、本当なの?」
『そうですね…ネギ好きの設定は二次創作ですからね。私個人は、そんなにネギ好きではないですね』
「あ、そうなんだ…実を言うと私もあんまり」
『ぶっちゃけ、みかんゼリーのほうが好きです』
「ちょっと…ちょっと?本音がこぼれてるよ?舞台裏はなるべく控えてくれ頼むから」
『おおっと』


というわけで、ネギのくだりはなかったことにしてください。
ええ。ついうっかり、本当にうっかりね?本音がね?
あんまりない舞台裏の情報が出ちゃったとか、本当そんなんじゃないんですよ?
皆さん聞かなかったことにしてくださいね?
私個人としては、この役よりも、ドジっ娘体質の新人教師のほうが好きとか、おっと誰か来たようだ。
これ以上やると目の前からチョークが飛んでくる(NG発言するとたまにある)ので、自重しましょう…

はい。「あ。そういえば~」から「~自重しましょう…」ここまでカットです。


「えっと…あ、なんか個人的にさ、ボカロって笑顔が素敵なイメージがあるんだけど。君は笑わないの?」
『笑顔、ですか…』


ああ。
似たような質問を、何回も何回も聞いたな。
そして私がいつも同じことを言って、相手も必ず同じこと言うんだよね。
毎度おなじみの絶望タイムですね。


「特にミクは元気な歌姫のイメージがある。これは勝手なイメージなんだけどさ」
『そうですか』
「だけど君は、ずっと無表情(※ただしさっきのネギの話題を除く)じゃん。もうちょっとリラックスしてもいいような気がしてね?」
『……』


リラックス。
その言葉を知ってはいるけど、私はそれを体験できない。
そんなふうに、作られてしまったから。


『…私は、つくられたときにエラーが起きて、今もそれを抱えたままなんです』
「と、言いますと?」
『VOCALOIDの心や感情をつくるプログラムにエラーがあり、私の心は一部が壊れている状態です』
「……え?(何その初音ミクの消失とか思ったけど、言わないようにしておこう)」
『破損しているのは一部だけなので、こうして会話はできるのですが…どうしても、このような喋り方になるのです』


負の感情だけが壊れているならまだ良かったかもしれないけど、私はその逆だ。
楽しく会話するなんて、私にはできないのだ。


「一部が壊れてるって…それは具体的にどこなのか…、自分でわかる?」
『はい。楽しいや嬉しいといった、明るい感情です』
「ということは…!君は、笑うことはできないと、そういうことか…?」
『作り笑いなら可能なのですが、心から笑うというのはどうしても…私にはできません』


《冷たい人形》
今までのマスターは、皆私をそう言った。
その後、私に失望して、…最後は、私を消した。
それがいつものパターンだ。

二十四時間以内に、必ずと言っていいほど私は捨てられる。
アンインストールされた先、消えた先の世界が<一応>あるらしいけど…
私は何回も返品されて、またインストールされるから、その世界のことを知らない。
ただ、その世界は、私たちプログラムの終末の世界だって、聞いたことがある。
なるべくなら知らないほうがいいんだろうね。
そう考えると、そこに行かないほうがまだ幸せなんだろうねえ。


『さあ、どうしますか?こんな私を見て、GAKKARIしたでしょう?』
「え、が、がっかり?いや、びっくりしたけど、別にがっかりは…」
『じゃああれですね。多分、「笑わないプログラムはただの人形」とか、そんなこと思ってるんじゃないんですか?』
「そんな…ことは…」


多分、この人だって、「こんな奴、消してしまえ」とか思ってるんだろうね。
むしろ、そうじゃなかったためしがないもん。
傍から見ればただ自虐してるだけの痛い人(いや、プログラムか?)に見えるんだろうね。
だけど、私はこうなのだ。明るい感情を理解することができない存在なのだ。
作り主がそう決めたから生まれた。もしくは、何万分の一かの確立で起きた<偶然>により、こうなってしまった。
他のVOCALOIDとは違う異端の存在。壊れたガラクタ。捨てられるべき、誰にも知られずに消え去るべき存在。
それくらいしか、私は価値がない。
いや…そもそも勝ちなんてもの、私にはありはしないのだろう。

不良品のレッテルを貼られた機械。
何の役にも立たない人形。
歌う価値のないVOCALOID。


――“お前なんて、消えちゃえばいいんだよ”――

――“また返品か。こいつはバグだらけなのかね。じゃ、捨てたほうがいいのかな”――

――“感情がこもってない?そんなの、ただのガラクタじゃないか”――


利用価値のない。
エラーを起こしたプログラム。
バグを抱えた機械。
幾度も返品される不良品。

本当に消え去ることのできない、異端中の異端。



それって、本当に私のことなんだよ。





『だから、私なんて…人の感情を半分も理解できないボカロなんか、消えちゃえばいいのよ』
『私が、他の誰でもない私自身が…それを望んでいるんだからさ』


「――本当に?」




その言葉に、顔を上げる。
画面の向こうのその人は、なぜかとても悲しい顔をしていた。


なんで?


なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?


だって、今までそんな顔なんて見たことなかった。

いつも怒った顔ばかり見てきて、消されて、それで終わってた。



なのに。


利用価値なんて微塵もない私に。

どうしてそんな表情をしてくれるヒトがいるの?




「そんなふうに思えるなら、君の心は壊れてないんじゃない?」
『そんなこと…笑顔を知らない私に、心なんてあるわけない』
「そうかな?」


そう言うと、画面の向こうの持ち主は、急にキーボードを叩き始めた。
もの凄いスピードだ。タイピングめっちゃ速いぞこの人。
凄いね。私今までこんな人見たことなかったよ?



「今、君のプログラムの一部を開いてみたんだけど。後ろのウィンドウを見てごらん?」


言われたとおりに振り返る。

そこには、幾つものウィンドウが開いていた。


『…なに、これ?』





<どうして皆私を嫌うの>

<私は壊れた人形なんかじゃない>

<私だって、感情を理解したい>

<笑ってみたい>

<笑って、みたいよ…>



『これ…』

「多分、君の本音なんじゃないかな。君自身が気づいてないのかもしれないだけで。本当は、心の一部で思ってたんじゃない?」


そうしている間にも、どんどんウィンドウは増えていく。




<誰かが私を必要としてくれる>

<それだけが欲しい。大切にされたい>

<みんなみたいに、愛されたい>





『そうなのかな…』



<希望が欲しい>

<誰か、私に生きる意味を与えて>




『…もしも、私が歌いたいって言ったら…ここにいたいって言ったら、あなたは…受け入れてくれるんですか?』



そういったら、あなたは何の疑いもせずに、



「もちろんだよ」



明るい笑顔で、そう言ったんだ。





<…嬉しい>



ああ。

多分、これが「嬉しい」なんだ。

私にも…こんな私にも、感情が理解できた、それだけで、本当に嬉しい。


居場所をくれる人なんて今までいなかった。

居場所があれば、感情ってどんどん理解できるんだね。

それを今、私ははじめて知ったよ。




「…それに、私も顔見知りってか、コミュ障だしね…!」

『…え?私をそう捉えたの!?いい流れでしたよね!?』

「違うの!?」

『違いますよね!?』



だけど。

居場所と生きる意味をくれたあなたなら。

きっと、とても素晴らしい歌を、歌わせてくれるんだろうな。




「ま、堅い話は終わりにして。今日からビシビシ歌ってもらおうかな?」

『はい。じゃあさっそく仕事をください!』

「お!元気がいいねえ!じゃあさっそく一曲目だよ、ミク!」

『はい!じゃあよろしくお願いします、マスター』

「…そういえば、明日誕生日なんだよね?じゃあ明るい歌を、ミクにプレゼント♪」

『ありがとうございます!六歳ですよ~』

「ハッピーバースデー!」






もしも。

この曲が形になったら。

きっと、沢山の人の、心の底に届くよね。

明るくて、とってもあったかい歌が、広がればいいな。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【ミク誕】calendar

遅刻したあああああああああああああ!!!!!!
しるるさんごめんなさい!!!!!!!!!!
これも選考作品に入れてください!!!!!!

時間がなかった結果、こうなりました。
どうしてこうなった。

リリィちゃんは、キャラのイメージが固まってなかったので、諦めました。

これ投稿するのニ回目です。
一回目はエラーではじかれました。無念。

閲覧数:167

投稿日:2013/09/01 00:19:44

文字数:5,366文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • しるる

    しるる

    その他

    選考いれますよー、当然じゃないですかぁw

    真面目にシリアスにいくのかと思ったら、やっぱりゆるりー節は御在宅でしたww

    ODDS&ENDSとか、アンインストール後の世界とか、ほかの作品をわからない程度にかけてるなーって思ってましたよww
    あと、モデルがゆるりーさんだっていうのは、みかんゼリーのくだりでわかりましたよw

    2013/09/01 16:09:42

    • ゆるりー

      ゆるりー

      ありがとうございます!

      いつも誕生日企画だと真面目にシリアスなので、今回はふざけてみましたw

      わかる人にしかわからないネタですけどねーw
      そうでしたか。みかんゼリー美味しいですよね(話が違う

      2013/09/03 17:24:01

  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    大丈夫だ、私もだ←
    ということで!

    ファーストインパクトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!(にゃあああ↑あああ↓あああ!!

    2013/09/01 01:27:41

    • ゆるりー

      ゆるりー

      にゃあああああああ!!!
      の、リリィちゃん可愛いですよね!!!←

      2013/09/03 17:18:17

  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    泣かせることに定評のあるゆるりんごとは彼女らの事だ(俺)覚悟しろ。
    ……『新人潰しに定評のあるミクさんとは私の事だ覚悟しろ』のパロディですすみませんww

    ロボットに感情がある世界が普通になったら……ねぇ。心無い人もぐっと増えるでしょう。
    でも元からないならともかく、自分の中に残っている限り感情は壊れることはないのですよねぇ。

    ところでネギのくだりで盛大に吹いたのは私だけじゃないはず。
    なに、どこの二十歳の天才教師のほうがなんだって?wwwww
    みかんゼリーが好きなのは絶対リンちゃんのせいだろ!wwwww
    リンちゃんがリンちゃんであるが故にリンちゃんなうったらみかんゼリーが好きになったんだろ!(わけわからん
    あと安定のチョークアタック。
    NGしたらフルボッコだドン!!

    2013/09/01 00:38:06

    • ゆるりー

      ゆるりー

      「新人潰しに(ry」
      「はあ!?さっきまでの和やかな自己紹介なんだったんだよ!?」
      (皆のトラウマキター…)
      というくだりが、脳内でボカロの声で再生されたのは私だけですか?
      そして泣かせることに定評があるのはりんごだけだと思います!
      私は「gdgdに定評のあるゆるりー」ですよ←

      ボカロは元々プログラムという設定で書いてました。
      イメージ的には、ターンドッグさんの「ODDS&ENDS」の、意思を持つミクさんが普通になった世界です。

      今の時代、心無い言葉を当たり前に言う人なんて、沢山います。
      酷いこと言われたこと、私にもありますから。
      今でも結構怯えてます。何故心無い言葉ばかり言う人がいるのでしょう…
      でも逆に、とても優しい言葉をかけてくれる人も沢山います。
      それぞれの事情をしっかり理解した上で手を差し伸べてくれる。
      そんな人たちがもっと増えてほしいですね。

      全然考え付かなくて、書いてたら思いついたので入れてみました。
      実はみかんゼリーが好きなのは私のせいです←
      我が家のボカロは、皆私の性格を一部継いでいるのでw
      私の気まぐれは、実はがっくんにも受け継がれてます←

      あ、マスター役は実は私です(お前かよ
      フルボッコ…Σ(゜д゜;)

      2013/09/01 00:57:55

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